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銀の輪  作者: 翠歌
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第二十一話

別れ−後編―

朝。今日は土曜日だからいつもより遅く起きた。


なんだろう。胸の辺りがザワザワする。体調が悪いのかな?昨日お風呂入ってから寝るの遅かったしなぁ

ベッドから出て伸びをすると、携帯の着メロがけたたましく鳴る。



あれ?アラームしてないのに



不思議に思って携帯を手にとって見るとメールだった

ディスプレイには『優也』の文字


『おはよう。起きてる?』


早速送った


『さっき起きたとこだよ』

『今から誕生日プレゼント買いに行ってくる』

『やったー♪』

『楽しみにしてろ』

『了解!!』


メールが途絶えて朝ごはんを食べに食卓へ向かった。

やっぱりなんか変だ。体調悪いのかな


「あ。おはよう」

「おはよー」

「どうした?」


兄ちゃんは私の浮かない顔色を察したのか心配そうに私を見ておでこに手を当てた


「しんどいのか?」

「分かんない」

「具合悪いとかないの?」

「ううん。そんなんじゃない」

「じゃあ、何?」


「なんか、変な感じがする」


心臓辺りを摩りながら下を向く


「ザワザワしてる」

「ザワザワ?」

「いつもと違う感じ」


兄ちゃんは少し困ったような顔をしてから


「う〜ん・・・とりあえず安静にしとけ。無理したら余計悪くなるかもしれないからさ」

「分かった」

「俺もよくなるんだよな」

「本当?」

「うん。で、なった後は必ず身内に不幸がある。この前亮が風邪引く前にも何かそんな感じになったんだよね」

「・・・そうなんだ」


まだ胸がザワザワしてる。

何かあるのかな。ちょっと不吉だ。




不安な思いもしばらくすると消えてすっかり忘れきっていた。



優也もう帰ってきてるかな?

何買ってきてくれたんだろう。なんでもいいんだけどさ。


メールしてみようかな。



携帯を開いてメール作成の画面にしたとき、家の電話が鳴った。

一瞬びっくりして肩が上がった

家族は誰もでようとしない。


仕方無しに立ち上がりコタツから出た寒さに凍えながら

電話を取った。




「はいもしもし。滝村で・・・」

「あ!!奈緒ちゃん!?」


早口でよく聞こえなかったけど優也のママだってことは何とか分かった


「はい。そうですけど」

「今すぐ、M病院に来てちょうだい!!」

「え?」

「早く・・・優也が・・・」


優也のママの声と混じって、女の人の声が聞こえた「容態が急変」小さくだったけど焦ってた。



ジャージの上にジャンバーを羽織って、サンダル引っ掛けてすぐに家から出ようとすると

私のただならぬ様子に気が付いたのか兄ちゃんが玄関で私の腕を掴んだ。


「奈緒!?さっきの電話誰から?」

「分かんない・・・優也が・・・分かんないよ!!」

「落ち着け。奈緒。兄ちゃんも一緒に行くから。」



混乱してて頭が回らないのに何でか自然と涙が溢れてくる。

兄ちゃんもジャンバーを羽織って靴をはいて出てきた。



玄関から出た後、私と兄ちゃんは走り出した。

途中、タクシーを拾って乗り込む。


「すいません。M病院まで、早くお願いします!!」


兄ちゃんは案外冷静だった。

涙が拭っても拭っても止まらない。

ジャンバーの袖を目に当てたまま、兄ちゃんに身を委ねた。

ずっと、背中をさすっていてくれる。

だけど、全然安心しない。心臓が痛い。早く、優也に会いたい。


いつの間にか、M病院について、足の上手く回らない私を兄ちゃんが引っ張って

走って中に入った。


中に入ると、すぐに優也のママが居た。


「奈緒ちゃん、幸一くん・・・事情はあとで説明するから、ついてきて」


優也のママはさっきまで泣いていたのか目がウサギのように真っ赤だった。

私も同じような顔をしてると思う。

連れてこられたのは集中治療室の前らしい暗い場所。


「慶太・・・」

「奈緒ちゃん、幸一・・・」


慶太さんは暗い顔で私たちを迎えた。

章一くんも、優也のパパも同じような顔をしている。


「家に帰ってくる途中、車に・・・」


家に帰ってくる途中・・・?

