私は、無力だ。(1)
大地が荒れ、大気が震え、逃げ惑う生き物の叫びが轟く。
怒り、悲しみ、憎しみ、散っていった命とそれを愛していた者の感情が渦巻くここは、かつての戦場。
そして、再びこの地で命を奪い合う日は・・・そう遠くない。
―また、やってしまった。
漆黒の髪を頭の頂辺で結い、片手に竹刀を握るジャージ姿の少女が深く溜息を吐いた。彼女の名は鬼瓦蓮。
言っておくが、断じて男ではない。れっきとした女だ。・・・ただ、少々男勝りなだけ。
今、彼女は悔いている。自分の女子度の低さを。この17年の人生で何度同じことを悔いたか分からない。
蓮はちらりと体育館の倉庫の入口を見る。そこには三人の男が気を失って倒れていた。その男共を踏んづけ、倉庫の中へ入ると、いたいけな少女が瞳を潤ませ座り込んでいた。
「もう大丈夫」
そう言って、蓮は彼女に手を差し伸べた。
この状況、もうおわかり頂けただろう。そう、女子生徒が男子生徒達に襲われかけていたところを私が救ったのだ。
普通、ここは彼女を愛するイケメンヒーローが助けに来る。というのがよく漫画に出てくるシーンなのだが、あいにく私は女なのでヒーローにはなれない。いや、なりたくないし。
そもそも、私がこんなふうになってしまったのは全て家のせい。鬼瓦家は大昔から続く武士の家系。争いのなくなった現代では武術を教える道場として存在している。
小さい頃からそんな環境の中育ったせいで、まあー勇ましい女の子に育ちましたよ。父も娘だからといって甘やかしてはくれなかった。それどころか、むしろ兄より厳しく育てられた。女は力が劣るからと、ありとあらゆる技を叩き込まれ、おかげで女子高生とは程遠いものに仕上がりましたよ。
助けた女子生徒をクラスまで送り、自分のクラスへ戻ってきた蓮に女子が小走りで近づいて来る。
「蓮ー!!今日帰りカラオケ行かない?」
笑顔で話しかけてくる彼女は友人の佐藤香織。彼女はこんな付き合いも悪く、女子の欠片もない私と親しくしてくれる数少ない人物だ。
「ごめん。今日は道場の生徒に稽古つけないといけないから」
香織はぷうーっと可愛く頬を膨らませる。
「もうっ!蓮こないだも同じこと言って断った」
「・・・ごめん」
事実故、謝るしかない。
シュンとしている蓮をちらりと見て、香織は何か企むような表情をする。
「じゃあ、今日は蓮の家行って遊ぶっ」
彼女の言葉に、蓮はぎょっとした。
「えっ!?いや、私の家に来たって面白いことなんてないよ?むしろうんざりすると思うけど・・・ムサイし、汗臭いし・・・」
「いいのっ!だって、前から行きたいって言ってるのに蓮ったらすぐ話外らすんだもん。今度こそ行くんだからっ」
良い言い訳を何も思いつかなかった蓮は、溜息をついた。
「・・・分かった」
「やったっ!」
香織は小さくガッツポーズをする。正直、これ以上男臭いところを彼女に見られたくないのだが、彼女がどうしてもと言うなら、仕方ない。
それにしても、何でガッツポーズをしても彼女はこんなにも可愛く見えるのだろうか。私は彼女が羨ましい。小柄で、いつも花が咲いているような柔らかい笑顔。それに対して私ときたら、167センチと決して小柄ではないし、雰囲気も可愛らしくない。美形とはよく言われるが、私は可愛いと言ってもらいたいっ!
まあ、言っても始まらない。私に勝てる男が少ない時点で私は女子と見られないのだから。というか、世の中の男が弱すぎるんだっ!もっと鍛えろっ。
頭の中で勝手に男共へ意見を押しつけていると、いつの間にか自分の家の前に着いていた。
「ただいまー」
そう言って古風な門を開けると、道場の生徒4~5人がビシッと一礼をする姿が視界に広がる。
「お帰りなさいっ!蓮さんっ」
「ああ、いいよ。練習続けて」
片手を軽く上げて玄関へ向かう蓮にもう一度頭を下げ、生徒たちは練習に戻って行った。
「ひゃあ~・・・すごいね。本当に蓮の家道場なんだ。ドラマみたい」
「ドラマみたいって・・・」
香織は極道と間違えて想像していないか?
そんな疑問を抱きつつ、ガラガラと玄関の扉を開けた。
「ただい―・・・!!?」
蓮は急に首筋に激しい痛みを感じ、その場にうずくまってしまった。
「えっ?蓮、どうしたのっ」
驚いた香織が蓮の隣に座り込み、手を彼女の背に添えた。
「いや、何でもないよ。大丈夫」
「本当に大丈夫?」
心配そうに香織は蓮の顔を覗き込む。そんな彼女に、蓮は微笑んだ。
「うん、大丈夫。心配かけてごめんね?さ、私の部屋に行こう」
蓮は香織を自分の部屋へ案内する。部屋で少しおしゃべりをし、蓮の稽古を見学した香織は少し薄暗くなった頃に帰宅した。私は稽古の時のままの袴姿で彼女を家まで送り、既に暗くなってしまった住宅街を一人歩く。
さっきの首の痛み・・・一体何だったんだろう?一瞬だったけど、今まで感じたことのない激しい痛み。あれ程じゃないけど、今もズキズキと鈍く痛む。
その時、彼女の首筋には痣が浮かんでいた。それはまるで、蓮の花のような美しい痣。
彼女はそれに気付かず、首をさすりながら家路を急いだ。
この時、彼女は知る由もなかった。これから起こる、悲しき惨劇を・・・・・・。