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ヒーローの存在

作者: 吉凶

 ヒーローなんているわけない、そう思い始めたのは同年代の子供と比べてもかなり早い時期だったように思う。

 そりゃそうだ。家では両親からストレスのはけ口に殴られ蹴られ、外ではそのとばっちりを恐れてか誰一人として俺と関わりを持とうとする奴はいなかった。

 幼稚園じゃ露骨に避けられるだけだったが、小学校ともなるとそれはそのままいじめへとランクアップだ。

 もっとも、周りの連中はバカばっかりで、ちょっと小突く程度で喜んで、満足してるんだから普段殴られ慣れてる俺としてはどうってことはなかった。

 中学校にもなると、体つきがもう大人と変わらないような奴も出てきて少し参った。なんせ親が俺を殴る時は、やり過ぎない程度に加減してたからなんとかなったが、カスがカス足る所以か、大人と遜色ない身体でもって本気で殴ってくるんだから始末に負えない。あそこで死んでたらどうするつもりだったのかね、アイツら。ただ俺も若かった、リバースする時偶然装ってグループの一人に引っ掛けたら俄然ヒートアップ。三時間も“落ちてた”のはあれが最初で最後であってほしい。

 ……まあ、てなわけで、ヒーローだの正義の味方だのがいないってことだけは分かり切ってた。この世に救いなどないと。まあ風の噂によると俺に対してやんちゃしてた連中の大半がひきこもってるそうですがね。何か怖い目にあったそうですよ。何があったんでしょうねえ本当に。

 かくして、生死に若干関わることもあった気がするが、概ね五体満足で今日も俺は生きているのでした。ああ、生きているって素晴らしい。ここまで来ると、もう死んでなけりゃいいねって境地だね。下を見りゃ俺よりひどいのはいくらでもあるしな。うん、プラス思考万歳。

 ……とはいえ、痛みを快感に変換するマゾヒズム的な趣向は一切持ち合わせていないわけで、



「おう兄ちゃん、ちょーっと金貸してくんない?」

 こんな感じで、カツアゲされてるよやったね、な風には到底思えない。さすがにそこまで壊れてる自覚はない。

 しかしまた、向こうも学生らしいが俺みたいな貧乏学生にたかることもなかろうに。もっと身なりの良いのいるからソッチ狙ってほしいね。

「生憎貸金業は営んでないんだ。むしろ俺が貸して欲し――――――」

 本心を口に出した瞬間、足に激痛。後ろから膝を蹴りぬかれたらしい。

 人体の構造的に抗いようもなく、身体は地面にたたきつけられた。

「いいから貸せっつってんだろ、カスが」

 仰向けの視界に映る二人目の顔。

 人気のない路地裏で倒れこみ、前後を挟まれてるこの状況じゃ逃げようがない。随分と慣れてるみたいね、このお二人さん。

 さて、どうする。普段なら財布の中の紙はレシートとクーポン券程度しか入ってないが今日に限って生活費を下ろしたばかりだ。

 ……ええい、死ぬほど惜しいがダミーを差し出すか。身体痛めたらこの後のバイトにさし控える。さらば二千円、俺の一週間分の食費よ。

 これ以上の被害が出ないように、怯えきった様子を演じながら、財布を差し出す。

 さあ満足しろ、すぐに立ち去れ。そして覚えてろ。

「……ちっ、しけてんなあ」

「見た目からして金なさそうだったし、仕方ねえだろ」

 わかってたならなぜ狙った。

「けっ!……あー、なんでテメエは金持ってねえんだよっ!」

 俺の前方、最初に話しかけてきた方がボディに蹴りを入れてきた。事前に腹に力を入れてはいたが、それで胸の奥からすっぱい何かが昇ってきた。

 ……げ、こいつら性質悪いタイプか。

 憂さ晴らしかなんか知らんが、少なくとも目の前のコイツは俺をボコにする気満々だ。

 幸い今日は吐くだけのモノを胃に収めてないが、消毒液が確かもう買いだめしといたのがなくなってた。二千円を失いこの上あらたな出費は避けたいんだが。後、殴られて悦ぶ趣味はない。

