ディアナ
国を二分する派閥はブラン公爵の側、通称『白』と、ノワール公爵の側、通称『黒』側とに分かれていた。
各所属騎士は自らの好きな色を纏っており、騎士服の色ではこの派閥は判別できない事の方が多い。
『白』と『黒』に所属する騎士の仲は、互いの派閥の影響もあり、かなり悪い。
街中で会おうものなら、いがみ合い、ケンカ、度を越すと剣を抜きあうなどと、街の者にはいささか面倒ではた迷惑な事この上ない。
街中に一軒の食堂があった、安価で美味いものを出すと評判のこの店には『白』側も『黒』側の騎士も足を向けるが、この店では決して剣を抜かない・食事を楽しむべしという不文律があった。
以前ケンカで店の備品を壊された店主が怒り、代金の値上げを一ヶ月したことがあり、両方の騎士がこの店主に迷惑をかけないことと、代表の騎士長の間で約されたからだ。
店は今日も繁盛していて、昼時を少し回っている時間ではあったが、空いているテーブルはなかった。
銀色の髪を背に長く伸ばした一人の騎士が店のドアを開けて入って来るが、空いたテーブルが見当たらないのに苦笑して足を止める。
陽に透ける銀色の髪はさらさらと背に流れ、白い肌に紅い瞳と唇とが眼を引き、決して華美ではなく、デザイン的には地味でもあるはずの白い騎士服は、彼女の隠そうとしても隠しようもない女性らしい身体を包んでいる。
「こ、こっちのテーブルにどうぞ」
「あん、何言ってんだ、俺のテーブルだろう」
騎士服に縫われた紋章に、白のテーブルと黒のテーブルとから声がかかったのが分かる。
いくつかかけられた声に、困ったような微笑を浮かべて笑う騎士は声に目礼を返して店の奥に知り合いを見つけたのか、ひらひらと手を振る男のいるテーブルにと足を進めていく。
「こんにちは、アズール、相席しても?」
「ああ、もちろん。その為に合図したんだぜ?」
席につくと、周りのテーブルから溜息がいくつか零れた。
「はっはぁ、他の野郎共のやっかみの視線が痛いがな」
「やっかみ?」
首を傾げながら聞き返されて、相変わらずだなとアズールの口から苦笑が零れる。
「そりゃあ……ま、いっか」(この鈍さがこいつのいいとこでもあり、魅力のひとつでもあるしな)
「何よ、言いかけてやめるなんて、あなたらしくないわね」
メニューを手に店員に声をかけて、コーヒーとサンドイッチとを頼むと、アズールに肩を竦めてみせる。
「ところで、妹は元気にしてるのかしら」
「ああ、アルディスなら昨日も会ったが元気にしてるぜ、相変わらずモテモテで俺が引き立て役みてぇな気もするがな」
笑いながら肩を竦めてみせ、どこまでが本気でどこからが冗談かが分からない。
「あら、そうなの?」
「ま、あいつに決まった奴でも出来りゃそれも収まんだろ。つーかさ、お前の方はどうなんだよ、え?」
「決まった人ね……ちゃんと男の人相手だといいんだけど。……え、私?」
テーブルに置かれた水のグラスを手に取って一口飲み。
「仕事が忙しすぎてね……でもやりがいはあるし、満足してるわ」
「さすがは騎士長補佐だけあって、言うことが真面目だねぇ……あんたは。俺ぁ、こう聞いてんだぜ?」
にっ、と笑って顔を近づけると耳元で小さく囁く。
「騎士長とは最近どーよ?ってな」
囁かれた言葉の意味に、持っていたグラスが動揺に揺れて、テーブルに水が零れてしまう。
「なっ、何を言うのよ。私は別に……」
見かけは妖艶な美女であるのに、頬を染める様はまるで少女のようで、思わず噴出してその背をバンバンと叩く。
「ったく、相変わらずだな、ディアナ」
顔を見て、くっくっと肩を揺らして笑い、また顔を近づける。
「お前が騎士長に惚れてんのはバレバレなんだから、いい加減先に進めよ」
「あ、アズールっ!」
文句を口にしようとした時にちょうどサンドイッチの皿がテーブルに置かれて、こほんと咳払いをして気持ちを落ち着かせる。
「ご注文お待たせしましたー」
「ありがとう」
サンドイッチの隣にコーヒーが置かれて、少し頬に赤身を残した顔でにっこりと店員に笑いかける。
笑みを向けられて赤くなった店員が小走りに店の奥に向かうのに、アズールは苦笑して、隣の席のディアナを見る。
「まったく姉妹そろってめんどくせーというか、なんというか……」
はぁ、と溜息をつく。
「ま、いっか」
また己の部屋にディアナに想いを告げようとしたが、全然相手にもしてもらえないとか、愚痴を言いに来る野郎が出るんだろうかとか、考えが浮かんで頭を振って考える事を放棄する。
ふと、己は姉妹に対してどういう立場にいるのだろうかとアズールは考える。
妹などもったことはないが、その感覚に近いのだろうかと思い当たる。
恋ではない、愛でもない。
だが、同じ騎士として、愛しいという感情はある。
いざ嫁に行くという時には、己はどんな顔で、どんな想いをするのだろうかと思えば苦笑が浮かび、ディアナがサンドイッチを食べ始めると、自分の食べかけのままだった料理はすっかり冷めてしまっていた。
己の感情もまた複雑だなと冷え切った料理を口に運ぶ。