1−3 密やかな危機
ヒロインの変態っぷりに拍車が掛かってきました。
この世界で、外の荒野にて数日間活動する行為の下準備は、古き良きRPGのボス戦準備に非常に良く似ている。
まあ、オレの場合本来ならば元々組んでいるパーティが居ないので、メンバー探しが一連の手順に入っては来るが、ゲームで言う回復ポーションの準備や装備の買い直し、点検などはほぼ全くと言っていい程そのままだ。金がやたらと掛かる所までそのままなので、なるべく赤字を減らしたいオレとしては少々きついのだが。
あの後、正式にパートナー契約をロジェと交わしてから、出立は明日の夕方と決めて別行動を取った。その後にオレがした事は、最大限のコスト削減。減らせる物を減らすにこした事は無い。
とりあえず、数日分の食事のコストくらいは最大級削りたいと、弁当を手早く事前に作って、時間凍結パックに押し込む。食べ物の劣化を極限まで防ぐこのパックが開発されたのは、時代が地球から移民船時代へと移り変わる最中のことで、そう思うと結構な年代物とも言える。今では、遠出には欠かせないアイテムだ。
それを革の丈夫な鞄に押し込んでから、この辺りで、コストパフォーマンスが最も高い装備屋−−−−行きつけの店、《フェニクス》で、ロングコートを、腰より丈の短い黒のレザーコートに買い替えた。ショートガンが足の部分に装備出来る、ベルト付きの黒いタイトなズボンを買ったら、長い黒髪を纏め上げるヘアバンドを一つおまけされた。
「サンキュ、…良いのか?おばさん」
「そういう時はお姉さんって言うんだよ、アズマお嬢ちゃん!」
「何時もの事だけど、お嬢ちゃん呼びは勘弁だって…」
そんなやり取りを交えつつ簡単に準備を整え、エリアG区の女神殿がいらっしゃる街の南口へと急いだ時には、既に時間は午後四時を回っていた。
薄紫の夕焼けの中、半球ドームを出て、夕日に目を細める。
その先に、スマートな形の小型飛行機が慎ましく着陸していた。銀色のボディが光を弾いて何処か艶めかしく光り、不思議な魅力を醸している。
機体の横に、ロジェが立っていた。
淡い灰色の飛行服に身を包んでいても尚、愛機の点検をしようとしゃがんだり背伸びをしたりする仕草一つ一つがセルフで輝きを放つくらいの、ほれぼれする美少女っぷりだ。
深く澄んだ利発そうな瞳が、すっとこちらを向いて細められる。
唇に、芸術品のように完成された微笑みが浮かんだ。
「ああ、アズマ。準備はできたみたいね。そのショートコート、良く似合ってるわよ。華奢な腰が強調されてて、なで回したい感じ。黒髪を一つに束ねて項が出ているのも良いわ、清楚な色気があって。女の子だったら本当に放っておかないのに。隅々まで愛したいわ、色々な意味で。」
「………」
綺麗な声だった。
本当に残念な美少女だ。
「…真顔で変態発言は止めてくれ…」
「素直に褒めたの。素直に受け取りなさい。この私が褒めたんだから。」
「……はいはい…」
どうやら、形容の神エイドスに愛された美しき女神は、魂の神ヒュレーには愛されなかったようだった。
そんな事を思っているうちに、点検を終えたのかたん、と足で地を蹴って、ロジェが運転席に乗り込む。
銀に煌めく、席が前後に二つくっついた小型飛行機。全面後面共に、航空士が乗り込むと同時に、特殊な防弾硝子の半球カバーが、二つの座席をまとめて覆うように閉じる仕組みになっている。シルバーと、クリアな硝子で生成された、現代科学最高水準の小型機。それが、ロジェ=グレイスの愛機だ。どうやら何処かからの伝手で手に入れたらしいが、それが何処の誰なのか等をオレは知らないし、野暮だからこそ聞く気もなかった。
くいっと、指先でこちらへ乗れと合図してくるロジェに一つ頷き、オレは運転席の後ろへと乗り込んだ。