 だが事ここに至っては仕方ない。最低限頭をかばって丸くなる。さながら甲羅に籠った亀のごとく。いいよね甲羅、生まれ変わったら亀になりたい。ヤドカリやカタツムリでもいいや。

 心の壁が実体化してくれないかなー、と割と切実に願いつつも二発目が来るのを覚悟していると、

「待てぇい!!」

 と芝居がかった声が路地裏に響いた。中年のオッサンが格好つけてるかのような声だった。

「力でもって弱者をいたぶるその悪行!法の目はごまかせても私の目はごまかせんぞ!!」

 声の方向へ目を向けると、中々に引き締まった全身タイツ。

「我が名はジャスティスマン!正義の断罪者也!!」

 ポーズを決めて叫ぶ姿はまさに変態。

 なんでヒーローって名乗りを上げてる間にやられないのか、という幼いころからの疑問が一つ消えた。そりゃこんな意味不明なもの見せられたら反応に困るわ。できれば一生知りたくなかったが。

 そこで、いち早く不良学生の一人が我を取り戻した。たいした順応性である、野生に近いからだろうか。

「……はあ?お前誰よ?つーかその格好、バッカじゃねーの。ヒーロー気取りかよ」

 バカにバカ呼ばわりされるマスクマン。だが大概俺も同意見だ。

「気取り、ではない。私はヒーロー、ジャスティスマンだ!そんなことより、早くそこの少年に財布を返し、改心するんだ。さもないと……」

 ヒーロー|(仮)が話す間にもう一人も復活。じりじりと近づいているが話す表情は変わらない。マスクで見えないけど。

 だいたい、諭したところで改心するんじゃこんなことをやるものか。二匹目のカモになるだけよ?

「ああ、いいぜ」

うそん。

と投げ渡される財布|(空)。

「そのかわり、オッサンちょっと金くれよ」

 ですよねー。オッサン逃げてー。俺もさっさと逃げるからお気になさらず。

 それでも動じずヒーローのオッサンは、

「金、か。申し訳ないがやれるのは――――――」

 とりあえず近い方の不良に右ストレート。ぐしゃり、などと生々しい音とともに不良の身体が飛んできた。

「――――――これだけだ。一応、若いころは黄金の右と呼ばれたこともあったのだがね。できればこれで満足してほしい」

 どうも殴られた奴を見る限り顎の骨が砕けている様子。にも関わらずまったく涼しい顔のオッサン。マスクで見えないが。

 対照的にヒートアップしたのが

「テメェ……調子にのんなよっ!!」

 不良その2である。仲間のあの惨状を見て尚怯まず攻めるその姿勢は評価する。だが……

「哀れな……ジャスティス!ナックル!!」

 必殺技っぽく叫んでいるが何の変哲もないさっきと同じ右ストレート。確かに、ナックルはナックルだが。(ナックル)凶器(ナックル)だが。

 ヒーローショーの悪役のように吹き飛ぶ不良。身体と一緒に紅い飛沫が空を舞う。

 鼻と一緒に戦意も折れたようで、吹き飛ばされたそのまま、四つん這いで慌てて逃げる不良。相方はもうとっくに逃げてます。

「……追わないのか?」

 いつの間にやら隣に立っているオッサンに聞く。

「追い打ちはヒーロー的じゃないだろう」

 ヒーローは素手相手にナックルは使わない――――――と思うが集団リンチよりもマシな気はする。

「それに、君の無事を確かめる方が重要だったのでね」

 一応ヒーローらしい発言である。

「だが、その様子なら大丈夫なようだな。もう会うこともないだろう。気をつけて帰れよ少年!」

 そう言って走り去っていくヒーローのオッサン。その足取りは軽快で、視界から消えるまではそう時間がかからなかった。

 ひどく満足気だったのだが……二千円は結局返して貰っていない。

 ……まあ、被害が少なく済んでよかったと思っておこう。それなりに痛いが。

 はてさて、どうにも俺の足取りは重いものだった。




 金銭を失ったショックはそれなりだったが、考えてみるとよくあることなので一晩寝たらすっかり吹っ切れた。

 ショックの後に頭に浮かんだのは、あのオッサンのことだった。

 ちぐはぐな印象だった。

大人なのに子供みたいなことを本気でやっていて、痛々しいぐらいの言動をしながら容赦なく不良の顎を砕いた。そしてそれに動揺するでもなく俺に気を使って……相当に慣れている様子だった。

