婚約者にいらないと言われた実はハイスペックなヲタク少年×押し付けられたぽっちゃりヲタク少女3
あのおんぶ事件以来、私はダイエットを始めた。
お兄ちゃんから太ってるかどうかの基準が自分だと聞かされたお父さんは、「俺までいかないから太ってないは駄目だろ……」と娘の健康基準の危機を覚えたらしく一緒にお父さんもダイエットを開始。
私は基本的に走っているんだけど、今日はお父さんと市が運営する複合施設に行って来た。
施設はジムのようにプールやトレーニング室があり、月額制ではなくチケット制で一日だけでも使用可能なのが便利。
最初なので説明のトレーナーさんもついてくれて存分に運動することは出来たんだけど、ちょっとだけ問題があった。
市の複合施設のため、いこいの場という場所がありご近所のお婆ちゃん達も来ていたのだ。
スペースでまったりとお茶会をしている所に通りがかった私達は声をかけられ、近所付き合いという名のお茶会に参加。結果、お菓子を食べただけでなく大量のお菓子を頂いてしまうことに。
――その前にソフトクリーム食べちゃったんだよね。私とお父さんが売店での誘惑に負けちゃって……
水だけ買えば良かったんだけど、ソフトクリームが美味しそうだったから誘惑にあっさりと敗北。
「なぁ、三葉。今日、壱葉は家にいるって言っていたかい?」
隣を歩いているお父さんの言葉に私は頷く。
きっと私と同じことを考えているんだと思って、右側へと顔を向ければお父さんは手にしている紙袋をじっと見詰めていた。中身は全て頂いてきたお菓子だ。
「いると思う。ダイエットしに行ったのに、お菓子食べたうえに貰って来ちゃったらやばいよね。しかも、ソフトクリームまで食べてきちゃったし。絶対にお兄ちゃんに怒られちゃう」
「やっぱりそう思うだよなぁ。コンビニとかに出かけてくれていることを願おう。あいつのお小言が怖い」
「私もお父さんも自分に甘々タイプだからね……舵切ってくれる人がいないとこうなっちゃうんだよね……」
「壱葉は今日はバイトは?」
「バンドもバイトもないからゆっくりしていると思う。家に入ったらすぐ隠そうよ」
「それが一番良い選択か。ソフトクリームの件も内緒にしよう」
「勿論。しかし、お母さんもお兄ちゃんも食べても太らないよねー」
なんてことを話しながら足を進めて行けば、見慣れた建物である私達の住んでいる家の前まで到着。
道中お兄ちゃんと遭遇することがなかったため、私とお父さんがほっと胸をなで下ろした時だった。
ガチャリと目の前の玄関の扉が開かれたのは。
「おかえり」
「……あ」
お兄ちゃんと遭遇してしまい、お父さんが絶望の声を上げさっと背に紙袋を隠す。
「何を隠したんだよ?」
「着替えた衣類とか」
「ならこっち見せ――」
と、お兄ちゃんが口を開けば、背後で車のエンジン音が耳に届き私達は全員そちらへと顔を向ける。
すると、道路に艶々な真紅の美しいカーブを描いたスポーツカーが停車した。
「この住宅地ではなく金持ちが乗ってそう」
「だろうな。購入価格は数千万もするだろうから。瑠伊がこの間買ったやつと色違いだ」
「う、うちの住宅ローン余裕で返済した上に残金も残るくらいなのか……!」
お父さんは目を大きく見開きながら、首を左右に振り退職までローンが残っている家と停車している車を見比べている。
一方の私はといえば、価値に全くピンと来ず。高校生だから車は乗らない上に、桁が日常で聞かないくらいのレベルだからだろう。
――誰かな?