少し狭い座席に何とか入り込み、硝子のカバーがカッチリと閉じるのを確認する。
「…直ぐに出発出来るわ。今回の依頼、人命救助の類いなんでしょ。なるべく急ぎましょう。ハールーンからあれから何か聞いた?」
航空用のつなぎを黒いコートの上から羽織りつつ、オレは答えた。
「聞いちゃいないけど、あっちから電話が来た。…良いパートナーを見つけたようだね、って事と、あと、ミッションのターゲットはまだ無事だってさ。どうやらハールーンの手下が見張ってはいるらしい。」
「ふぅん?相変わらず何もかもお見通しで気味悪いわね、彼。あと、見張りだけしかしないのが、計算高いというかなんていうか」
「仕方ないさ。《機械獣》と戦うのは、多少経験があっても大変なんだ。オレたちだって、慣れはあるけど恐怖が消えるわけじゃないし、死亡確率だって零には出来ない。《機械獣》と、拳銃持っただけの素人を戦わせる方が間違ってる」
銀髪を風に流して、小柄なパイロットは含み笑いした。
「彼の手下、どう考えても素人とは言えないわよ」
「素人さ。少なくとも、《機械獣》に関しては。人間相手とは訳が違うんだから。」
「あなたのご高説は拝聴したわ。それに見合うだけの実力があるかどうかが見物。」
「…そちらの期待に応えられるように努力するよ」
「頑張って。適当に応援してるから。」
冷めた答えに溜息を吐く。
がちゃりとギアチェンジをして、ブースターを温めながら飛行前のアップをしているロジェの、後ろ姿を眺める。波打つ白銀の髪と、白い項。それを無遠慮に鑑賞しつつ、呟いた。
「…熱心に応援してくれねえわけ?」
「貴方が露出の高い服を…、いっそのこと、古き良き時代の御用達、メイド服でも着て、下着と呼ばれる純白の穢れなき布をチラ見せしつつ戦闘してくれたら、熱心に応援するわ」
オレはコメントを放棄した。
それから、とりあえず黙って離陸の瞬間を待つ。荷物を漁り、時間凍結パックを開いて夕飯が二人分あるかどうか確認していると、目聡く振り返ったロジェに中身をチェックされた。
「…中身、お弁当?」
「…そうだけど。」
「楽しみね。貴方、料理上手だもの。本当に男じゃなかったらお嫁さんにするのに。」
普通逆だと思うのだが。
という言葉は飲み込んで、適当に相槌を打って笑う。
其処で、さりげなくも明確に、離陸の時がやってきた。
今までずっと温められていたブースターが、ブォンと火を噴く。
蒼い炎が静かに噴射され、砂煙を円形に散らしてゆっくりと銀の機体が薄紫の黄昏へ浮かび上がった。
一拍溜めて、…一気に銀色の小型飛行機は空に線を描き、ミュラグネの上空から消失した。
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「…行ったようです。」
同時刻。それを、ミュラグネ中枢部、高層ビルが建ち並ぶ一角で、一人の男が見上げていた。
褐色の肌に、緩やかな銀の髪。その見た目の優雅さと、実際の物騒さの違いで有名な、闇世界に繋がる情報屋。
手には小型の通信機械を持ち、唇が優雅な笑みを描いている。
「……ええ。《彼女》の回収の手筈は整えました。彼らなら上手くやってくれ…、…何ですって?」
僅かに目を見開いて、彼は呟いた。
「……あの《巣》に、機械獣は不在だったでしょう?…今になって、親が戻った、と…?……」
空を、見上げる。ただ薄曇りの、夕焼け空。
彼は目を伏せて、数言形式的に言葉を口にしてから、通信機の通話を切った。
「…どうやら、金貨五十枚では足りないミッションになりそうだね。帰って来たら、色を付けてあげよう」
ふわり、と白いコートを翻し、ビルの合間を歩いて行く。
何処か不穏な風が、青年の髪を散らして吹き抜けて行った。
「…まあ、それも彼らが帰って来られたらの話、か。」
…うっかりミスを修正。失礼しました。