……さて、俺が考えても仕様のないことだ。俺の得にはならないし。

害虫駆除をしてくれるようだし、わざわざいらぬ口をはさむことではないよな。



……と、思っていたのが十日前。

「ジャスティス!スパーークッ!!」

 およそ見間違えるはずもなく、そもそも同類がこれ以上いるとは思いたくもない全身タイツが、目の前でスタンガンを奮っていた。

 スタンガンが腹部にクリーンヒットすると、不良はびくんっ、と大きく震えた後、地に沈んだ。明らかに出力がおかしい。

不良の数は三。二人はスタンガンで、もう一人は鉄拳が原因で倒れている。ぴくぴく痙攣はしているようなので、生きてはいるらしい。

 オッサンは、転がっている連中には目もくれず、俺に言った。

「大丈夫か?」

 確かに少々殴られはしたが。その言葉は惨状的にあちらさんに向けられるべきではなかろうか。

「まー、慣れてますんで」

「そのようだな」

 口元を見る限りでは苦笑しているようだ。

「無事なようだし、私は行こう。君も気をつけて帰りたまえ。どうもこの手の輩に好かれやすいようだし、いつコレが目を覚ますかもわからない」

 どうせ好かれるならお金に好かれたいものだ。女?あんな金のかかる生き物御免さね。

「当分目を覚ますとは思えませんけど。そもそも、このまま放っといたら目を覚ますかどうか」

 殴られた方は周りが若干だが血で池のようになり始めているし、スタンガンの方は白目をむいている。人体に詳しくはないが、少なくともこれを元気と評するわけにはいかないだろう。

「病院にでも連絡するかい?止めはしないから安心してするといい」

「いえ、別にこいつらがどうなろうと知ったこっちゃないですが」

 俺に事情を聴きに警察が来たらこのオッサン――――――そういえばこのオッサンなんて名乗ってたっけ?ジェノサイドマン?――――――のことを話せばいいだけだし。

「さすがに、死んだら警察も本気になるんじゃないのか、と」

 越えるまではともかく、一線を越えてかつやる気になった警察は優秀だ。科学捜査をそう易々と欺けるものではないだろう。

「御心配どうもありがとう。だが大丈夫だろう。このくらいなら、人間は死なない。……少々後の人生が生きづらくなるかもしれないがね」

 ……全部承知か。性質悪いなあ、この変態。

「……さて、本当にもう行くよ。警察に話したければ話すといい。逆恨みはしないよ」

 そう言い残して、オッサンは去った。




 三日ほど経ったが、路地裏で人が死んでいた、という噂は今のところ回っていない。ということはアイツラは無事だったらしい。運が良かったね。

「おう兄ちゃん、ちょっと面貸せや」

 まあ俺は概ねいつも通りの日常だが。

「ジャスティスマン、参上!!貴様ら、何をしている!」

 ただ、こっちが日常になってしまうのは複雑だ。

 



