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吸血鬼のミュージックコントローラー  作者: 朱田 秀隆
吸血鬼のコインランドリーブルース
1/13

1.お洗濯は計画的に

格好いい吸血鬼とかが好きな方には大変申し訳ない内容になっています。

ごめんなさい。

 日が沈み、夜の訪れと共に目を覚ます。

 いつも変わらない穏やかな一日が始まる――はずだった。


 だが、神城まどかの心中はまったく穏やかではない。


「あーつーいー!」


 ソファーの上にだらりと寝そべったままの姿勢で、カタカタと音を立てる、ちょっと肩の古い扇風機に向かって呪いの言葉を吐きながら強くにらみつける。

 物語に出てくる吸血鬼だったら、邪眼とかいう力で射殺せてしまうのかもしれないが、あいにくまどかはそういう力を持っていない。


 夜は不死者の時間だ。

 映画や小説ではよくそう表現されるが、それはうそだ。


 服を買おうと思っても、格好いいものを売っているお店が終夜営業なんて聞いたことがない。

 書店も閉まっているので本一冊手に入れるにも大変な苦労がいる。

 役所での手続きには代理人を立てる以外手段がないし、銀行預金の通帳記入も出来ない。

 パソコンが使えればそんな問題も解決できると知人(これも吸血鬼)が話していたが、吸血鬼になって七十年以上経たまどかは覚えられる気がしなかった。


 その上、実年齢はともかく外見が十四、五歳でとまっている事もあって免許も取れず、身分証のない生活。

 なので、クレジットカードも作れない。


 とにかく、古くから生きている吸血鬼にとって夜は不便の時間なのだ。


 最近はコンビニエンスストアが出来たり、終夜営業のスーパーが出来たり、少しずつ便利になってきてはいるものの、不便なことに変わりはない。


(空想の吸血鬼って偉大よね……)


 七十年以上生きてきて、それなりの交友関係もあるが、交友関係の範囲内では優雅で華麗な吸血鬼など見たことがない。

 コンビニでバイトしている者やラブホテルの受付。 夜勤専門の看護婦などなど、ブルーカラー労働に従事している者の方が圧倒的に多い。 日本国籍があって年金生活を送っているまどかも、そういった優雅とはいえない吸血鬼の一人である。


 吸血鬼らしい(と自分達がイメージしている)部分で友人達に誇れる事といえば、大正時代に立てられたレンガ造りの洋館に住んでいる事だが、古くところどころ傷み始めた建物は、夏暑く冬寒い。

 虫や爬虫類が忍び込んでくることもあるし、ひどいときには浮浪者やいかがわしい事をしようとするカップルが闖入してくる事もあって、雨に濡れない以外は屋外と変わらない不快さ。

 夏場はパンツ一丁でなければとてもじゃないがやっていけない。


 昨日も例に漏れず、外出先から帰ったまどかはリビングまでの廊下を歩く間にばさばさと服を脱ぎ捨て、リビングにたどり着くやソファーで眠ったのだ。

 テレビもつけっぱなしで。


 まどかが寝ている間中、一人しゃべっていたであろうテレビのあいも変わらず休む事のないおしゃべりを尻目に身支度を始める。


 まず、ソファーの上で両足とお尻を上げて、三日ほど変えていないよれよれになったベージュのパンツを、とりあえず裏表逆に履き替える。

 裏表逆のパンツ一丁で廊下に出たら、足の指で廊下の隅っこに放り投げてあったブラジャーを放り上げてつけ。 両手でカップの位置を調整しながら、重い足取りで洗面所に。


 パンツ一丁(しかも三日はいて裏表を逆にしたもの)で身支度をして、部屋中に脱ぎ散らかした洗濯物――いや、洗濯しなければならないものの山を物色するというのは頂けない。

 ブラジャーをつけていればどうだという事もないのだが、そこは自分をごまかして、ぐしぐしと歯磨き。 発達しまくった糸切り歯の周りは磨き残しが多くなりがちなので、入念に。 うがいをしたら寝室――といっても、屋根の熱をじかに吸い込んで蒸し風呂みたいになるから夏場はほとんど使っていない二階の部屋に。


 ベッドの上にも脱ぎ捨てた洗濯物を発見してちょっとしょんぼり。 萎えてきたやる気をなんとか揺り起こして古ぼけた化粧台の前に座る。


 鏡にまどかの姿は映らない。

 ぼんやりとモザイクでもかけたみたいな像が浮かぶだけの鏡に目を凝らす。


(映れ、映れ、うつれ、ぅつれぇ……)


