モデル×女子高生
……なんでこうなったのだろう。
今すぐこの場所を退きたいが、椅子に縄で括り付けられているため身動きできない。私にはそんな趣味がないというのに。
紐を外そうと暴れバランスを崩してそのまま床とファーストキスするのも嫌だし、大きな音を少しでも立てると凄まじく怒られてしまう。
そのため、私は息を殺して目の前の光景を見ていた。
そこに広がるのは私から数メートル先に広がる、超絶イケメンと美女のラブラブなシーン。
教室内にて学ラン姿の少年とセーラー服の少女が誰も居ない教室に二人っきり。
彼らはしばらく距離を保ち見詰め合ったままだったが、やがて少女が彼にゆっくりと近づき少年の眼鏡に手を伸ばしそれを外した瞬間に時間は動いた。
床に落ちる眼鏡。それを合図に二人は抱き合いキスで愛を確かめ合っている。
なんて絵になる様だ!
まるでドラマのワンシーンのような……――というか、これそのドラマの撮影なんですよね。
つまり私が見ているのは本物の教室でなくセットです。
演じている二人はメンズモデルと女優さんですが、現役高校生ですけどね。
ちなみに言っておきますが、私はこのシーンの後に登場する役とかではありません。あくまで部外者なんです。
出来るならさっさと帰りたい。
周辺にはカメラマンや音声さん、それから監督さんなど大勢のスタッフがいる
一番後ろ――スタジオ扉付近で私はげんなりと考えていた。
「すみません。貴方が来ないとうちの怜がこのドラマの仕事引き受けなかったので。事務所の売りで怜にはモデルだけじゃなくて、俳優の方も力を入れる方針で進んでるんです。それにこの作品の原作者がどうしても怜じゃないとドラマ化は認めないっておっしゃって」
隣に立っていた眼鏡にストラップスーツという如何にもやり手な男性は、スケジュール帳をパタンと畳むとしゃがみ込んで私と視線を合わせた。
彼は今を時めくメンズモデル・怜のマネージャー・峰岸一馬。
むしろ自分がモデルをやれば? と問いたくなるような容姿をしているのに、勿体ないって思う。
怜と言うのは、今そこで演じているイケメンモデル。
染めたことのない黒い髪に、切れ長の目。すっとした鼻に、形状記憶タイプなのかいつも上がっている口角。
知的でクールと言われているが、私に言わせてもらえばただの傍若無人の俺様だ。
「それ私に関係ないですよね……」
「えぇ。ですが、怜はモデルで一番うちの稼ぎ頭でしてね。会社のためにお願いします。社員を路頭に迷わせていいんですか?」
はっきり言って関係ない。
だって私はただの女子高生。放課後は彼氏を作ってデートがしたい。
青春を謳歌したい。
それなのに毎度毎度見計らったかのように校門前に迎えに来る。そして無理やり連れていかれる。
――私、事務所のバイトじゃないんですけど。
「峰岸さんの会社、業界でもかなりの大手じゃないですか。路頭になんて迷いませんよ。他にも人気者でがっぽり稼いでいるモデルや俳優さんいっぱいいますよね? それに人気なら昴も負けてないはずです。昴なんてモデルだけじゃなくて、CDデビュー決定したじゃないですか。歌すごく上手だし」
「詳しいですね。特に昴の話は、本人の意向で昨日ファンクラブ限定サイトにて本日発表したばかりですよ」
「昴情報なら任せて下さい。だって、めっちゃタイプなんですもん」
突然だが、私は笑顔が可愛い人が好みだ。
それゆえ初めて昴を雑誌で見た時、一目ぼれした。
たしか、モデルの高校生活の特集記事だったっけ。
学校生活まで取材が入るなんて、モデルも大変なんだなぁって思ったんだよね。
同じ年で多忙なのにいつも笑顔を忘れないのが素敵で、私はその記事を夢中で読んだ。
モデルとかって顔は笑っても目が笑ってない時があるじゃん?
