婚約者にいらないと言われた実はハイスペックなヲタク少年×押し付けられたぽっちゃりヲタク少女5
神守兄弟がうちに来た三日後、私は神守兄弟の言葉に甘えプールを借りるために神守家にやってきた。
勿論、ダイエットのために――
「思いの外プールだね」
視界に広がっている光景を眺めながら私は口を開いた。
白を基調とした建物内には25メートルくらいのプールがあって、大きく縁取られた窓から差し込む光が室内を照らしている。プールサイドにはウッドデッキも数脚あり、どっかのリゾートホテルと言っても違和感がない。
プールはコースロープで区切られ学校みたいにレーンが作られている。
「俺ももっと家庭っぽいの想像していた」
隣に立っている海パン姿のお兄ちゃんも呆気に取られているらしく目を大きく見開いている。
「高校まで競泳やっていたんだよ。だから、プールもそれ仕様になっている」
仁王立ちになっている神守兄の体は、確かに水泳をやっていたらしくすごかった。
逆三角形の筋肉に割れた腹筋。お兄ちゃんも脂肪は少なめだが、神守兄は筋肉割合がかなり多い。
一方の神守弟は水着を着ているが上にパーカーを羽織っていて体つきはよくわからないが、ちらりと見えるデコルテ部分が綺麗で羨ましい。
私の今の体つきは、鎖骨? どこ? 状態なので……
初日なのでお兄ちゃんと一緒に菓子折り持参で来たら、なぜかみんなでプールにて泳ぐことになってしまったので神守兄弟、山崎兄妹全員勢揃っていた。
てっきり私一人で借りられると思ったので、男子に女子一人のためちょっと恥ずかしい。
「壱葉。勝負だ!」
「なんのだよ?」
突然の神守兄からの挑戦にお兄ちゃんは眉を顰める。
「どっちが50メートル先に泳ぎ切るかに決まっているだろ」
「別にいいけど」
「よし!」
お兄ちゃんが受けて立ったのが嬉しいのか、テンション高めの神守兄は水泳の授業を始めるかのように、「じゃあ、みんなストレッチを始めるぞー」と私達の前に出て声を上げる。
まるで先生のようだなぁと思いながら、それに続くように私もストレッチを始めた。
「……はやっ」
プールに浸かりながら一番端のレーンで競っている兄達を見ているとつい口からそんな言葉が零れる。
まるで競泳選手のように二人は早かった。
基本的に兄はなんでも器用にこなすタイプなので泳ぎも上手だ。
「凄いです。兄さんに付いていっているなんて!」
隣にいる朔君はゴーグルを手にしながら、興奮気味にお兄ちゃんの泳ぎを見詰めている。
「お兄ちゃん、チートっぽいというかなんでも出来るからね。勉強も運動も音楽も」
「……なんでも出来る兄を持って自己嫌悪に陥りませんか?」
「え?」
さっきまでとは違って、朔君の声は泣きそうだった。
「す、すみませんっ!! 急に」
「もしかして、お兄さんと自分を比べているの?」
「……はい。小さい頃の僕は兄が大好きでした。なんでも出来る兄さんが自慢でいつも兄の後を着いて回ったんです。兄さんも僕を可愛がってくれました。周りの大人たちに顔も幼いころの兄さんに似ているって言われるのが嬉しかったです。兄さんに近づけている気がして。大人になったら兄さんのようになれるそう思っていました。でも、実際は現実と理想の違いが自分に負担になっていったんです。そこから兄と距離感が……」
あぁ、そういうことかと心にすとんと落ちて来た。
これでうちに来た時の神守兄の態度の理由が理解出来たから。
神森兄は弟のことが好きで、離れていった弟との距離をどうにかして元に戻したかったのだろう。でも、いざ二人では戸惑ってしまうから私とお兄ちゃんにアニメのコラボカフェに付き合って欲しいのかもしれない。
「私さ、昔からアニメ好きだったの。それこそ幼稚園の頃からずっと」
「え?」
間の抜けた朔君の声を気にする事無く私は話しを続けた。
「お兄ちゃんがなんでも出来たのは羨ましかったよ。だって、お兄ちゃんは勉強なんてしなくても成績よかったし。でもさ、お兄ちゃんは虚しかったんだって」
「どうして……?」
「自分が夢中になれるものを探せなかったから」
あれは小学生中学年くらいの頃だろうか? お兄ちゃんに「羨ましい」って言われたことがある。
私が飽きもせずにアニメや漫画に浸っているのがキラキラして羨ましいって。
お兄ちゃんはなんでも出来るけど、「好き」を探せないでいたのだ。
「なんでも出来るけど、何がなんでも守りたい好きなものが手中にない。他の人達にはあるのにって。それでずっと悩んでいたみたいなの。だからお兄ちゃん、あまり物とか事柄に執着持ってなかった。お兄ちゃんに借りた物をなくした時も怒られなかったし。まぁ、でも中学で音楽に目覚めてからギターが大切なものになったけどね。つまり、一見なんでも出来るチートな兄でも悩みがあったってこと。だから、お兄ちゃんも私と同じなの」
「……同じ」
「何が言いたいかと言うと、あんま深く考えなくてもいいんじゃないかなぁってさ! アニメキャラが全員同じ性格だと世界が成り立たないのと一緒で、人間だもん色々な人がいてその分悩みがある。だから、兄は兄で朔君は朔君で良いって意味。ごめん、私あまり頭良くないからあんまりうまく伝えられなくて」
「いえ。ありがとうございます。兄と別で良いって言われたのは初めてです。僕も兄のようになりたいと思っていましたし。そうですよね、僕は僕だ」
朔君は少しだけ強い口調で自分に言い聞かせるように告げた。
「急に変な事を言ってすみません。僕達もそろそろ泳ぎましょうか」
「うん。あっ、でも前髪大丈夫?」
「前髪……?」
朔君は前髪が長めなのでゴーグルに髪が引っ掛かりそうなのでそれが気になってしまったのだ。
うちの学校でもプールの授業はあるけど、みんな水泳キャップを被ったりなので邪魔にはならない。
「ピン持って来る? 鞄に入ってるから」
「大丈夫です」
と言っていたけど、なんかやっぱり邪魔らしくて苦労している。
「前髪押さえてあげるから付けなよ」
「すみません……」
私は手を伸ばして前髪へと触れて避けたんだけど、あまりに彼の顔が端正だったので目を大きく見開いてしまう。
さっき兄に顔が似ているって言われたのがって言っていたけど、確かに似た系統の顔立ちをしている。
――めっちゃイケメンじゃないか! ……というか、朔君もチートなんじゃないのっ!? イケメンで頭も良い進学校でお金持ちだし!