 こんなことが何度か続いた時のこと。

「毎度毎度お世話になります」

「……もう、外に出ない方が良いんじゃないか?」

「生活できないんで」

「それはまあそうなんだが……」

「というか、最近助けに来る割合が増えてる気がしますけど」

 前は4,5回に1回ぐらいだったのが2回に1回ぐらいになっている気がする。後でもつけてんのか。

「……大体この時間帯のこの辺りでよく絡まれてるようなのでね、警戒するようにはしている」

「それはそれは。お手数かけます」

 色々手間が少なく済んで大変よろしい。

「囮を使ってるみたいでどうも複雑だがね、こちらとしては」

 罪悪感を感じる方向が違う気もするが。

「活躍の場が増えていいじゃないですか」

「活躍しないで済むならそれに越したことはないよ」

本気で言ってるのか?てっきり英雄症候群(ヒーローシンドローム)だと思ってたんだが。

「……顔に出てるよ。気をつけた方が良い」

 おや、それは失礼。

「一応、本心からの言葉だとは言っておく」

 はあ、奇特なことで。

「……君、気をつける気ないだろう」

「ははははは」

 否定はしない。

「まったく、君がそんなにも絡まれる理由が分かった気がするよ」

「少々生き辛くとも、自分の性分曲げようとは思わないんで。まあ、しょうがないですよ」

 絡まれたらその時どーするか考えればいいだけのことだし。オッサンいなくても今までなんとかなったし。つーか今でもオッサンがいない場合が半分ぐらいあるし。

「タフだね、どうも」

「打たれ強さには定評があるのですよ」

 おかげでリンチ受ける時間が長引いて困る。いかにもやばそうに見せかける演技力でカバーはしているが。

「そっちを言ったんじゃないが……まあ間違ってはいないか。私はもう行こう。また数日したら会うことにはなりそうだが」

「いやあ、そろそろバカも底打ちじゃないですか?だいぶヤってるでしょう、俺の時以外でも」

 相当数駆除したはずでは。俺との遭遇確率に変化はないが。

「こういうのはいくらでも出てくるからね。本来なら元を断つべきなんだが」

 肩をすくめてオッサンは言った。

「まあ、物語みたいに悪の組織があるわけでもないですし」

 目の前にヒーローっぽいのはいるが。

「……まったくだ。いっそいてくれた方が良いかもしれないな」

 遠い目をするオッサン。素顔だったらともかくマスク姿じゃギャグにしかならない。

「分かりやすい悪と、分かりやすい正義。どうにも、現実は上手くいかないものだ」

 そりゃまあ思い切り違法だしなあ。

「悪の組織を倒せば、悪人がいなくなって、平和になって……都合が良過ぎるな。悪意は全部、人から生み出されるんだ。力だけじゃどうしようもない。消えるはずがないんだ、悪意も、悪人も」

 そう言い残して去っていくオッサンの後ろ姿は、いつもより小さく見えた。

 ……平成産によくある、苦悩するヒーローって奴かしら。




「体を鍛えようと思ったことはないのか?」

 いつものように正義執行(フルボッコ)した後のこと。オッサンは俺に訪ねた。

 最近助けられた後に少し世間話をするのが常になってきた。馴染んだなあ、俺。まこと、人間の環境適応能力は侮れない。

「やり返せ、と?」

「そう思ったことはないのかい?」

「常々思ってますよ。ただそういう手段は趣味じゃないんで」

「なんとも、耳が痛い話だな」

 苦笑するオッサン。

「いえ、単に身体の傷は治るよなあ、ってだけですよ?」

 心の傷(トラウマ)ができるまでヤる、っていう選択肢もあるが下手すりゃ捕まるし。割に合わない。

「……私が言うのもなんだが、君も大概危険人物だな」

 ははは、貴方ほどでは。

 ……お、そろそろ時間だな。

「じゃ、今日は俺が先に失礼します。タイムセールが始まるんで」

俺の命を繋ぐ勝負だ。遅れるわけにはいかない。

「マメだな」

「学生の一人暮らしなんで、常に金欠なんですよ」

 中二で母親は男の所に。父親は中三の時に失踪。……まあどっかで生きてるんじゃないだろうか。

 正直な所いなくなってから二割は人生が楽になった。

 金には困ってるし、家は裏が墓場の訳あり物件だが、それでも二つマイナスが0になった。

「なら、邪魔はしてはいけないな。頑張ってきなさい」

 無論。

 オッサンの声を背に、俺はスーパーへと足を向けた……その時、一つ前々から聞きたかったことを思い出した。

「ところで、結構いい年だと思うんですが結婚してるんですか?」

 子供の一人でもいておかしくない年齢だと思うが。

 と、ここでオッサン苦笑。

「よくもまあ真正面から聞けるな。さすがに、家族がいてこんなことはやってはいられないよ」

「……そりゃそうですよね。こんなことしてたら結婚できませんよね」

「待ってくれ、なにか含みがある言い回しじゃないか」

「気のせいでしょう」

「……そういうことにしておこう。それより、タイムセールはいいのか」

 おお、いかん。

 確認もできたし、いざスーパーへ。

 軽く頭を下げて、俺は走り去った。





「ぐっ、くそ……」

 路地裏で、腹を抑えながら呻く。

 今まで幾度と経験した苦痛だ。だが、久しく味わっていなかった苦しみでもある。

 もうこんなことからは解放されると思っていた。だが、人生そう甘くはないらしい。

 ただ殴られるだけならいい。表面的なものなら慣れているし、いくらでもどうにでもなる。だが、これは身体の内部の問題だ。慣れることも、逃れることもできない。できることはただ、耐えることだけだ。