でも昴は違った。本当に楽しんでいるのがわかるぐらいに、その雰囲気が伝わっていたから。
だからその前のページで同じように学校特集されていた――怜には全然目もくれなかった。
だって、目が笑ってなかったから、嘘くせっ! と思って読むのを飛ばしちゃったので。
「それ、怜に言わないで下さいね」
「言いませんって。だって自分が載っている雑誌を、一々私に渡してくるぐらいにナルシストなんですよ? 他のモデルが好きだって言ったらどんな嫌味を言われるかわからないじゃないですか。俺の方が恰好いいだろって言われるの目に見えているし」
「怜は別にナルシストではないですよ。あれは……――」
「とにかく、あの俺様には言いませんよ」
私は峰岸さんの言葉を遮ると、嘆息する。
事の起こりは一年前。
私は学校が終わり家で営んでいる喫茶店の手伝いをするため、裏口に向かったらそこでうちの車に凭れ掛かるようにして座っている人を発見。
近づいてみると、どうやら顔色も悪く息も荒かった。
その様子から具合が悪いと判断し、私は引きずるようにして家に運び、家族で介抱した少年がいる。
――それがあの怜。
それが縁でただの平凡な女子高生だった私が、大人気モデルの怜と知り合ったというわけ。
そこから怜によるわけのわからない執着が始まった。
なぜか私はことあるごとにこうして怜の仕事場に連れてこられる。
家族はそれぞれの好きな俳優や歌手のサインやコンサートチケットに釣られ、お爺ちゃんから妹……いや、ペットのシロまで懐柔されてしまっているから、
あいつの味方。その根回しが気に食わない。
「……ねぇ、根岸さん。たまにはご褒美下さいよ~」
私は目線を斜め下へと向け屈んだ峰岸さんを見下ろした。
「構いませんよ。貴方のおかげでうちは儲かっているとも過言ではありませんので。焼き肉ですか?」
「なぜ私の好物を!?」
「怜に聞いているので」
「焼き肉も捨てがたいですが、昴と会わせて下さい。さっきめっちゃタイプで好きって言いましたが、ファンクラブ会員なんですよ。会員番号一桁なんですっ!」
「……。」
「何故黙るんですか。一桁ですよ、一桁。すごくないですか? 雑誌で昴に一目ぼれして数か月後にファンクラブが発足なったんです。これは運命ですよね。
ちょうど昴も怜も同じ事務所ですよね? 峰岸さんのコネで私に飴を下さい」
「――お前、昴のファンだったのか?」
「ですからさっきから言っているじゃないですか。めっちゃ好きですよ。ファンクラブ一桁は私の誇りですし、昴が出ている雑誌全て購入してます。サイトも随時チェックし……あれ?」
ギギギと音が出そうなぐらいに、自分の体が硬い。
途中に割って入った声。それが高校生にしては妙に色気がある。
それは、とある人気モデルの声に似ていたから。
――嘘でしょ!?
顔を上げれば案の定、そこには怜がいた。
「さ、撮影は!?」
「今終わった」
「そうですか、お疲れ~」
と、にこにこと笑顔を張り付けたが、あいつの目が細められ天上のライトにより光った。
「で?」
「でとは……?」
「決まっているだろ。昴の話だ」
「え~と」
やっぱり聞いていたんですね。
私はげんなりとして、怜を見つめた。
ナルシストに聞かれてしまった以上、少しは褒めて置かないと駄目だろうかと考えていると、妙にトーンがダウンした声で聞かれた。
「どこが好きなんだ?」
「好きっていうか、憧れというか……」
「めっちゃタイプなんだろ?」
めっちゃをやたらと強調させ、私を見下ろす暴君は、ひんやりとした空気を発生させながらじわじわと気迫で追い詰める。
スタジオ内暑かったから丁度いい。いや、寒いぐらいです。風邪引きます。
「……そんなに会いたいなら会わせてやろうか?」
「えっ! 本当っ!?」
「あぁ、お前次第だがな」
「やるやる! 昴に会えるなら何でもやる――あ」
おかしい。さっきまで寒かったのに、急激に汗が。
恐る恐る怜を見れば、ニヤッと人の悪そうな笑みを浮かべていた。
「よし、なら行くぞ――」
*
*
*
「あのー……ここ、ジュエリーショップって言って、宝石とか売っているお店なんですけど」
「そんな事、一々お前に説明されなくてもわかっている。今、店員が持ってくるからそこでじっとしてろ」
隣に座っている男は相変わらず表情筋が固まっているのか、愛想が全くない。
そんなのじゃ、接客業出来ないよ?