そういえば、優也はあたしの誕生日プレゼントを今日買いに行った・・・・・


頭が真っ白になった。



優也のママに座ってと促され章一君の隣に座った。

じっとして、全然動かない章一くん。


きっと、我慢してるんだ。

優也が死ぬわけない。優也は絶対に死なない。

そう信じて祈ることしか出来ない自分にイライラする。



だって、まだ夢叶えてないんだよ?

短大に行って保育士さんになるんでしょ。


目の前が、真っ暗になる。頭が痛い。ぐるぐる回る思考回路。





何分経っただろう。手術中の赤いランプが消えた。

ドアが開く。


お医者さんが出てきた。


お医者さんに噛み付かんばかりに優也のママとパパがすがり付く。



「優也は・・・どうなんですか!?」


暗い表情をして、下を向いているお医者さん。ドラマでは決まって・・・



「精一杯の治療はしたのですが・・・。何時間と、もう持たないでしょう・・・・」



担架の上でよくテレビに出てくる鼻と口に当てる透明のマスクみたいなのをして

目を瞑っている優也がカラカラと看護婦さんに機材と一緒に押されてきた。


呼吸はまだしていてそのマスクが白くくもったりしている。


私たちは黙ったまま、担架の後を付いていった

連れてこられたのは病室で個室だった。優也は苦しそうに息を続けている

優也のママがそっと近づいて顔を撫でた。


「優也。手術、よく頑張ったね」


その言葉に涙がまた溢れる。

もう、皆の心の中では、覚悟が決まっているのかもしれない。


優也と繋がっている機械がピッピッと心臓の音を響かせている。

優也はまだ生きている。だけど、もう優也の生命の灯火も消えかかりつつあるんだ。


優也のママが一通り頬を撫でてやった後、家族皆一人一人優也と最後の話をしていた。

優也のパパ、慶太さん、章一くん、その後に、兄ちゃんが優也に話しかけて

ついに、私の番が回ってきた。

優也のママは優しくて、私に


「無理しないで」


と肩をさすってくれた。



ゆっくり優也に近づいて、顔を覗き込んだ。



目が薄っすら開いている。意識はあるのかな?意識があるなら色んな思い出話できるのになぁ。

けどそんな時間、もう優也には残されていない。


呼吸は荒いまま。だけど、私だと分かっているみたいだった。

気のせいかもしれないけど、優也が「ナショ」って呟いたように聞こえたから。

涙が溢れた。手をぎゅっと両手で握って話しかけてみる。



「ゆ・・・・優也」



ぴくんと、反応したように握った指先が動いた。


「分かる?あたしだよ。ナショだよ」

また少し、指が動いた、けど、さっきより微かで分かりにくかった。

涙が止まらなくて、自分でもなんて喋っているのかよく分からない。

なんて言って良いのかも全く分からない。


色んな想いが溢れる。どうしようもなくなって、ただ黙って優也の手をぎゅっと握ることしかできない。

頭が痛い。目が熱くて重い。どうしたらいいんだろう。


そんな時間、優也は必死で生きようとしていて

その姿を見るとまた喋れなくなってしまう。こんな歯車が嫌で、一言口にしようとするたびに涙が溢れた。



「し・・・死なないで。生きて。ずっと、あたしの傍にいてよ」



精一杯の言葉だった。今思ったら、ものすごく自己中でわがままな願い

だけどそれ以上喋ることなんてできなくて。辛い。


あぁ。出来ることなら私の無駄な命を優也に分けたい。


さっきまで順調に鳴り響いていた心拍数が急に激しくけたたましく鳴り出した。

それに驚いて優也の顔を見ると、少しだけ開いていた目が閉じられ呼吸は荒さを増していた。


急いで横から入ってくるお医者さん。

押されて、倒れそうになるのを看護婦さんが支えて私を椅子へと移動させてくれた。


生きた心地がしないよ・・・・優也・・・・戻ってきて