――――――この、飢えの苦しみからは。



「……とりあえず、コンビニのおにぎりでよかったら食べなさい」

 見かねたオッサンが袋を差し出してくれた。貴方が神か。

「俺は今この時ほど貴方に感謝したことはないっ!!」

 いただきます。そして、ごちそうさま。

「……よほど飢えていたんだな」

「元クラスメイトに生活費盗まれたんですよ」

 普段は腹に巻いてるんだが。水泳の時間にやられたんじゃどうしようもねえ。

 おかげで即身仏になるところだった。

「返ってこなかったのか」

「確証はあったんですが手間考えると割に合わない、と判断したもんで」

 元よりどこぞに駆け込むにしても社会的に信用ないしね俺のいる環境。

「まあ、飲酒喫煙窃盗無免許運転etc……がバレて退学になったそうですが」

 匿名の通報があったそうです。誰だろうねえ。

「それで、‘元’クラスメイトか。罰があたったようなのがまだ救いか」

「救いでお腹は膨れんのですよ」

 後財布も。

「……もう一個、いるか?」

「あーいえ、今日はパン屋でパンの耳が貰えるんで。お世話になりました」

 とりあえずあの一個で半日は優にもつ。それだけで十分だ。あんまし人に頼り過ぎるのはよろしくない。

「……ならいいが。一人でどうにもならないようなら連絡しなさい」

 そう言って、オッサンは名刺を出してきた。名前その他連絡先等が書かれている。

「……なあ、脇甘すぎないか、オッサン」

 何のために顔隠してヒーローごっこやってるんだか。

「そうか?ヒーロー的にはアリだと思うんだが。少なくとも、君が悪い人間じゃないと信じるだけの判断材料を、私は持っているつもりだ」

 ああ、このオッサン、バカなんだ。

 俺は思った。前々から分かってはいたが。

「前にも言ったが、すぐ顔に出すのはいずれ改めた方が良いぞ」

「必要になれば」

「やれやれ……まあ、気が向いたらでいい」

 そうね、気が向けば。何年後になるやら。

「……何も言うまい。気をつけて帰りなさい」

 いつものように素早く消えたオッサン。コンビニの袋が置いてあるのは意図的に忘れていったんだろう。

 つくづくお人好しだ。まわりに惨状の跡さえ残っていなければ文句なしだったんだが。……我ながらよくこの環境でおにぎり食えたもんだ。慣れたか。困るな。

 さて、この名刺もどうしたものか。

 折角いただいたものだから有効活用しようとは思うのだが。




「ジャスティス!スパーク・ブレードッ!!」

 スタンバトンを振るうヒーローもどき。いつの間にやらパワーアップを果たしていたらしい。敗北を経験したという話は聞いていないが。

 レンジが伸び、打撃と電撃の同時攻撃。どんな痛みか興味はあるが決して受けたくはない。だって受けた奴白目向いてるし。

 一撃必殺をモットーにしているという言の通り、事態の収束は早い。短期決戦とはいえ、生まれてから四十を数える身でありながら息切れ一つしないのは、裏でとんでもない鍛錬を積んでいるということか。

 ……さて、もう終わったか。今回の被害者は三人。平均値だな。

「毎度ご苦労様です」

 早い、強い、ダサい。三拍子そろった覆面ヒーロー、ジャスティスマン。貴方の町にもおひとついかが?