いや……この顔なら問題ないか……
てっきり昴に会わせて貰えると思ったのに、連れてこられたのは某ジュエリーブランド店。
店員さんに案内され、個室へと通され今に至る。
室内はシンプルに白を基調として、ソファがダークブラウンでテーブルがガラス。そして窓はあるけどウッドタイプのブラインドで外界とはシャットアウト。
芸能人はこういう所で買い物をするのか。
まぁ、店だとゆっくり買い物出来ないしね。
「ねぇ、怜。昴は?」
出されたドリンクを飲みつつ、私はなおも怜に尋ねた。
テンションが上がり切って喉がやたら乾いてしょうがない。
桜色をした炭酸のドリンクなんだけど、金平糖が入って綺麗なの。
コースターもレース状のやつで、なんだかお姫様気分だ。
……ん? もしかしてこれだけでお姫様気分になる私は安いのか?
「さっきの撮影見てどう思った?」
「美男美女ってやっぱ絵になるな~って。あと円加ちゃん、めっちゃ顔小さくて可愛い! やっぱ芸能人」
グラスを傾け、私は金平糖を口に入れ噛み砕く。
ガリガリとした音と共に、甘さが口に広がっていった。
久しぶりに食べたけど、美味しいーっ。
と、金平糖を貪っていたら怜に肩を叩かれ、そちらに顔を向けた瞬間、唇を何かで塞がれた。
間近にある端正な顔。
最近嗅ぎなれてしまった香水の匂い。
全て五感がやけにフル活動してしまっているのが、私のパニックを煽ると同時に、先ほどの撮影シーンのアイドルが私の顔を入れ替わった映像が浮かんだ。
――なんで私、怜にキスされているのっ!?
離れていく唇を見つめながら、私は池の鯉のように口をパクパクとさせた。
「なっ、何するの!?」
「さっき仕事でキスしたから」
「はいっ!? すみません。意味が全くわからないんですが……」
怜がさっき仕事でキスしたのは見ていたから知ってはいる。
それとさっきのキスに何の関係性があるのだろうか。
「なんでキスしたわけっ!?」
「ファーストキスもセカンドキスも全て俺だから問題ないだろ。それともアレか? 何かしたいシチュエーションでもあったのか? 庭付き一戸建て、畑付なら聞いていたが。あぁ、それは新居か」
「ちょっと待って! なんで私がファーストキスだって事とか、私の理想の結婚生活を知っているわけ!?」
「情報源があるからな」
「……うちの家族かいっ!」
なぜ我が家の連中はこの男を受け入れてしまっているのだろう。
妹も昴派だったのに、怜に寝返っているし。
「安心しろ」
「何を」
「ちゃんと昴には会わせてやる。それから新居購入のために頑張って稼ぐ」
「本当に!?」
後半でなぜ新居が出てくるのかわからないが、前半に私の気分は上がりっぱなし。
昴のあの笑顔が見れるんら本望だわ。
「あぁ」
私の頭を撫でながら怜は私の耳元へと近づき囁いた。
「――ちゃんとお前の事を紹介してやる。昴と俺は同期でプライベートも親交があるからな」
吐息がかかり、私はびくりと体が動く。
うぅ……なんだ、この空気は。
会わせてくれるならさっさと会わせて欲しい!
「そもそもなんでジュエリーショップなの? しかもここってペアリングとか、エンゲージリングとかで名前が上がるショップじゃん。ここに昴が来るの?」
「昴は後でだ。その前に準備ってものがあるだろ。ちゃんと俺のだって示しておかないとな」
「はぃ?」
「言っておくが、逃がすつもりはないから――」
その不気味な宣言が頭でやっと理解できたのは、数分後。
室内へやってきた店員さんがペアリングを持ってきた時だった。
そしてその後ちゃんと約束通り昴に会わせて貰った。
薬指にきらりと光る指輪を付けて。
引き攣る顔の私の横で、素晴らしく顔を緩ませた怜が「俺の彼女」と紹介されるという、結局、想像通りの展開だった。