婚約者にいらないと言われた実はハイスペックなヲタク少年×押し付けられたぽっちゃりヲタク少女4
朔君達がせっかく訪ねてくれたので、うちに上がってお茶でも飲んで行って貰うことになった。
客間には私とお兄ちゃん、それから神守兄弟がテーブルを挟んでそれぞれ座っている。
テーブルの上に並べられているのは、来客用にうちで常備されているちょっと高めの煎餅が入った籠や、緑茶、それから神守兄弟が持って来てくれたケーキというダイエット中の私にとってはちょっとだけ酷な光景だ。
――ケーキは絶対に食べるとしてお煎餅も食べたい。明日からダイエット頑張ればいいかなー。いや、でも……
既に自制が出来ずに食に走ろうとしている自分と戦っていると、
「宵。どうかしたのか?」
という声が聞こえてきたので隣に座っているお兄ちゃんへと視線を向ければ、お兄ちゃんは神守兄の方を見ていた。
「せわしなくキョロキョロとして」
「なんか普通の家に住んでいるんだなって思っただけだ」
「豪邸にでも住んでいると思ったのか? 見ての通り一般的な家庭だよ」
「いや、古城とか」
「なんでだよっ!?」
「お兄ちゃん、ゴスロリだからじゃない? 古城すごく似合いそう。雑誌とかでもそういうモチーフで撮っているのあるし」
「私服で通っている割合の方が多いのにどうしてそっちのイメージなんだ。わからない」
多分、それは女装時がめっちゃ可愛いから印象が強いんだと思う。
スッピンも整っているけどメイクして衣装を纏った女形のお兄ちゃんは別人なので、神守兄が惚れてしまうのも十分理解出来る。
「妹さんはああいう恰好はしないのか?」
「私ですか? しないです。そもそも好きなジャンルがお兄ちゃんと違うので。私はアニメや漫画が好きなので音楽もそっち系を聞きます」
「よく部屋で歌っているのが聞こえてくるもんな」
「マジか」
「あの……!」
突如割って入る様に声を上げたのは、つい先ほどまで静かに聞き役だった朔君だった。
今まで聞いた中で一番大きな声だったため、全員大きく目を見開きながら彼へと視線を注ぎ始める。
「三葉さんはどんなアニメが好きなんですか……?」
「んー、色々好きだけど今は――」
私が絶賛ハマっていて一番押している今度実写化する漫画のタイトルを告げれば、彼の肩が大きく動いた。
「もしかして朔君も好きなの?」
「は、はい。僕も好きです……」
前髪で隠れているから表情はわからないけど、声のトーンが少し嬉しさを含んでいるように感じた。
好きなものが共通しているせいか、なんだか急に親近感が湧いてきてしまう。
クラス替えをして、同じ趣味を持つ子と出会えた時に近い感覚だ。
ほんわかとしていると、突如神守兄が声を上げ前のめりになり朔君の両肩に手を置いて彼を見詰め始めてしまう。
「朔はアニメが好きなのかっ!?」
どうやら、知らなかったらしい。もしかして、部屋にグッズとか置かないタイプなんだろうか。
――それとも、弟の部屋に立ち入らないとかかな? うちは結構気にせず入るタイプだから、お兄ちゃんの部屋に居座って話をすることも多々あるけど。
ちょっとまだこの兄弟の関係性がよくわからない。
「兄さん?」
「すまない。朔の好きなものを聞いたことがなかったから……何かグッズで欲しい物があればなんでも買ってやる」
「だ、大丈夫です」
予想もしなかった反応だったのか、朔君はちょっと声が震えている。
お兄ちゃんになんでも買ってやると言われたら、私なら速攻欲しいものを告げるけど、そこは朔君っぽいなぁって思った。
「ねー、お兄ちゃん」
「自分で買え」
言うだけ言ってみようと思ったが、予想済みだったようで即答されてしまう。
やっぱり、よそはよそうちはうちのようだ。
「そういえば、今コラボカフェやっているよね。たしか今月末まで」
「はい、行ってみたいです。でも、一人ではちょっと勇気が……」
「よし! 僕が一緒に行こう」
「えっ!? 兄さんが!? いいですよ、気を使わないで下さい」
なんかよくわからないが、神守兄は弟と仲良くしたいみたいでグイグイ押している。
そう言えば、兄弟間が探り探りなんだっけ? 前に朔君が言っていたのを思い出した。
「おい、山崎兄妹」
神守兄が私とお兄ちゃんの方へと顔を向けてきたので、私はちょうどフォークに伸ばした手を止めてしまう。
これからケーキを堪能しようとしたのだが寸前でお預けをくらってしまったので、名残惜しくケーキを一瞥すると再度神守兄へと顔を向けた。
「行くぞ」
「え? 行くって?」
「決まっているだろ。カフェにだっ!」
高らかに宣言した神守兄に、私とお兄ちゃんは口をぽかんと開けてしまう。
どうして私達なのだろうか。私ならアニメ好きだけど、お兄ちゃんはあまり見ないから詳しくないし。
「さぁ、そうと決まれば……」
立ち上がりかけた神守兄を慌てて止める。
「ちょっと待って! ケーキ食べてからにしましょう」
「三葉。まさか、ケーキ食べてカフェでも食べるつもりじゃないだろうな?」
「だってコラボカフェだし。コースターとかコンプしたいからデザートとドリンクと軽食頼むよ。好きなキャラの料理とかもあるし」
「今日の摂取カロリー考えろ。また後日にしろって」
お兄ちゃんが眉間に皺を寄せているのだが、確かに言う通りだと思う。
摂取カロリーは今日だけで結構いっているはずなので、今度にした方が私としては助かる。
「食べたら運動すればいいじゃないか。俺はジムで定期的な運動をしているぞ」
「三葉はプールに行って誘惑に負けてソフトクリーム食って来たんだよ」
「ソフトクリームが美味しそうで……うちにプールがあれば誘惑要素少なくなるんだけど」
「プール? だったらダイエット期間中はうちのプール使え。トレーニングルームも貸してやる。その代わりカフェに付き合って貰うぞ」
家にプールあるのか! と驚くところだが、車の値段を思いだしたのでプールがあっても不思議じゃないなぁと思った。
「いや、さすがにそれは悪いです。だって、1日やそこで脂肪減らないですし……」
願望としてはダイエットが1日で終われば嬉しいけどそうはいかないのが現実だ。
日々の食生活や運動不足が蓄積され、あれ? 太った? と思うのが脂肪で、それを時間をかけてそぎ落とすのがダイエット。
私としては食べ過ぎた記憶がないんだけど、菓子パンを調べたら口当たりは軽いが高カロリーだった。
「兄の言う通り良かったらうちのプールを使って下さい」
朔君にもお誘いを受けどうしようとお兄ちゃんの方を見れば肩を竦められた。
「朔もそう言っているし折角だから借りたらどうだ? 瑠伊が所有しているマンションにプールがあるから借りようと思ったが、瑠伊は三葉をすぐ甘やかせるからダイエットにならない。甘やかすことは悪いことではないが、さじ加減が大事なんだよ」
「うっ……市民プールも誘惑があるし……朔君の家のプールなら売店もないだろうし、誘惑に弱い私にはありがたいお誘いだけど」
「アニメや漫画の話も一緒にしたいですし……是非、うちで」
「話かー。なら、お言葉に甘えようかな」
私がそう口にすると、「本当ですか!?」と朔君が弾んだ声を上げた。