「君は数発殴られてるようだが、大丈夫か」

「軽く口の中切ってはいますけど、それほど大げさなもんじゃないです」

 どうも喧嘩慣れしてたんじゃないのかね。加減を知ってる気がした。まあ自分達は加減なしでブッ飛ばされたわけですが。

「そうか。ならいいが」

 そう言って背を向けるオッサン。

 足早に去る背中に声をかける。

「一つ、聞いても良いですか」

 オッサンの足が止まった。しかし無言だ。

 俺は続けた。

「いつまで続けるんです?この復讐のカモフラージュは」

 オッサンはまだ口を開かない。

「貰った名刺から、適当に調べさせてもらいました。一応、ね。……まさか、あそこまで簡単に貴方のことがわかるとは思いませんでしたよ」

 あまりにあっさり見つかって肩すかしもいいところだ。

「……」

 だんまりを続ける。そうなるとこちらが一方的に言うしかない。

「……三年前、一人の男子中学生が殺された。遺体には複数の殴打の跡が確認。当時の目撃証言から、複数の男子学生に絡まれていたことがわかった。……それで、捜査の甲斐あって犯人の不良学生グループは逮捕。余罪も見つかり、メンバー全員が少年院送り。事件そのものは終結した」

 めでたしめでたし。

 とここでようやくオッサンは口を開いた。

「……たいしたものだ。あれからそれほど日も経ってないというのに」

 慣れてますんで。

「まあこのぐらいは。で、この際なんで全部言っても良いですか?」

 中途半端な所で止めるのも気持ちが悪い。

 少しの沈黙の後、オッサンは答えた。

「全部、か。そうだな、後で答え合わせもしよう。ただ……もっと落ち着いた場所でしようじゃないか」

 ……あれ、口封じフラグ?




 落ち着いた場所、というのはホテル内のカフェのことだった。

 勿論オッサンは変身を解いてスーツ姿でいる。ただ脱いだだけだが。

 マスクを取ったらなかなか整った顔立ちのオッサン。ナイスミドルと言っても良いのではなかろうか。それだけにあの全身タイツ姿は色々悔やまれる。

 コーヒー飲んでる姿も様になっていて、まさに出来る男って感じだ。

 が、今はそれは問題じゃない。話の続きをだな……

「それで(モグモグ)、その犯人グループですが(モグモグ)、つい最近(ゴクン)」

「……とりあえず、全部食べきってからで構わないよ」

 デラックスパフェ税込2980円。クリームの量と値段的に主婦の不倶戴天、でもちょっぴり気になる一品。ゴチになります。

 さすがはデラックス、完食までに十分を越える時間を費やし、ようやく俺は話の続きを始めた。

「つい最近、犯人グループの主犯格と言える人間が院から出た、という話があります。まあ改心してればよかったんでしょうが……三年間溜まった鬱憤をそこらにぶちまけてたりしていたそうです」

「人間そう簡単に心を入れ替えたりはしないということだね。残念だが」

 なのに一定の期間が経てば社会に出てくる不思議。

「同感です。が、問題なのはここじゃなくてですね。最近、そいつがどうもおとなしい。どうやら大怪我をしたとかなんとか。曰く、『ヒーローみたいな奴に襲われた』と」

「……それで?」

 オッサンと真っ向から見合い、お互いの表情は丸わかりの状態。

「この町に、ヒーローが二人もいるとは聞いたことがないですね」

「そうだな。同業者がいるという話は知らない」

 肩をすくめ、笑っている。だが、痛々しさしか感じられない。

「……アンタは、結婚していない、って前言ってたよな。確かにその時アンタは独身だった。だが、以前は結婚していた。三年前の時点では、中学生の男子と妻の三人家族だった。」

 ここで俺は初めて、オッサンが刺されたような表情になるのを見た。

「三年か……短かったのか、長かったのか」

 遠い目だ。だが、もう話を止めるわけにはいかない。

「アンタは、殺された男子学生の父親だ」

 深く、息を吐いた。俺とオッサンが同時に。

「……父親だった。息子も守れず、挙句、妻まで殺した。……父親なんて名乗れないさ」

「自殺、らしいな」

「ああ。毎日泣き腫らした目で私を見た。何故あの子が死ななければならない、と訴えかけるように。私はそれを、その目を避けた。私も辛いからと、妻を支えようともしなかった。……殺したも同然だ」

