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婚約者にいらないと言われた実はハイスペックなヲタク少年(高校生)×押し付けられたぽっちゃりヲタク少女(高校生)1

某アニメグッズが買える青い看板のお店から出てきた私は有頂天だった。

高校の近くにあるため学校帰りに立ち寄りやすく、時々こうして放課後に買い物にやってくる。

私には何一つ飛び出た才はないけれども、バイト代をつぎ込んで大好きなアニメに浸る日々は幸せそのものだ。


――予約していた新刊とCDも買えて幸せー。来月は声優さんのイベントもあるし。


つい緩んでしまいそうになる顔を引き締め、私は駅へと向かい足を進めようとすれば進行方向が騒がしいことに気づく。


「なに、痴話ケンカ?」

ちょうど駅へと向かう通路で男子高生と女子高生がいるんだけど、女子生徒が少し猫背ぎみの大人しそうな少年に何やらブチキレていた。

少年の方は髪が長めで隠れるようにして表情が窺えない。

少女は端正な顔を歪めて周りを気にする様子もなく罵声を浴びせているので、周りの通行人達も私のように足を止め様子を探っている。

少年の方は全国模試でも上位を総なめしている生徒が数多く在籍しているエリート進学高の制服を纏い、少女は女子生徒の方はお金持ちが通うお嬢様学校の制服なので余計目立つ。


「あーあ。私のお嬢様のイメージが崩れた……」

お嬢様学校=清純で可憐なイメージだったのに、あれでは昼ドラの悪役みたい。

美人ではあるけどめっちゃ怖い。少年の方は大丈夫か?


「もういや! あなたみたいな人と歩きたくない。どうして私の婚約者がこんなモサっとした人なのよ。冗談じゃないわ。私の隣を歩くだけで罪よ。気持ち悪い」

「ごめん……」

「ごめんじゃないわよ。ほんと気持ち悪い。なんなの?」

「ごめん……」

俯き加減でひたすらごめんと口にする少年の声音が震えている。


――お嬢様学校ってことは執事とか居ないの? ここは止めに入った方がいいって。人目のある所であんな風に怒鳴り散らしてさ。婚約者って言っていたけど……すげぇな。あんな婚約者こっちから願い下げだわ。そもそも何罪?


そんなことをぼんやりと考えていると、「なに見ているのよ?」という鋭い声と共が聞こえたので、私は頭を抱えたくなってしまった。

見ている人なんて他にも数名いるのに、どうしてよりにもよって私なのだろうか。

いや、私も見ていたのが悪いけどさー。


「貴女ヲタクなの? やだ~」

なぜわかった? 青い袋はお店側が配慮してくれてロゴも目立たず一見してもわからないはず。

……と思ったが、私の隣に荘厳と聳え立つ建物へと視線を向けて納得。

私にとってある意味サンクチュアリの建物には、堂々とポスターが貼られていたし店名で連想できるではないか。

うちのクラスはノリが良いため、遭遇しても「お、漫画買ったの? おもしろいやつなら貸して」という反応。

でも、やっぱり人間同士なので相成れない時もあって、中学の時は風当たりがキツイ時もあった。


「ほ、他の人にはやめてよ……関係ないじゃないか、ヲタクだって」

攻撃対象が部外者である私に飛び火したのに対して、少年が小さく戦慄く手を伸ばしお嬢様止めようとしたのが痛々しい。


「そうだよ。別に私の趣味がどうだろうと関係ないじゃん。お金も自分でバイトしている内で作っているし、誰にも迷惑はかけてない。お嬢様にもね」

迷惑をかけているとしたら、テスト前に勉強を教えてくれるお兄ちゃんにだと思う。


ほんの数か月前――4月に高校に入学した私を待っていたのは、楽しい高校生活のみだけではなく勉強もだった。

最初の大きなテスト。つまり、一学期の中間でまさかの二教科赤点。

人生初の赤点に「おい、マジか」と戸惑う両親の代わりとばかりに、お兄ちゃんに「テスト前に漫画一気読みとか大掃除とか現実逃避するからだ!」とブチキレられてしまったのだ。

それ以来、お兄ちゃんはテスト前に勉強を教えてくれるようになり、お蔭で全部平均点を大きく上回るように。


……ただ飴より鞭の割合が多い気がするけど。


「だから別に私は気にしない」

前はちょっとアニメとか好きなことで人目を気にしてたけど、かなり昔にお兄ちゃんに「好きなものがあるってことは幸せなことだ。俺は何も興味がないし好きなものが見つけられないから」と言われて以来気にしないようになった。


好きなもののためなら頑張れる。

時には果物の名前がつく店を回って特典集めたりして、作品や次の作品のために駆け回っていることすらもお安い御用。購入したら次の製作費や新作に資金は回せるし、私達は楽しい時間を過ごさせて貰える。これこそwin-winの関係。


