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吸血鬼のミュージックコントローラー  作者: 朱田 秀隆
吸血鬼のミニッツワルツ
7/13

1.時代の変化についていけない

格好いい吸血鬼が好きな方には、大変申し訳ない内容になっております。

申し訳ありません。

 夜のとばりが太陽を覆い隠す。

 いつもと変わらない穏やかな一日が始まる――はずだった。


 だが、その一日はあまり穏やかではない形で始まった。

 けたたましく鳴り響く携帯電話の着信音。


「なんなの、まったく……」


 ぼっさぼさになった髪――お尻辺りまである腰の強い髪なのに、やたらと寝癖がつくのを手ぐしで整えながら


「もしもし」


 電話の向こうから聞こえたのは、あまり好ましくない人物の声だった。



 夜、まだ早い時間――と言っても、二十三時を回っている。

 普段なら、まだ眠っている時間にも関わらず、神城まどかは家の近くにあるコンビニエンスストアに来ていた。

 田舎の有利さとでもいえばいいのか、広大な駐車場を持ち、それなりの繁盛店。

 だが、近いといっても、国道から大いにそれたところにあるちょっとした丘の上にある洋館にすむまどかにしてみれば、二十分以上かかる距離だ。


 青い看板のそのコンビニに、夜勤専門の店員として勤める吸血鬼の知人――沢良宜という男から、今すぐ来てほしいという連絡を受けたから、洗濯の予定を取りやめてやってきたというのに


「まだ勤務中だから…」


 という理不尽な扱いを受け、とりあえず雑誌コーナーで時間をつぶす。

 予定といっても、洗濯くらいしか用事はない。


 年金生活で悠々自適のまどかにとって、暇は売るほどある。



 幾つかの雑誌をぺらぺらとめくる。

 女性誌やテレビの番組表を掲載している雑誌。占いの本など、適当に流し読み。

 それから漫画。


 最近の少女漫画は過激だ。

 まどかが人間だった頃――六十年前くらいになるだろうか。

 戦争中で、黒塗りもだいぶ増えていたあの頃に愛読していた『少女の友』辺りだと、手をつなぐというだけで一大事。

 直接的にキスを描写するのもはばかられていた時代。

 それでも、どきどきしながら熱心に読んでいたものだ。

 大人の読み物である新聞小説などでも、登場人物が肉体的に結びつくのは今わの際というのが相場だった時代でもある。



 だが、いま購読している雑誌――少女誌が中心だが、それ以外の物でもなにかというとさらりとセックスしてしまう。

 あっという間に。ともすれば、なにか一時の気の迷いのような理由でセックスに踏み切ってしまうのは、まどかには少し理解しにくい。


 生まれた時代のせいももちろんあるのだろうが、なんだか味気なくてどきどき出来ない――まぁ、もはや心臓が脈打つ事などないのだが。

 それはともかく、視線を感じてなんとなく雑誌を元の場所に戻す


「まどかちゃんそういうのに興味あるの?」

「ありませんよ」


 顔を上げたら、待たせていた張本人である沢良宜がにやにやとこちらを見ていた。



 仕事が終わったのだろう、革のジャンパー――真夏だろうとなんだろうと、その格好が気に入ってるのか、いつ会っても身に着けている。

 じゃらじゃらと顔のあちこちにつけたピアスとその暑苦しさが、どこかいまどきの若者という風情を形作っていた。

 横濱には最近――とはいえ、吸血鬼の尺度でだが――住み始めたばかりの男だ。


 格好はともかく、少なくとも吸血鬼として二十年ほどは生きていると聞いているし、無分別ではない。

 ご面相は悪くないし、身長も高い。

 多くの女性から見て魅力的に映るのだろうが、まどかの感覚では打てど響かずといったところ――少なくとも、セックスの相手には選びそうもない。



 吸血鬼になる前にそういう経験があればまた違ったのかもしれないが、人間だった頃のまどかにそういう機会はなかった。


 物の本では痛くても最初の数回。その内よくなると書かれている事が多い。

 漫画では、はじめてでも相当にいいものだと描写されているものもある。



 だが、吸血鬼の身体というのは厄介なもので、次の日にはなにもかもが元通りになる。

 腕をもがれようが腹をえぐられようが――人によっては頭をむしられても。それどころか、髪を切っても、次の晩、眼が覚めると元通りになるのだ。



 まどかも吸血鬼になりたての頃は思春期真っ盛りだったし、興味本位で性行為を試してみたりもした。

 だが、毎回毎回が初めての痛みを相手にしなくてはならず、不愉快なだけ――そもそもの話、濡れるという事がまずない。


 人間と同じように身体を機能させようと思うと、大なり小なりエネルギーを使う。

 鏡に映るために精神集中が必要なように、粘膜をぬるぬるに潤わせるためには吸血で蓄えた血のエネルギーをそこに集めてやらないといけない。

 一回の吸血量が少ないまどかにとってはなかなかに苦痛だったりする。


 しかも、その一回のために蓄えた血を大量に消費するので、わざわざ痛みをこらえながらセックスをしつつ、消費した血を補充するために相手の血液を失敬する。

 酷い時はしゃぶってあげると言って、股間のあれから吸血せざるを得ないなんていう間の抜けた体験をしたりもした。

 そういう色々の不便を知ってからというもの、ずいぶんご無沙汰だ。

 そして、これからもご無沙汰のままだろう。



 少なくとも、目の前にいる吸血鬼を相手にするつもりはとうていないが、本人は美男子気取りだから始末に悪い。

 なんならお相手しようかとでも言いたげに、にやにや笑う顔が気持ち悪いなあと思いながら


「それで、用事ってなんですか?」

「あぁ、うん。ちょっと預かってほしいものがあって…」


 要件を確認してみただけで、ものすごく嫌な予感がする。



 以前この男から預けられた拳銃――ブラジルあたりから密輸してきたものらしいが、それはもうすでにまどかの所有物になっている。

 なっているというより、預けたきり取りに来ないのだ。


 取りに来いと言っても、言を左右にひらひらかわすばかり。

 色々と便利だったし、今も愛用しているが、この男は信用ならない。


「もう、危ない物は預かりませんよ」

「今日はそういうのじゃないってば!裏に来て」


 その言葉は本当だった。

 だが、危ない物の方がよっぽどいいと思う様な代物でもあった。

クリスマスなんてリアルが充実した人のための日なので、あまり充実していない私はあんまり上品ではないお話を書いて、一人で溜飲を下げようと思ったのでした。

……という訳で、今回も下世話なお話です。

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