 オッサンは憔悴しきっていた。今の姿からあの拳を振るっていた姿は想像できない。

「……もう、吹っ切れたと思っていた。だが、吹っ切れていなくて当然か。私は今まで、まともに事実と向き合おうとすらしていなかった……」

 せき止められていた水が流れるように、感情が表れる。今この場にヒーローはいない。

 BGMはただの音の羅列に、周囲の談笑はただの雑音に感じられ、俺の耳はオッサンの言葉だけを拾っていた。

 無音の時が続いた後、俺は口を開いた。

「最初から主犯格を狙うためのヒーローごっこだったわけだな。そいつだけを狙えば自分が疑われるが、連続して似た事例があれば疑いの目はまた別の方向に行く。数多くの中の一例に紛れさせてしまおう、と」

 罪を暴き、数える。人が人を裁く。

「所詮はそこらのチンピラ、不良。死んだわけでもないなら最初から本気で捜査もしないだろう。一人だけどうにかなっても、本腰は入れるようになるだろうが、まさか最初からそいつだけが目的だ、とは思わないだろう」

「……そうだ。最初はそのつもりだった」

「だが……殺さなかったな」

 断罪し、処刑する。

「殺せなかったんだ。私は、臆病だったんだ」

「本当にそうか?」

「え?」

 まあなんというか……

「ヒーローだったから、殺せなかったんじゃないのか?」

 面倒くさいこと極まりない。

「私が、ヒーロー?そんなばかなことが」

「殴りつけるのに理由が欲しかったんだろ?大義名分が欲しかった。だからヒーローの仮面をかぶり、正義を行っていると自分に言い聞かせた」

「だから所詮まがいものだ。正義の味方(ヒーロー)?そんなものじゃない、復讐者(アヴェンジャー)だよ、私は」

「最初はそうだったかもな。でも、途中で本気で悩んだんじゃないのか?自分の息子のような人間をこれ以上出してはいけないって。……さっき、復讐のカモフラージュって言ったな。あれは間違いだ。お前は本気で人を助けようとしていた。どうすればいいか、悩んでいた」

「……無茶苦茶だ。私が続けていたのはただ、自分に言い聞かせていた正義に酔っていただけだ」

「本気で酔ってるなら悩まねえよ。酔っ払いがまともに道を探そうとするかっての。この道が正しい、って思いこんでふらふら進んでくだけだ。酔ってないから、正しい道を探すんだろうが」

「私のしてきたことが正しいと!?ただの連続通り魔だ!」

「法律的にはな」

「は!?」

 拍子抜けした顔。なんだ、マスクなしでも間抜けな顔もできるんじゃないか。

「法律的にはまあ言い逃れできないがな。人助けにはなってただろ。現に俺はかなり助かってたし。人に迷惑かけてる時点で返り討ちに遭うのは仕方ないだろ。それがかけられた本人からか通りすがりからかって違いだけだ。基本狙ってたのも現行犯だけだったみたいだし、殺してもいない。お行儀良過ぎるくらいだと俺は思うぜ?」

