アルディス 3
いつもはあまり喜怒哀楽を表に出さないアルディスの頬が染まっている。
『恋人のキス』をしたせいか、ぼんやりとというか、瞳が潤んでいるようにも見える。
「アルディス?」
「……あ、何……だ」
未だぼんやりとした様子のアルディスにもう一度、問いかける。
「お前は俺と、本当にこんなキスをしたいのか?」
「アズール……」
己を呼ぶ声がいつもと違ってどきりとする。
まるで、恋人にキスされて名前を呼ぶような──そんな艶やかな声音。
己の名が甘い果実のような気すらする、そんな甘さを含んだ声と表情に、嫌でもこいつも『女』だったのかと意識させられる。
「そう──だ。
俺はお前の事をずっと見てた、お前なら、お前だったら、いいな──と」
表情はいつもの感情の起伏の少ないものに戻ってはいたが、頬の赤みはまだ残っていて、キスの余韻なのか照れているのかは己にはよく分からなかった。
キスをしても気持ちに変わりはないらしい、というのは分かったが、何故己なのだろうか。
今まで自慢ではないが、29年間生きていて女にモテたことなどまったく無い。
「なんで俺なんだ……。
お前の姉ほどじゃないが、お前だってイイ女だぞ?
まぁ、今まではそんな事は考えてなかった俺が言っても信用ないかも知れんが……」
「何故って……俺はお前がいいんだって、どう言ったら信じてもらえる?
誰にもお前を渡したくない、と今日実感した。
だから──俺のものになってくれ」
「は?」(───アルディス、アルディス、それセリフ逆だから!
それ、男のセリフだろう、そんな男前な告白するんじゃない)
「……今日?」
今日は何か変わった事でもあっただろうか、と一日を振り返ってみる。
「あー居た居た! おーいアズールーお前に届け物が来てんぞー」
廊下の曲がり角から同僚の声が背中から聞こえて、思考が中断される。
振り返って、軽く手を上げて返事をしようとした。
「アズール!」
アルディスに呼ばれて動きを止めると、背伸びをしたアルディスの顔が近づいてきて、背を抱き締められ唇が重ねられた。
つたない動きの舌が己の唇を割って口腔へと入り込み、舌に触れてから離される。
多分、同僚からは己の背でアルディスの姿は見えていないだろう。
アルディスの腕を引き剥がすようにして身体を離すと、思わず溜息が出てしまう。
「……お前な──ああ、もういい、後だ後。
後でちゃんと話そう、な、アルディス」
目の下のアルディスの頭をがしがしと撫でて、背を向けると同僚に向き直り近づいていく。
「届け物だって? ありがとな」
渡される箱を手にすると、ピンクのリボンやら包み紙で少し重みがあった。
「カードが付いてるな……」
カードには俺の名前だけ、贈り主の名は無い。
贈り主が分かるようなものはと見るが、カードの他は小さな黄色のバラが添えられているだけだった。