――お兄ちゃんにも好きな人や物は大切にしろって言われているし。


「あら、開き直り?」

「どう捉えて頂いても構わない。どうせもう会う事もないし」

こんな奴と関わるだけ無駄だ。

イラッとしてどろどろになった黒い感情を一刻も早く購入した現物で癒して貰う方が断然有意義。汚れた川にいつまでもどっぷり浸かっているほど私はドMじゃない。

早く洗い流してさっぱり綺麗にしたい。


足を進めて素通りしようとしたら、急に右肩に黒い物体がぶつかりバランスを崩してしまい歩道に尻もちをついてしまう。

その時に嫌な音が聞こえてしまった。


「嘘でしょ!? 新刊とCDとかあるのに!!」

自分の体を襲った痛みよりも青い袋の中身を心配してしまうのがなんとも自分らしい。テープがされていたので袋の中身をブチまけることはなかったけど傷が心配だ。

すぐに手を伸ばして確認しようと思ったけど、私に凭れかかるようにして倒れている人に気づき声を上げてしまう。


「え」

それはあの少年だった。うめき声を上げて自分の足元に手を伸ばしているのを目にして、やっと私は何が起こったのか理解することが出来た。


「正気かっ!? 普通自分の婚約者突き飛ばす!?」

「私が決めたわけじゃないわ。お父様よ。その男の心配をするなんてまさか好きなの?」

「……なぜそんな台詞が出てくるか理解に苦しむね」

彼女は恋愛脳タイプなのだろうか。大抵の人間ならば心配するに決まっているのに。


「ちょうどいいわ。その婚約者いらないから貴方にあげる。お似合いよ」

「っつうか、意味わかんないし。ふざけるのも……」

いい加減にしなさいよという声は割って入った声により消えていってしまう。


「――いいぞ。ただし、返品不可だからな」

少女の後方から聞こえてきた低めの声は、私には聞き覚えがあった。

顔を向けて答え合わせをすれば、ゴスロリ服を纏ったツインテールの絶世の美少女の姿が。

彼女は肩からギターケースをかけ仁王立ちになり、こちらを射抜くように見ている。


「マジか」

私の呟きを拾ったものはいないらしく、みんな突然現れたゴスロリ少女に夢中。

頬を染めてまるで夢現の世界にいるかのように蕩け切った顔で見ている。

いや、正確には少女ではない。だってあの人は――


「ヴェルトの壱葉いちは!」

「本当だ~。最近雑誌でも見るようになったよね。すごい可愛い女の子みたい! 肌めっちゃキレイ」

ざわめきの中にゴスロリ少女――お兄ちゃんの名が出た。


お兄ちゃんはV系インディーズバンドのギタリストで女形。

最近インディーズ雑誌などでも取り上げられているので、バンドに興味がある人は知っている人もいるかもしれない。


私の五つ上で現在大学に通いながらバンド活動もしている。

大学行かずにバンドで……と元々お兄ちゃんは考えていたんだけど、高校生の頃にお父さんと取っ組み合いの大喧嘩をした。

勉強も運動もなんでも出来るチートっぽい兄は、何も好きなものや興味がなくて部活などに打ち込む人たちが羨ましかったらしく、やっと見つけた好きなものである音楽を大切にしたかったらしい。

その時に日本最高学位の大学に入学し、成績上位をキープしたらバンドを認めるという無理難題っぽい約束をしたんだけど見事合格。

お父さんは若かりし頃にお兄ちゃんと同じようにバンドで生きていきたい! と思っていたけど、途中で厳しさや限界を感じて挫折したからバンドにすごく反対したってお母さんに聞いた。


「誰よ? 貴方。部外者は黙っていて」

「部外者ではない。そこにいる三葉みつは俺の妹だからな」

「妹……? 似てないわね。妹デブスでヲタクじゃない」

「私、可愛いとも言われたことないけどブス言われたことないんだけど……泣きたい……」

確かに体は重くなり服のサイズも合わなくなってきていた。

やっぱり菓子パンか。旨いんだよなぁ。小腹が空いた時に食べるの。

夕食後のだらだらしながらテレビ見てのお菓子も旨い。


「うちの妹はブスではない。ぽっちゃりを越えて最近体重やばいけどな。おやつに菓子パンや総菜パン食ってごろ寝しているから肉付き良いぞ」

「いやーっ!! 現実突きつけられた! なんとなくやばいと思ったんだけど、お父さんよりも大丈夫だから問題ないかもって現実逃避していたのに!」

「基準を父さんにするな。父さんは狸の焼き物体型だ。だから何度も忠告してやったんだろ。せめて朝食に食えって」

制服がパツパツになっているのは気づいていたけど、体重計に乗るのは避けていた。


「しかし、お前性格あんま良くないな。大体なんだよ。隣を歩くだけって罪って」

「なんですって?」

きっと今まで言われたことなんてなかったのだろう。

顔を真っ赤にして今にも兄に掴みかかりそうになっている。


「あなたなんて男で女装しているくせに!」

「それでもお前なんかよりも数倍綺麗だ。足だってほら」

そう言ってひざ下のスカートを少しだけ捲る兄の足は確かにすらりと黒タイツに覆われた曲線美。

あのタイツの中はすね毛どうなっているのだろうか。剃っているのだろうか。

そんな余計なことが頭の中に浮かびまくっている。


「確かに」

という呟きがあちこちから届くのだが、私としては足を見せる要素がどこにあったのだろうかというツッコミをしたい。

周りの反応にプライドを傷つけられたのか、お嬢様は「ここにいる全員馬鹿だわ!」という捨て台詞を残し、唇を噛みしめて走るようにして去って行った。




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