「いや、それは……」

 話を遮り、もう一言。

「大体、あんな止めてオーラ出しといて、んな自虐されてもね。逆に気持ち悪いわ。自分でやれと、人に頼るなと」

 警察に通報しても良い、だとか。この名刺も私のしたことに気付いてくれーってことだろうし。

 完全に唖然とした表情のオッサン。

 それでもなんとか言葉を絞り出して、

「……結局、君は何が言いたかったんだ?」

 と一言。

 俺も一言で答える。

「自分の引き際は自分で決めろ!」

 オッサンは一瞬ポカン、とした後、大声で笑い出した。

 周りから一斉に視線が飛んでくる。俺は気にしなかったがオッサンは気にしたようで、すぐに笑いは止まった。

「……なんとも、親切だな君は」

 そんな風に言われるのは初めてだ。

「さて、なんのことやら」

「わざわざそんなことを言う必要もないだろうってだけだよ」

 さっきまで辛気臭い顔をしていたのが嘘のように、にやついている。いやらしい。

「君のおかげで、ようやく事実と向き合うことができそうだ。感謝するよ」

 さようで。まあご勝手に。

「ヒーローごっこももう止めにしておく。できるだけ周りに迷惑をかけない形で、自首しようとも思っている」

「……別に、そこまでしなくても良いんじゃないのか?」

「けじめはつけないといけない。まして、若者の前だ。年長者としての役目だよ」

 くそ真面目なことを随分と晴れやかな顔で言う。

 それから無言の時が続いた後、どちらからともなく立ち上がり、カフェを出た。

 ホテルから最初の交差点で立ち止っていると、オッサンは言った。

「実のところ、私は少し、君に息子を重ねて見ていた。君にとってはいい迷惑な話だろうが……楽しい数か月だったよ」

「まあ、俺にとっては楽な数ヶ月でしたよ。被害も軽くで済んだ」

 信号が変わったので歩き始める。

「そう言ってもらえると嬉しいな。だが、それも終わりか……」

 歩きながら返答する。

「終わらせるって決めたのはアンタだ」

 俺は知らんよ。

 渡りきり、再び足が止まる。オッサンは最後に言った。

「ああ、その通りだ。……もう会うこともないだろう。気をつけて帰れよ、少年!」

 そう言って走り去っていくヒーローを止めたオッサン。その足取りは何か引きずっているものでもあるかのように重かったが、雑踏に紛れ、視界から消えるのは以外に早かった。

 俺も違う方向へと足を向けたが……はてさて、どうにも俺の足取りもまた、重いものだった。





 性善説と性悪説というものがある。俺は完全に性悪説派だが、性悪説派の人間として、今回は少々迂闊だった。人の言を丸々信用してしまうのは、甘ちゃんにすぎるというものだ。結局オッサンは一つ、約束を破った。……だが、一つは言った通りの結果となったので、聖人君子でも極悪人でもない凡人としては妥当な結果だったのかもしれない。

 破った約束というのは、ヒーローを止めるということ。

 言った通りの結果というのは、もう会うこともないだろうということ。

 不良に絡まれた男子学生を助けにいき、激昂した不良にあっさりと殺されたそうだ。どうも、不意打ちにばかり長け、正面からには慣れてなかったらしい。

 発見された時にはもう不良は逃げ出していたものの、後日ちゃんと逮捕された。別件で、だが。

 その不良俗に言う所の暴走族に属していたらしいが、族の集会で廃工場にいた時に、誰かが偶然その場にあった花火に火をつけてはしゃいでいたとか。偶然近くにあった灯油缶ガソリンその他引火しやすい物に次々引火し大火災になったとか。奇跡的に死者こそいなかったものの重軽傷合わせて優に二十を越える大きな被害だとか。そのまま諸々の罪でほぼ全てのメンバーがお縄についたとか。そして余罪追及の中でゲロったとか。そんな感じだそうです。あ、関係ないけど大火災(ジャスティスフレイム)ってルビが浮かんだ。いや大火災(アヴェンジフレイム)の方が良いかな?関係ないけど。

 まあその花火を?誰が持ってきたとか?全員が否認していたりして分かってない事もありますが?概ね一件落着ということでよろしいのではないでしょうか。



 さて、俺にとっては楽な数ヶ月だったが、一つ教訓も出来た。

 ヒーローはもしかしたらいるかもしれないが、割に合わないからなろうとはしない方が良い。なろうとする奴はバカだ、と。

 自分より他人優先する時点でまともじゃないのは明白だ。まともじゃないならバカか天才か変態か。少なくともバカと天才は紙一重らしいので皆ひっくるめてバカ認定でいいだろう。ならついでにヒーローもその中に加えてしまおう。

 俺はオッサンを常にバカだと評価してきたが、結局その評価が覆ることもなく、評価は果たして正しかった。

 改めて言うならば、オッサンは俺が出会った中でもトップクラスにバカだった。

 ……ところで、今日は雲ひとつない快晴だ。

 休日に疲れをためるのも賢明じゃないが、家の裏を軽く散歩をするぐらいは問題ないだろう。

何、すぐにお暇するさ。

 家族水入らずを邪魔するほど、野暮じゃない。


初投稿。我ながらいかれた話です。

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