2話 リズナス・ナビネ
「大丈夫?泣いてるよ?」
そう言って彼女は背を低く、アレスに心配の目を向ける。
途切れたようにアレスの涙腺がほつれ、涙が出てしまう。
「え、ちょ待っ、ほんと大丈夫?」
彼女はポッケに手を入れ、ハンカチをアレスに手渡す。それをアレスは受け取るが、肌触りの良く、高価そうなハンカチを見て、それを涙を拭くのに使わず、自分の腕で涙を拭き取り、アレスはハンカチを彼女に返し、口を開く。
「ありがとうございます」
「顔を真っ青だし何があったの?」
視線が不意に足に向くと、アレスの足の状態を見て彼女は絶句し、アレスを制止させる。
「動かないで」
素早く言い放ち、アレスの足に刺さった様々な破片がこれ以上奥に行かないようにアレスを制止させる。
アレスの片足を優しく慎重に持ち上げ、色々な角度から破片がどのように刺さっているのか確認する。
「名前は?」
「あ、アレスです。痛っ——」
言葉に詰まりながらも応えた瞬間、持ち上げられた足に痛みがはしる。
「あっごめん、痛かったね。私はリズナス、リズでいいよ。この足どうしたの? 」
ここで二人の頭には疑問が残る。それはアレスの名前は男のもので、リズの名前は女のものだからだ。
二人はお互いにその容姿から性別を勘違いした。
アレスはリズの事を男だと、リズはアレスの事を女だと勘違いしたのだ。
だが、奇しくもお互いにそれを口には出さなかった。
「えっと地下を歩いている時に瓦礫とかビンの破片とかが刺さっちゃって——」
「地下って、えっ?」
アレスは体力の限界を迎え、視界の端から闇が徐々に広がり、世界が急速に狭まると意識を失い後方に倒れた。
「え、アレス? 待って大丈夫?」
倒れてリズはすぐに駆け寄ってアレスの肩を揺らすが、返事はなく胸に耳を押し当て呼吸をしていることを確認すると胸を撫で下ろす。
完全に脱力したアレスの体を背中を滑り込ませ、両膝の裏に腕を通し上げてぐっと背中に引き上げ、路地を出る。
少し早歩き気味にどこかへ向かい、そんなリズの頭には一つの思い出が蘇る。
「父さんもこんな気持ちだったのかな」
* * *
嗅いだこともないいい匂いと活気のある声と共に意識が徐々に戻り、少し硬めのソファに同感感覚に配置されたボタンが仰向けに横になっている背中に刺激をアレスに与える。
目を開けると目線の先にはレンガではなく暗い色の木が敷き詰められた天井、すぐ右手にはボタン留めがされている黒いソファの背もたれ、すぐ左手には一本の黒鉄の柱で支えられた綺麗に木目が入り塗装がされた木のテーブル。
アレスの目に入るものが新鮮な物ばかりで驚きながらゆっくりと起き上がる。
「あっおひは?」
首を横に振るとそこにはアレスの顔ともあまり遜色ない大きなバーガーを両手で持ち、リスのように頬袋を膨らませたリズの姿だった。
それに少し尻込みしながら口を開く。
「あ、あのここって……?」
「ほほはひゃっきのほじからふほしあふいたれふとらんだよ」
アレスは考えた。
アレスはリズが言っていることを聞き取ろうと稚拙な脳をフル回転し、考えて考えて導き出した答えは”飲み込んでから喋れよ”と。
それは核心を突いていた。
リズは考えた。
リズはアレスになぜ言っている事が伝わらないのかと。
そして導き出した答えは”飲み込んでから話せばいいのでは”と。
それも核心を突いていた。
リズは口に入ったバーガーをそばに注いであったコップの水を勢いよく飲み干し、手に持っているバーガーをさらに置くと手を丸めて薄っぺらい胸を激しく叩き、口を空っぽにしてから咳払いをして口を開く。
「失敬。ここはさっきの路地から少し歩いたレストランだよ。えーと、アレス!」
「ここにはどうやって?」
「気絶していたからおんぶして連れてきたよ。特に気にしないで」
「えーと、すいません。わざわざ」
肩を窄めて軽く会釈する。
「だからいいって。それよりアレスはあんな所で何していたの? それにその足の怪我も」
リズの言葉に一瞬、身を震わせて太ももの上に手のひらを広げて説明始める。
逃げ出してきた奴隷であること、謎の地震で奴隷市場が崩れたこと、言うか迷ったが隠すのはここまで運んでくれた事に対して仇で返してしまうと思いラノークのこと、地上へ出る階段が出たのがあの場所だったこと。
途中、言葉に詰まりながらも必死に説明し、ラノークのことで涙ぐみながらも赤裸々に話す。
リズはたまに首を縦に振ったり相槌打つぐらいで微笑みながらアレスの話を聞く。
直にアレスの説明も終わりが見え始めると涙が頬を伝い、口を閉じる。
「そっか……辛かったね」
涙を流すアレスにポケットからハンカチを出し、アレスに手渡すが高価そうな刺繍と肌触りでアレスは使いはせずただ「ありがとうございます」と頭を下げる。
間を置きリズは話し出す。
「これからはどうするの? 親……とか誰か知人や頼れる人は?」
「親はどこにいるのかも、顔すら知りません。頼れる人も……」
「……じゃあ、うち来る?」
「え?」
「あんま言いたくないけど私の家系、ナビネ家は私が当主だからそれなりに融通が利くのだよ」
「——でも」
「もちろんタダじゃないよ。対価として使用人として私の家でそれなりに働いてもらう」
「……ほんとにいいんですか?」
「いいも何もしっかり働いてくれたらそれでいいよ」
「——ッ! はい!」
こうしてアレスは馬車で一日ほどのメイリスにある屋敷へ向かうことになった。
* * *
揺れる馬車の中、アレスは体を乗り出し見慣れぬ山々に目を輝かせていた。
「なんか暇だし聞きたいこととかある?」
「えっとさっきの魔能?とか言うものについて知りたいです」
「魔能ってのは体に流れる魔力ってのを源とした人族特有の物で、使用者によって魔能の特性とかは変わるんだけど、例えば私の魔能、波動は体力を可視化出来るエネルギーに変え、切断とか様々なことが出来るのだよ。体力の譲渡はそれの応用だね」
右手を掲げ、手のひらから青光りが
「それにしても汚れてはいるけど長くて綺麗な髪だね」
「喉仏……?」
違和感を
「え? 待って男なの?」
「え? はい? 今更ですか?」
「えぇ!? その容姿で??」
「いや男なら……」
「一つお願いと言うか頼みがあって」
「助けてもらいましたし!」
「私の弟子にならない?」
「……はい?」




