アルディス
官舎の廊下で窓の外を見ながら、己は物思いにふけっていた。
遅く取った昼食の折に、久しぶりに会った同僚のディアナとの話の中で、ディアナの恋を後押しした、そこまではいい、しかし、騎士長をこんな美人でイイ女に惚れられて羨ましいとは確かに思ったし、ここまでイイ女でなくてもいいから恋人が欲しいと思ったのも確かだ。
でも、ディアナがアルディスはどうかって聞いて来たのには驚いた。
「あいつ、俺よりモテんだぞ?」
女にばかり、と前に付くが、アルディスはモテる。
パッと見が中性的で、いかにも優男といった感じがするからかも知れないが、一緒にいたらまず女の目はアルディスに行く。
「あいつが俺の話ばかりするってぇのはどういうことだ?」
ディアナが言っていた話する度に己の話が出るとは何の話をされていたんだろうか。
「あれか……、女口説こうとして失敗したとか……か? いや、それとも鍛錬の木剣を数本ブチ折った事か?」
色々と心当たりがありすぎて、思わず頭を抱えそうになった。
「そりゃ……笑い話にするには向いたろうな……」
思わず溜息をつくと、足音がして背中を叩かれた。
「溜息をつくと幸せが逃げて行くという諺がある、どうした?」
振り返ると、アルディスが立っていた。
己の目線よりもさらに下、肩のラインよりも下で、見下ろすとあいも変わらず綺麗な銀髪が流れていた。
「あー……なんでもねぇよ、ちょっと俺の不幸を噛み締めてただけだ」
「お前の不幸? そんなものがあったのか?」
きょとんとした表情で、見上げていくる紅の瞳が宝石みたいに綺麗で、確かに姉も綺麗だが、こいつも綺麗だと己に思わせる。
「俺にだって、ちょっとした不幸くらいあるさ、この年で女の一人ももたねぇとかなー……」
口に出すと、実感する、己は商売女以外に女というものを知らないのではなかったかと。
「同期は皆、嫁さんがいたりすんのになぁ……肩身が狭いぜ」
「アズール……」
すまなそうな声がして、お前が気に病むことはないと肩を軽く叩いてやる。
「気にすんなって、俺も本気で嫁とまで行かなくても彼女くらい作る努力をすっかなぁ……」
軽口を叩いて、気にしてるような声のアルディスを和ませようとする。
「俺、では?」
「……へ?」
アルディスが何を言ってるのか理解できなくて、思わず間の抜けた声が出てしまった。
「その、彼女というのに俺はどうかと聞いた」
「…………冗談にしちゃ笑えないな」
普段から冗談を言う奴ではないが、これは笑えなさ過ぎるだろう。
大体、己とお前はそんな関係ではなかっただろう?
「冗談ではなく、本気だと言ったら?」
「……お前が、俺の?」
思わず己とアルディスとを交互に指差してしまう。
こくと頷かれて、嘘だろうと思ってしまう。
「恋人ってのは友達でも同僚でもないんだが、分かってるのか? キスしたり腕を組んだり、ああキスったって頬とかじゃねぇぞ? 恋人ならとうぜ──」
分かってないだろうと思って説明していると、ふいにアルディスの綺麗な顔が近づいて、口を塞がれていた。
重なるだけの、押し付けられた唇。慣れてないのが分かるそれが離れるのを呆然と見送った。
己は今どんな顔をしているんだろう。