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「エリザベート・フォン・アルノー! 貴様のような陰険で悪毒な女との婚約など、本日この場を限って破棄させてもらう!」
煌びやかな大広間に、第一王子セドリックの高らかな宣言が響き渡った。
建国記念パーティーの真っ最中。集まった数百名の貴族たちが一斉に息をのむ。
セドリック王子の隣には、愛くるしい笑みを浮かべた男爵令嬢マリアが寄り添っていた。彼女は守られるヒロインの顔をして、私を嘲笑うように見つめている。
周囲の視線が一課に私——エリザベートへと集まる。
ひそひそ話が広がる。
「まあ、あの大公家の高飛車な令嬢が……」
「マリア様を階段から突き落としたり、教科書を破いたというのは本当だったのね」
私は優雅に扇子を閉じると、静かに微笑んだ。
(やれやれ……ようやく始まったわね)
私の前世は、日本の弁護士だった。
ブラック企業相手の労働紛争から離婚調停、過払い金請求まで、修羅場をいくつも潜り抜けてきた。
この異世界に転生して十五年。自分が「乙女ゲームの悪役令嬢」であり、今日この日に濡れ衣を着せられて国外追放される運命だと気づいたのは、三年前のことだ。
運命を変えるために私が何をしたか?
魔力を鍛えた? 料理で胃袋を掴んだ?
——いいえ。私はただ、この国の「法典」を完璧に暗記し、証拠を保全した。
「セドリック殿下」
私は静かに声を張った。通る声で、大広間の隅々にまで届くように。
「婚約破棄のご提案、謹んでお受けいたします。ですが、その前にいくつか確認させていただきたい事項がございます」
「はっ、何を往生際が悪い! 罪を認めて見苦しく命乞いでもするつもりか!」
セドリック王子が嘲笑う。
「いいえ。まずは、私がマリア様をいじめたとされる件についてです。殿下は先ほど『階段から突き落とした』とおっしゃいましたね?」
「そうだ! マリアは足に大怪我を負い、三日間も寝込んだのだぞ!」
私は後ろに控えていた給仕に手で合図を送った。
給仕が恭しく運んできたのは、分厚い革張りのファイルだ。
「こちらに、王立医学院の最高責任者による診断書の控えがございます。それによると、マリア様が負傷したとされる日の診察記録は『右足首の軽微な捻挫、全治二日』。さらに、当時の学院の監視記録(魔導映像)を確認したところ、マリア様は自ら階段の最後の一段で足をひねって転倒されております。私の位置からは三メートル以上離れておりました」
「な……なに……?」
セドリック王子が絶句する。
「続きまして、教科書を破いたとされる件。破られた教科書から検出された魔力の残滓を魔法省の鑑定機関に持ち込みましたところ、マリア様ご本人の魔力波形と一〇〇パーセント一致いたしました。いわゆる『自作自演』でございます」
「な、なんですって!? そんなの捏造よ!」
マリアが悲鳴を上げた。
「捏造ではありません。こちらが魔法省の発行した正本、鑑識官三名のサイン入りです。不服があれば裁判所にて再鑑識を申請できますが、虚偽の申し立てには刑事罰が科されますよ?」
大広間がざわつき始めた。貴族たちの視線が、蔑みから困惑へと変わっていく。
「さて、殿下」
私はファイルをパンと叩いた。
「ここからは、こちら側の請求となります」
「せっ、請求だと……?」
「はい。貴国法第百二条『婚約の不当破棄および名誉毀損における損害賠償』に基づき、以下の通り請求いたします」
私は二枚目の書類を取り出し、朗読した。
「一、一方的な婚約破棄に伴う精神的苦痛への慰謝料:金貨五千枚。
二、本日、パブリックな場において虚偽の事実を摘示し、アルノー大公家の名誉を著しく傷つけたことに対する損害賠償:金貨一万枚。
三、過去三年間、我が家が王子妃教育のために投入した家庭教師代、衣装代、マナー講習費の実費精算:金貨三千枚」
「ふ、ふざけるな! 金貨一万八千枚だと!? 国の予算の数パーセントに相当する額だぞ!」
「ふざけておりません。なお、セドリック殿下個人の資産では不履行となる可能性が高いため、法第九十四条『未成年の不法行為における保護者の使用者責任』を適用し、王室全体を連帯保証人として連名で請求書を送付済みです。先ほど、父上(大公)から国王陛下へ直接手渡されました」
セドリック王子の顔から一気に血の気が引いた。
チラリと見ると、大広間の上座で国王陛下が頭を抱えて震えている。我がアルノー大公家は、王国の筆頭貴族にして最大の債権者だ。本気で取り立てに行けば、王室の財政は一日で破綻する。
「あ、あり得ん……こんなこと……! マリア、お前、嘘をついていたのか!?」
「ひっ! で、殿下、私は……!」
狼狽する二人を冷ややかに見つめながら、私は懐から一枚のカードを取り出した。
「婚約が破棄された以上、私はもう王子妃候補ではありません。……本日をもって、王都の一角に『アルノー総合法律事務所』を開業いたします」
私はカードをセドリック王子とマリアの間に滑らせた。
「不貞行為の証拠保全、不当解雇、貴族間の売掛金回収、遺産相続の揉め事まで、幅広く承ります。初回相談は三十分無料となっておりますので、殿下も王室の民事裁判に備えて、ぜひご利用くださいませ」
静まり返る大広間。
私は完璧な角度で一礼すると、一度も振り返ることなく、ドレスの裾を翻して舞踏会場を後にした。
背後から、国王の怒号とセドリック王子の悲鳴が響き渡っていたが——まあ、私の知ったことではない。
さあ、明日からは開業初日だ。
異世界でも、法的トラブルに悩むお客様はごまんといる。
元弁護士の悪役令嬢として、しっかり稼がせてもらうとしよう。




