2.よそ様のパンツはよく見えます
クリスマスイブに真夏の話。
しかも、登場人物がパンツだブラジャーだと連呼したり考えたりするのを書いているというのもいかがなものなのかと。
初夏にしとしとと静かに降る雨が静寂を作り出す。
空に立ち込める雲は暗闇の先触れだ ――それは心の中にも例外なく訪れる。
まどかの住む洋館から一番近くにあるコインランドリー――柳ジョージの『コインランドリー・ブルース』にあやかってつけられたであろう、『ブルース』というへんてこりんな名前のコインランドリーまで家から歩いて十五分。
右手にぼろぼろのこうもり傘。左手には横濱市指定のゴミ袋に(しか入りきらないくらい大量の)洗濯物を詰め込んでだらだら歩く姿は多分不審以外の何者でもない。
「けっこう遠いんだよなあ」
などとぼやきながら、ゴミ袋に入った洗濯物をちらりと確認すると、気の迷いで買った真っ赤なハーフカップのブラジャーが外側から見えてしまっている。
ちょっと前まで(といっても、あくまで吸血鬼的な尺度でだが)黒く不透明だったゴミ袋は半透明のものに変わったらしく、中身が丸見えなのに少し溜息。
不審者である上に色情狂のレッテルまで貼られそうで、テンションがいやが上にも落ちたまどかの足取りは重く、コインランドリーに着いた時には、時計が午前二時を少し回っていた。
この時間のコインランドリーに他の利用者なんかいる訳ないと思っていたが、どうやら先客がいたようで、動いている一台の中で女性物の洗濯物がくるくると踊っている。
服の金具やブラのホックが打ちつけられているのか、かっちゃかかっちゃかという断続的な音と、オートリピートで鳴り続けているのであろうジャズのスタンダードナンバーに機械の作動音だけが聞こえる空間はひどく物悲しい。
とはいえ、混雑している時間帯だと、洗濯物片手に待っていなくてはならない事もあるので、一台しか動いていない事に少しほっとしながら、適当な洗濯機二台 ――一台では入りきらなかったので二台のふたを開け、洗濯物を入れる。
店内に誰もいないのをいいことに、今はいているパンツも急いで脱いで放り込む。
さすがにブラウスを脱いでブラジャーまでいく勇気はなかった。
ふたを閉めたらコインを入れて、スイッチオン。これで乾燥までしてくれるのだから、本当に便利だ。
「ふいー」
一連の作業を終えて、まどかはベンチに腰掛一息ついた。
いつもなら近くのコンビニにでも行って時間をつぶすところだが、先客もある。
自分の分を間違って持っていかれないようにしなくては!
なんて思うほどの高級品は入っていない。
どちらかといえば、こすれてワイヤーの出てしまったブラジャーや、ちょっと穴の開てしまったパンツ。よれよれのシャツや毛羽立ったカーディガンなどなどの、情けない衣類を見られたくなかったので、ベンチの上で胡坐をかき、くるくる回る洗濯物を眺める。
主に先客のものを、だが。
夜に動き回る事が多く、鏡などの反射物にはっきりと姿が映らないせいか、吸血鬼というのはどうしても身づくろいが大雑把になるところがある。
まどか自身が特にそうだというのもあるかもしれないがそこは置く。
可愛い服に興味がないといえばうそになるので、誰にも邪魔されず、誰かの着ている今時の服をじっくり見られるのは嬉しいものだ。
流行に乗っかるいい機会だとばかり、無遠慮に眺めていると、まどかは洗われているのは下着ばかりである事に気づいた。
――ともすれば、中身が見えてしまいそうな、すけすけのものもある。
(こういう高そうな下着ってネットに入れて洗わなくてもいいのかね……)
まどか自身そんなに気にする方ではない ――というより、深夜に開いている郊外のスーパーで買ってきた一枚辺り三桁。
よくても限りなく三桁に近い四桁円の下着しか着けないので、気にする必要もないが、よそ様の、それも高そうな下着の洗濯の仕方はちょっと気になる。
かっちゃかかっちゃか、ごうんごうんという規則的な音だけの空間は、なんだか催眠術でもかけられているような酩酊感がある。
(あかいぱんつ、くろいぱんつ、すけすけー、はーふかっぷー、てぃーばっくー、わたしはいまのーぱんー)
どれもこれも、自分がつけるには過激すぎるデザインの、くるくる回る下着をぼんやり眺めていると頭の中で変な歌がリフレインしてきた。
その変な歌にあわせて洗濯機のふたに写る自分(といっても、ぼんやりとしか像を結ばないけど)が、体を左右に揺らしているのに気づいてまどかはちょっぴり愕然とした。
「これってけっこう変態さんなのでは……」
洗濯が終わるまで後二十分。
まどかはちょっとだけ居住まいを正した。
高い下着じゃなくてもネットに入れた洗った方がいいと個人的には思います。
まぁ、人それぞれですけども。