大抵うちに来る高級車はお兄ちゃんのバンド仲間の瑠伊君だけど、さっきのお兄ちゃんの台詞を聞く限りその可能性は低い気がする。
誰だろう? と首を傾げていると助手席の扉がゆっくりと開かれ、降りて来たのは青い袋の店前で遭遇したあの少年だったので私とお兄ちゃんは「あっ!」と声を上げてしまう。
今日は休日のためか彼は制服ではなくカットソーにカーディガンを羽織り、下はグレーのズボンという恰好だ。彼はこちらへと体を向けると深々とお辞儀をした。
「こ、こんにちは。あの……突然連絡もせずにすみません……この間のお礼を……」
「わざわざ気を遣わなくても良かったのに。ねぇ、お兄ちゃん」
お兄ちゃんの方を見れば、お兄ちゃんは「あぁ」と頷きながらも瞳は車に釘付けのままだ。
もしかして車が欲しいとか思っているのだろうか? バイクはお兄ちゃんがバイト代溜めて買ったけど。
「どうしてうちがわかったの?」
疑問をストレートに彼に尋ねれば、
「それは……」
ほんの少し困惑を含めた表情を浮かべた彼は、振り返って車をじっと見詰めだしてしまう。
それを見たお兄ちゃんは何か心当たりがあったようで、口角を上げてにやりとした笑いを浮かべ始めてしまった。
――あ、もしかして。
お兄ちゃんを見てなんとなく察すると同時に、車内にいるであろう運転手に同情を覚える。
お兄ちゃんは基本的に暴君で意地悪だ。
「折角だから上がってお茶でも飲んでいけよ。あぁ、そうそう。俺を女と思って告白してきた神守宵君もどうぞー」
「……やっぱり」
同情を含んだ眼差しを向ければ、乱暴に車の運転席の扉が開きイケメンが姿を現す。
袖口にラインが入った半袖の紺色のポロシャツにブラックデニムという比較的ラフな格好なのだが、どこか品を感じてしまうのは何故だろう。
お兄ちゃんも似たような恰好をしているけど、お兄ちゃんは性格が表れているせいか荒っぽい。
しかし、こんなイケメンがお兄ちゃんを女と間違えて告白……
別にそれは構わないのだけど、あえていいたい。中身見なよ性格が問題だと。
少年の兄は、身長は170㎝後半くらいだろうか。
漆黒の髪は緩くパーマがかけられたアップバング。せっかくの整った顔立ちはお兄ちゃんの台詞のせいで歪んで台無しになっている。
間違いなく爽やか系イケメンとしてご近所さんからお菓子を貢がれるくらいのレベルなのに!!
「人の傷口に塩を塗るなっ!!」
「やっぱりお前か。瑠伊から神守宵がうちの住所知りたがっているから教えてもいいか? って、連絡が来たからな。恥ずかしがらずに挨拶くらいしろよ。同じ大学で一応知り合いなのに」
「相変わらず性格がブラックだな。それなのになんで女装があんなに可愛いんだ!! 俺の好み過ぎるじゃないか!!」
叫ぶように告げた神守兄に完全同意するために深く頷けば、「テスト勉強一人で頑張れな」という言葉が飛んできたので固まってしまう。
――そ、それは困る。
基本的に私は勉強が苦手だ。そのため、テスト前にはお兄ちゃんに助けを求める。
テストの成績を落としたら、親にアニメ・漫画の禁止命令が発動されてしまうではないか。
「俺はお前のせいで暫く性別不審に……いや、そんなことはいい。一体うちの弟……朔とどうやって知り合ったんだ?」
「あっ、朔君って名前だったんだね」
「はい。自己紹介するの遅れてすみません」
「ううん。私、山崎三葉。お兄ちゃんが壱葉」
ちなみにお母さんが双葉だ。
「三葉さんに壱葉さんですか。よろしくお願いします。こちらケーキですので良かったらご家族の皆さんで……」
そう言って朔君は手にしていたケーキボックスを私へと差し出してくれた。
ボックスには私が食べたかった店名が記されていたのでたまらずに顔が緩んでしまう。
たびたびメディアでも取り上げれらているパティシエが作り上げる旬のフルーツをふんだんに使用しているのが特徴。
溢れんばかりに盛られたタルトが有名で、ホールで食べられそうなくらいにおいしそうなのだ。
――あ、でもケーキ。
お兄ちゃんは口が悪いけどテスト勉強など色々と私の面倒を見てくれていて、今回もダイエットを応援してくれている。
朝の早朝ウォーキングやジョギングなども付き合ってくれているし、ダイエットのモチベーションを保つために私が好きなアニメとコラボしている体重計もプレゼントしてくれた。
ダイエット中なのに食べたら怒るかな……? と、ちらりとお兄ちゃんの方を見たらポンと頭上に大きな手が乗せられた。
「良かったな、お前の食いたかったケーキだ」
「うん」
どうやら食べても良いってことらしく、私は顔が緩んで仕方ない。
お兄ちゃんもさすがに来客が持って来てくれたものを食べるなっていうほど鬼畜じゃなかった! と、喜んだのもつかの間。聞こえてきた台詞に私とお父さんが固まってしまう。
「次からプール行く時には俺も一緒に行くから。父さんとお前。泳ぎに行ってご褒美としてソフトクリーム食ってきただろ」
「「な、なぜバレたっ!?」」
私とお父さんの声が綺麗に重なれば、「やっぱりな」というお兄ちゃんのため息交じりの言葉虚しく宙に消えていく。
「あそこの複合施設の売店で売っているソフトクリーム旨いからな。お前と父さんのことだから頑張ったからご褒美にいいよねとかなんとか言って絶対に食ってくると思ったよ。ご褒美するなら甘いものではなく、もっと違うものにしろって。カロリー消費の意味がないだろうが」
「……」
「やっぱり俺も一緒に行けば良かった」
読まれていた行動に、私もお父さんも唇を閉じた。