『夢の岸辺にて』
とりあえず読んでみてください。
それは、霧の残る朝だった。
湖畔の小道を、
彼女はひとり歩いていた。
彼女は、
いつも夢の向こうを見つめる人だった。
けれど、
あの朝のまなざしは、
どこか翳っていた。
それは、
夢に疲れた人の目だった。
それでも彼女は、
歩みを止めなかった。
岸辺に咲く、
名も知らぬ白い花のほうへ。
私は、
その場に立ち尽くしていた。
風が頬をかすめ、
水面がかすかに揺れていた。
その瞬間、
時間がわずかに軋んだ。
遠くで誰かが名を呼んだ気がして、
私は思わず振り返った。
けれど、
そこには誰もいなかった。
声は、
過去から漏れ出したものだったのか。
それとも、
私のなかでまだ終わらぬ夢が、
ひとりごとのように響いたのか。
夢は、
摘めば香りを失い、
摘まねば風に消える。
彼女は、
それを知っていたのだろうか。
あるいは、
知っていて、なお手を伸ばしたのかもしれない。
私は、
彼女の夢にはなれなかった。
けれど、
彼女の夢が咲いていた場所を、
私は今も覚えている。
その岸辺に立つたび、
私はそっと目を閉じる。
摘まれなかった花の香りが、
まだ風のなかに、
かすかに残っているような気がして──。
読んでくださった方々、ありがとうございました。




