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吸血鬼のミュージックコントローラー  作者: 朱田 秀隆
吸血鬼のミニッツワルツ
9/13

3.犬と一緒の生活は独り言を増やしがち

返事が返ってこないってわかっているから話しかけられる部分もあると思います。

愚痴を聞かされる方はたまったもんじゃないのかもですが。

 大という文字にはいくつかの類型がある。

 点一つでその意味を変える文字はいくつかあるが、なんの関わりもないなにかに姿を変えるのは、この文字をおいて他にない。


 点を打つだけで躍動する生命を得る。

 それは龍の画に眼を描くように鮮やかに、軽やかに跳ね回る存在に昇華する。


 生活の中になにか異分子を迎え入れるのも、それと似ているのかもしれない。



 犬は元から真っ赤な革製の首輪をつけていた――という事は飼い犬ではあったはずなのだが、ネームプレートはつけていない。

 その首輪には、リードをつなぐためのホルダーだけがついていた。

 沢良宜が務めるコンビニに品揃えとして置かれていた紐――どういう品揃えなのかよくわからないが、太いろうそくと紐が棚に陳列されていた。その用途のよくわからない紐をホルダーに通し、散歩よろしく家まで連れて帰ろうと言う訳だ。


「しゃあ、いっふゅうかんふぉに」

「絶対迎えに来て下さいよ!」

「ふぁいふぁい」


 店中から集めたドッグフード。

 それからパンツ――妙にセクシーだが、ぎりぎり我慢できる線の六枚でぱんぱんになったビニール袋を提げて、コンビニを後にする。


 自宅である洋館まで二十分弱の道のり。

 いつもなら、誰にあいさつされるでもないのに、珍しい犬を連れているからなのか、随分色々な人に注目されてしまった。

 かなり不躾に。人によっては顔をしかめたりしていたのが少し気になるが、まぁこの風貌の犬だから仕方ないのかもしれない。


「君、注目されてるよ」


 試みに声をかけてみると、犬はくるっと振り向いてまどかの顔を確認し、すぐにまた前を向いて歩き始める。

 はふんはふんとなんだか息苦しそうで、運動不足をうかがわせるよたよたとした歩調だ。


 もしかしたら、ものすごい年寄りなのかもしれない。

 膝とか腰とか痛いのだろうか。



 吸血鬼だから意識した事もないが、自分だって普通に生きていたならいい年齢だ。

 女学校時代の知り合いなんか、しわしわのお婆ちゃん――病院でたまたま、しかも、遠くから見ただけでも、やはり年月の経過は、彼女たちにしっかりとしわを刻んでいた。


「年を取るってどんな感じだろうねえ……」


 犬に話しかけながら、門のところまで辿り着く。


 ここから玄関まで、かなり長い坂を登らなければならない。

 もはや筋肉痛や腰痛とも無縁。呼吸すら必要ないまどかでも、ちょっと億劫に思っているこの坂をだるだるな装いのこの犬に、果たして登り切れるのか。


 ちょっとした疑問ではある。

 なにかのきっかけにころりと死んでしまっても寝覚めが悪いだろう。


 ちょっと試してみようか。


「競争、してみようか……」

「はふん」


 そんな気持ちで呼びかけたまどかに、犬は間の抜けた声で応えた。

 くるりとこちらを向いたその顔は疲れのせいかだらりと緩み、間抜けさを増しているのに、眼だけは


『まけないよ!』


 なんて、生意気そうに光っている。

 そんな様子がちょっぴり面白くて、まどかはふっと笑った。


「よーい、どん」


 余りに余ったお肉を揺らして走り出した犬は、なかなかの俊足だった。




 無呼吸で全力疾走が可能なまどかに遅れもせず、犬はしっかりついてきた。

 なかなか根性あるんだなあ……なんて思いながら、玄関を開け、そのままいつものように服を脱ぐ。

 脱ごうとした。

 ……のだが、まどかはその手を留めた。


 暑い時期、部屋の中では基本的にパンツ一丁で過ごしている。

 なのに、人目――まぁ、人ではなく犬なのだが。他の目があると、なんだかそういう訳にもいかないような気がしてしまう。


 そんな風に、視線を気にするまどかに見向きもせず、犬はぴすぴすと鼻を鳴らし、床を嗅ぎまわりながら、ただただ慣れない環境を確かめていた。


「掃除してないんだから、そんなに嗅ぎまわってると……」

「へぶし」


 適当に脱ぎ散らかした服のある辺りで、犬が大きなくしゃみをする。

 内心、ちょっと失礼じゃないかと思いながら、犬のあとを追いかけて脱ぎ散らかした服を片づける。


「なんで、服のある方ある方行くんです?」


 声をかけても返事なんか返ってくるはずもない。

 せいぜい、ちらっとこちらを振り返るくらいのもので、反応なんかないってわかってるのに、なんとなく話しかけてしまう。


(そういえば、テレビくらいしか話し相手がいないんだった)


 沢良宜のアパート――二畳一間と言っていたが、そこに比べて、まどかの住むこの洋館は広い。

 昭和初期に建てられた建物は、今はもう亡くなってしまった父親が残してくれた唯一の財産で、そのおかげで雨露をしのいでこれた。

 がたがたのぼろぼろで、密閉性が悪くて。酷い時は雨漏りだってする。


 広い敷地は雑草がもじゃもじゃ。でも、周りの丘も館の敷地だから、変な事をしててもご近所に気づかれない。

 風呂もトイレも別々に、ちゃんと家の中にあるし、洗濯機だって使える。


 使ってはいないが、馬車を留めるためのガレージもあるのだ。


 そういう意味では本当に充実した住環境。でも、その広さのせいで、孤独との戦いも長かったのかもしれない。



 『今夜もNO天気』なんていう、間の抜けた名前のお天気番組に文句をつけて。それを理由に洗濯をさぼって、夜になるとその辺をぶらぶら徘徊する。

 吸血鬼になって七十年近く。

 そう考えると、年相応に耄碌した老人のような生活。



 そうか。

 こんな広い屋敷に、私は一人だったんだ。


 今まで気づかないふりをしていたのに、犬が来たせいで気づいてしまった。

 ふと立ち止まったまどかを振り返った犬は、喉の奥からひーんと情けない声でまどかを呼ぶ。


「二階は暑いから、行かない方がいいですよ」


 昼間、太陽光にあぶられた屋根の熱をもろに溜め込んだ二階は、サウナもびっくりの環境だ。

 せっかくのお客様をそんなところに通せない。


 いやいや預かったはずなのに、なんだかほだされてきている事に、まどか自身もうっすら気づきはじめていた。

犬の品種はバゼットハウンドを想定しています。

実物は、意外と大きいんですよね。

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