 強く念じると、カメラのピントが合わさるように少しずつはっきり像を結ぶ。


 抜けるように白い肌――と書くと好印象だが、死人のように青ざめた肌をした細い顎の線。 少し険があるように見える切れ長の目は、その白い肌の印象と相まってより黒く、炯炯と光っている。


 多分、美人と言われればそうなのかもしれない。


 日本人形のように黒くすとんと落ちた前髪は、眉の上でそろえられてあまり派手とは言えない顔だちを、一層控えめに見せている。

 口紅でも塗ればパッとあでやかになりそうなものだが、そういうおしゃれをする気分じゃない。

 パンツは裏表だし、ちょっと黄ばんだブラジャーをつけてなにがおしゃれだと思いながら、まどかは出かける前の大仕事にとりかかる。


 吸血鬼になる前から見慣れている ――というより、もう見飽きてしまった自分の顔よりも、出かけるのに重要なのは髪の毛。

 特に後ろ髪はお尻まで伸びていて、今日みたいに出かけるときは、整えるのが煩わしい。


 そんなに煩わしいなら切ってしまえばいいという友人もいたが、何度切っても次の夜には元に戻るので、ここ三十年くらいはそれもあきらめてしまった。


 とにかく、この髪の毛は難物で、櫛を通して整えるだけで二十分は時間をとられてしまう。 その間、鏡に映り続けられるように気持ちを集中させておかなければいけないのも、この作業の面倒くささに拍車をかける原因だった。


(吸血鬼にされるってわかってたらもっと短くしといたのに!)


 むきになってガシガシと櫛を動かして、どうにかこうにか形をつけた頃には、ちょっとぐったり。

 身支度をするとき、鏡に映らないっていうのは想像を絶するくらい不便だ。


 整えた髪を適当にリボンで結わえたら、リビングに戻り、今日着て外出できる服を探す。


 汚れが目立たないのはしわしわになった白いブラウスと、放置しっぱなしだったせいで完全にプリーツの消えたスカート。

 今日はいているパンツと同じくらい無様な装いだ。


 とはいえ、部屋の中に散乱している下着の類はもっとひどい。

 七十年という長い年月を経たまどかといえども、(裏表という意味では五日ずつではあるが)十日はいたパンツをもう一回はかなくてはいけないとなると情けなくて泣いてしまいそうなので、可愛いパンツを発掘してもあきらめる。

 お気に入りのパンツほどヘビーローテーションなので、履いている日数が長いっていうのがあだになった。


 パンツ以上にひどかったのはブラジャーで生地がこすれてワイヤーが見えているものもあったが、それにも目をつむる。


 こんな事になった原因の大半 ――八割位は、まどか自身のずぼらさによるものだ。だが、今回の惨事にはもうひとつ大きな原因がある。


 テレビの中のキャスターが


「冬の乾燥した空気を湿らせる恵みの雨が――」


 などと夕方降り出した雨に笑顔でコメントしている。

 だが、まどかにとっては女性として。いや人間としての尊厳的ななにかを失う瀬戸際に踏み込ませる雨で、全然ありがたくもないし、くすりとも笑えない。


「天気予報、ぜんぜん当たらないくせにへらへら笑うな!」


 クッションを投げつけたら、薄型の液晶テレビはぐらぐらと揺れたので、慌てて駆け寄って抑える羽目に。


(帰ってきて、ブラウン管!)


 安定感のない液晶テレビに抱き着いて、ちょっぴり涙目なってしまう。


 家がぼろく電気容量が少ないために乾燥機を設置する事もできず、日中洗濯する事もできないので、まどかはこの深夜のお天気ニュース『今夜もNO天気』を見て洗濯サイクルを決めていた。

 夜の内に洗濯をして、明け方に洗濯物を干して眠れば、次の晩にはきれいに乾くという寸法だった。

 だったのだが、キャスターが変わった途端、予報の的中率が著しく下がった。

 そのため、洗濯サイクルがうまく決められず今に至っている。


 とはいえ、どんなにキャスターを呪っても脱ぎ散らかした洗濯物がきれいになって、部屋が片付く訳でもない。


「……コインランドリー行こう」


 深い溜息と共にまどかが吐き出したのは、弱弱しい決意だった。

クリスマスなんてリアルが充実した人のための日なので、あまり充実していない私はあんまり上品ではないお話を書いて、一人で溜飲を下げようと思ったのでした。

長編が鬱々の展開になったため、箸休めになればいいんですけど。

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