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私は、無力だ。(3)


「はあ、はあ、はあ・・・」

 息を切らした蓮は、刀にこびり付いた血を振り払う。道場の中には、化物の死体が無数に転がっている。しかし、それでも敵の数は減らない。

「・・・何で、減らないの」

 もう、体力の限界だった。足に、うまく力が入らない。身体的にも、精神的にも限界を迎えた蓮を一匹の化物が容赦なく襲う。力負けし、押し倒された蓮は最後の足掻きとして、馬乗りして来た化物の口に刀を真っ直ぐ突き刺した。事切れた化物の腹を蹴り、刀を引き抜く。

 そして、ついに蓮は起き上がる力すら無くした。化物たちは、倒れ込んだ彼女を貪ろうと飛びかかってくる。

 ―私も、こいつらにグチャグチャに食い千切られて、死ぬのかな?

 そんな諦めの言葉を胸の内で問うて、蓮は向かってくる無数の牙を見つめた。彼女の視界いっぱいに、真っ赤な血が広がる。


 ・・・・あ、れ?


 今飛び散った血が、自分のものだと思っていた蓮は体に何の痛みも無いことに疑問を抱いた。ただ自分が疲れ果て、痛みを感じないだけかとも思ったが、どうも意識がはっきりし過ぎている。おかしいと思った蓮は、力入らない体を叱咤して、よろよろと起き上がった。

 彼女は目の前の光景に、唖然とする。無数の化物の死体の中心に、誰かがいた。目を擦って、蓮はもう一度見る。白銀の髪に、血に染まったような紅い瞳の青年。

 彼は私と目が合うと、こちらへ歩いてきた。

「お前がロトスの乙女か?」

 開口一番にそんな質問をする青年に、蓮はきょとんとする。

「ろとすの乙女・・・?」

 言っている意味が分からない。そして、この青年が何なのかも全く分からない。しかし、あの化物同様、彼もこの世の者ではないと蓮は直感的に感じた。

 警戒する蓮に、青年はいきなり顔を近づけ、彼女の髪を触った。

「なっ・・・!?」

 驚いた蓮は、青年の手を払いのける。拒絶を受けた青年は、そんなことには気にせず、ニヤリと笑った。

「やっぱりな。正解だ」

「何を言って・・・?」

 詳しく訪ねようとしたその時、外から化物たちが再び現れた。

「何で?どうして減らないの?」

 何故彼らは殺しても殺しても増えるばかりなのか。その疑問に、青年が淡々と答える。

「それは、お前を狙ってるからだ」

 驚愕の事実に、蓮は言葉を詰まらせる。

「私・・・を?」

「そうだ。奴らはお前を、ロトスの乙女の肉を狙っている」

 ―そんな・・・じゃあ、みんな死んでしまったのは。

「私のせい・・・?母さんも父さんも兄ちゃんも、生徒さん達も・・・私のせいで、死んだ・・・」

 青年は何も反応しなかった。反応しないということは、当たりということ。蓮はギリッと唇を噛んで、重たい体を無理やり立たせた。

「おい」

 青年の言葉を無視して、蓮は化物たちのいる方へ歩を進めた。そんな蓮の腕を、青年が掴む。

「・・・離して」

「何するつもりだ」

 青年の問いに、蓮は震えた声で答える。

「あいつ等、私を食べたいんでしょう?なら、私が食われれば全て片付くってことで合ってるよね?」

「それはダメだ」

「何でっ!?私がこのまま生きていても、私の周りの人がまた襲われるっ!そんなの嫌だ。ならいっそのこと自分が死ねばいい」

 青年は溜息をついた。

「お前はそれでいいだろうが、それじゃ俺たちが困る」

「何で・・・」

「お前の血肉は奴らに大きな力を与える。そして、お前を食って力を得た奴らは元の世界に戻り、俺たちを襲うだろう。だから、お前が食われるのは困ると言っているんだ」

「でも、それじゃ私はどうすれば・・・」

 蓮は、もう何をしたらいいか分からなかった。ここに居ることも、死ぬことも許されない。


 黙り込む蓮に、青年は二本の指を立てて話す。

「お前に残された選択肢は二つだ。周りを巻き込むのを覚悟でここに留まり、奴らと戦い続けるか。俺と一緒に来るか、だ」

「一緒に・・・?」

「そうだ。俺と来れば、まずこの世界の住民は助かる。だが、お前が狙われるのは変わらない。そして、一度あちらの世界へ行ったらもう二度と戻ってこれない」

 二択といいても、結局どちらを選んでも蓮の苦しみは続く。しかし・・・。

「ここの人たちが、助かるなら・・・行くよ」

「いいのか?二度と戻れないんだぞ?」

 蓮はキツく拳を握った。

「家族は・・・もういないし、それにどちらの世界にいても私は命を狙われるんでしょ?なら、そっちの世界に行って、戦う」

 死ぬのが許されない。それなら蓮の選ぶ道は一つ。みんなの仇討ちだ。蓮は化物の群れを強い眼差しで睨みつける。

「お前、男前だな」

 感心気味に言った青年を、蓮はギロリと睨んだ。

「それは聞き飽きた」

 何が可笑しいのか、青年は盛大に笑う。

「そういえば、何であいつ等襲ってこないの?」

 実は先程からずっと疑問に思っていたのだ。笑いを止めて、青年は答える。

「結界張ったからな」

 ―結界・・・魔法の国か何か?まあ、あんな化物がいる世界、まともじゃないのは百も承知なんだけど。

「よし、行くぞ」 

 そう言って、青年は天に手をかざす。すると、空中に魔法陣のようなものが出現した。蓮は最後に、父と兄を見る。

「父さん、兄ちゃん。・・・母さんも、私行ってくるよ。どうか、安らかに・・・」

 その言葉を最後に、蓮と青年の姿は光に包まれ、消えた。


  ◇◇ ◇◇


 つむっていた瞼を開けると、視界いっぱいに目が染みる程の光が広がった。蓮は今、心地よい風が吹く広大な草原にいる。

「ここが、あんたの世界?」

 蓮は隣に並ぶ青年に訊ねた。

「ああ、アストロと言う」

「へえ、私のいた世界は地球っていうんだ・・・」

「―そうか」

 何だかしんみりな雰囲気になってしまった。蓮は気を取り直して、青年に話しかける。

「そういえば、まだお互い名前、知らないよね?私は蓮。鬼瓦蓮。あんたは?」

「俺はアルフレッド・オーウェン」

 蓮はアルフレッドに向かって、手を突き出した。

「遅くなったけど、助けてくれてありがとう。それと、これから宜しく」

 アルフレッドは何故か吹き出し、蓮の手を取った。

「ああ、宜しく。レン」

 蓮は握手を終え、二、三歩歩くと、泣きたくなるほど綺麗な空を見上げた。


 ―父さん、ごめんね。父さんに教わった武術、復讐のために使います。私は不出来な娘です。こんな私を、父さんはきっと許さないでしょう。でも、私は復讐をやめない。やめてしまったら、私の生きる理由がなくなってしまうから・・・。

 蓮の頬を一筋の雫が伝う。

「私は、無力だ」

 それだけ言うと、蓮は涙を拭って鬼切を握り締めた。

 ―強くなる。そして、どんなに辛くても目的を果たすまでは、生き残る。


 草原に吹く風が、蓮の漆黒の髪を優しく揺らした。




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