皆忙しく動いている。それが私にはスローモーションをかけているように見えた。


何分足っただろう。

ピーっと長い音が聞こえた。

お医者さんの手が止まった。横では看護士さんが諦めずに心臓をマッサージしている。

まだ若い看護士さんだ。真冬だというのに汗をかいてお医者さんが止めているのにまだ心臓マッサージを

続けている。無我夢中になって・・・

お医者さんに強く呼び掛けられとめられるまでずっと優也に呼びかけを続けていた。


残念そうな顔のお医者さん。耳に付けていた聴診器を外し

こちらを向いて一言ぼそりと呟いた。


長い沈黙のように感じられた。


力なく下にへたり込んだ優也のママ。それを受け止める優也のパパ。

下を向いて、泣いている慶太さん。信じられないという顔をしている章一くん。

兄ちゃんも斜め上に顔を上げて泣いていた。


『オナクナリニナラレマシタ』


何度も何度も私の中でリピートする言葉。

上手く息が出来ない。




地球の終わりが来たんじゃなかろうか





ゆっくりカラカラと担架が霊安室という個室に移された。

皆、シンとして、誰一人喋り出そうとしない。


「・・・顔・・・見ていいですか?」


静まり返った部屋に私の声がこだました。優也のママは、うんと頷いた。

布の端っこから、優也の赤茶けた髪の毛が見える。


気合を入れて、そっと布を剥がした

優也の顔はあまりにも穏やかで、本当に死んでいるのかと疑うほどだった。

ずっと、死人の顔ってもっと凄いものだと思っていたから

力が抜けて下にへたり込んでしまった。



私を立ち上げようと兄ちゃんが手を伸ばしたけど、私はその手を拒否して自分で立ち上がり

もう一度優也の顔を見た。


少し頬のかすり傷があるくらいで目立った傷跡はない。



そういえば、こんな顔でよく授業中に寝てたな。

ふと、昔の思い出が頭を過ぎる。



「ねぇ、優也。早く起きてよ。皆、心配してるよ?」

「・・・奈緒」


黙ったままの優也に話しかけた。涙が止まらない。


「保育士さんになるんでしょ?まだ夢叶えてないじゃんか」

「・・・もうやめろ奈緒」

「起きろよ・・・優也。起きろって!!本気で怒るよ!」

「奈緒!!」


兄ちゃんに止められて、また下にへたり込んでしまった。

そんなあたしを兄ちゃんは起き上がらせて外へ出る。


「やだ。優也と離れたくない・・・・」

「大丈夫。まだ、運ばないから」


慶太さんの言葉が胸に深く突き刺さった。本当に、優也は死んでしまったと改めて気付かされた


兄ちゃんに連れられて、私はベンチに座りこんだ。

涙が後から後から溢れ出てくる。頭がガンガンする。



「奈緒。お前も辛いと思うけど、優也の家族はもっともっと辛いんだぞ!

お前がそんなに未練を感じてたら、優也も逝くとこいけないだろ」

「だって、優也・・・」


混乱して、自分が何を言ってるのか分からない。



私も優也と一緒に死んでしまいたい



心から強くそう思った。






また霊安室に戻り、優也の傍に行った。

顔をもう一度覗くと、穏やかに眠っているようだった。


ねぇもう一度笑ってよ。くだらないことを言って皆を笑わせて。

こんなんじゃ終われないよ。

私これからどうやって生きていけばいい?


誰か夢なら早く叩き起こして。



まだ優也が起きてきそうだった。月曜日の朝になったらまた元気な顔で一緒に学校で

大声で笑うんじゃないかと本気で思う。


初めて気が付いた。自分がこんなに優也の笑顔を愛しく思うなんて。



ごめんね。私、まだ受け入れられてないよ。

このままじゃ本当に狂ってしまうかもしれない。



優也に被さる様に布団の上から体を合わせた。

だんだんと冷たくなっていく優也が悲しかった。










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