「あの……?」
「あっ、ごめん。眼鏡を外したらイケメンパターンじゃなくて前髪切ったらイケメンパターンだったからびっくりして」
「兄に似ているって言われるのが嫌で隠していたんです。でも、さっきの三葉さんの話を聞いて切ってみることにします」
「うん。中途半端な長さだと目に刺さると痛いし、それに朔君目が綺麗だから勿体ないもん」
「き、綺麗だなんて!」
「本当に綺麗だよ」
朔君は顔を真っ赤にしてあたふたと忙しなく体を動かし始めてしまった。
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プールが終わって身支度を済ませた私は、メイドさんにより朔君の部屋へと案内された。
女子一人な上にドライヤーを借りたりして色々と手間どってしまうので、お兄ちゃん達には先に向かって貰ったのだ。
「あれ、髪……」
私がこんな部屋が欲しいと思っていたDVDやグッズの収納に特化した内装よりもまず先に目がいってしまったのは、出迎えてくれた朔君だった。前髪やサイドも切って爽やかになっている。
「あの……どうでしょうか……?」
髪を押さえて少し不安そうにこちらの様子を窺っている朔君に私は満面の笑みを浮かべた。
「すっごく似合うよ!」
「よかった」
そう言ってはにかんだ朔君が可愛い。
「兄さん達はあとでこちらに来るそうです。何か話があるそうで……」
「うん。わかった。あっ、部屋見てもいい? さっきから気になっちゃって。あれ、限定ボックスだよね? 私、お金やばくて通常版しか買えなくて」
「はい。良かったら見ますか? 限定版用の特典映像もありますし」
「いいの!?」
「どうぞ。今、準備しますので座って下さい」
そう言ってソファに促されたので、私は従って腰を下ろせばめっちゃふかふか。
身が沈んでいくんだけど、ただ柔らかいだけじゃなく座り心地も快適でこれなら長時間のアニメ観賞にも耐えられる!
「画面もでっかい」
壁に備え付けのテレビは何インチなのだろうか。
朔君の部屋は本当に理想の部屋だ。
「ねー、朔君。このアニメってシリーズなんだけど全部みたことある? 初代はお父さん達の世代みたいで懐かしいって言っていたよ」
「はい。一応、全部BOX持っています。この最新作も初代へのオマージュが色々散りばめられているんですよ」
準備を終えた朔君は私の隣に座すると、BOX特典の一つである台本を差し出してくれた。
「ありがとう」
「三葉さん、他にはどんな作品を見るんですか?」
「んー、色々かな。友達から布教されたやつでハマったやつもあるし」
アニメといっても色々ジャンルがあるので、アニメや漫画が好きな友達がいても話が合うとは限らない。
それに好きなカップリングがある場合は、自分の押しが大好き過ぎてヒートアップし喧嘩になる場合もある。
私は特にカップリングとか興味ないんだけど、この間趣味友達が集まってファミレスでおしゃべりしてた時そんな感じだったのを思い出した。
普段は仲が良い二人なんだけど、好きなカップリングがいつも一致せず、その話になると言い争いに発展してしまう。
「朔君は? なんかジャンル偏りもなく結構色々好きみたいだね」
さっと辺りを見回してフィギュアやDVD、漫画のタイトルを確認できる部分のみ見ればそんな感じがした。プラモデルやジオラマも窺えるのでもしかして、そっちも好きなのかも。
「はい。監督繋がりで見る場合もありますし、本当に色々です。あの……三葉さん。よかったらですが、その……プールの後でも構いませんので、また一緒にこうやってお話してくれませんか? ぼ、僕と友達になってくれたら嬉しいです」
「うん、勿論」
「良かった。三葉さんと一緒にいられる時間が増える!」
そう言って朔君は笑ったんだけど、私の鼓動が飛び跳ねてしまった。
友達が増えて喜んでいるだけだと思うのに、あまりにも良い笑顔をしたので勘違いを起こしてしまいそうになる。