聖女様、それは生物兵器ではありません。俺達の故郷の伝統食(美味)です ~風魔法使いと死霊使いの最強(最臭)ダンジョン攻略記~
食事中の方には、不快に感じる可能性がございます。ご注意ください。
春の優しい陽射しが海面を煌めかせるなか、威風堂々と一隻の漁船が港へ帰ってきた。
「今年もニシンは豊漁だ!」
日に焼けて赤黒い肌をした船長が、白い歯を見せて力強く笑う。
これから村は大忙しだ。ニシンの頭とワタを取り除き、薄い塩水につけ、冷涼な洞窟内でじっくりと発酵させる。
これが、我が村が誇る名物『シュールストレミング』だ。
古の塩が高価だった時代、貴重なタンパク源を保存するために生まれたこの知恵は、いつしか村の誇り高い伝統文化となった。
「今から八月の解禁日が待ち遠しいぜ」
脳裏に浮かぶのは、亡き父と親友達と行ったハイキングの記憶だ。
青空の下、丁寧に準備されたその「ご馳走」の味は、今も舌に残っている。
食べ方には作法がある。まずは薄くスライスしたパンを用意する。
そこに茹でたてのホクホクしたジャガイモ、瑞々しいスライストマト、そして辛味の効いた玉ねぎを載せる。
主役のニシンは、牛乳で洗うのがコツだ。これで強すぎる個性を抑え、魚本来の旨味を引き出す。さらに焚き火で皮目をサッと炙れば、芳ばしい香りが食欲をそそる。
仕上げに庭で摘んだディルやチャイブなどのハーブを散らして、パンで挟み、口いっぱいに頬張るのだ。
(ああ……)
炙った魚の濃厚な塩気と旨味を、ジャガイモの甘みとトマトの酸味が優しく包み込む。ハーブの爽やかな香りが鼻に抜け、発酵食品特有の奥深いコクが全身を駆け巡る。
あれは決して罰ゲームなんかじゃない。酒の肴としたら涙が出るほど美味い、極上の珍味なんだ。
「おい、いつまで涎垂らして思い出に浸ってんだ。夏までに出稼ぎに行くんだろ」
現実に引き戻したのは、幼馴染であり親友のアランだ。
彼は死霊使い。だが、死体なんてそうそう転がっていないため、ただの目つきの悪い男として燻っていた。
◇
俺、ボリスは風魔法使いだ。
だが、攻撃魔法として主流の「圧縮系魔法」が使えず、そよ風を操る「拡散系魔法」しか適性がなかった。
そんな俺たちポンコツコンビの転機は、父の遺品整理で見つけた『∞』のマークと魚の絵が描かれたマジックバッグだった。
俺は拡散魔法を応用した「広範囲気配探知」と「匂いのコントロール」を。
アランは死霊操作を諦め、自分の身体能力強化による近接戦闘術を。
そして、無限に入っている「故郷の缶詰」を食料兼資材として活用することで、俺たちはシルバー級冒険者まで駆け上がったのだ。
そんな俺たちに、ギルドから緊急招集がかかる。
『ダンジョン浄化に向かった聖女率いる聖騎士団の救援』
相手は、物理攻撃を無効化する厄介なアンデッド、ドラゴンゾンビだという。
◇
ダンジョン最深部。そこは地獄絵図だった。
白銀の鎧を纏った聖騎士たちが、腐肉の巨竜に吹き飛ばされている。
「アラン! お前、死霊使いだろ! あのドラゴンゾンビ、使役できないのか!?」
「ふざけんな! あんなデカブツ、俺のキャパ越えてるに決まってんだろ!」
アランが叫びながら、バックステップで爪撃を避ける。
打つ手なしか。いや、ある。俺たちの切り札が。
「ボリス! 『例のブツ』を並べろ! 凄い技見せてやるぜ!」
「了解! ……頼むぞ、俺の可愛いニシンたち!」
俺はマジックバッグから、愛しい缶詰を五つ、床に展開した。
アランが片手をかざし、ドス黒い魔力を練り上げる。詠唱は、冥府の底から響くような呪詛の声。
「断頭され、腑を引き抜かれ、怨に浸かりし肉体よ! 今こそ甦れ! ゆけ、ニシンアタック!!」
バシュッ! バシュッ! バシュッ!
缶の蓋が内側から弾け飛んだ。
飛び出したのは、発酵によってドロドロになりかけたニシンの切り身たちだ。
彼らは死霊術によって仮初めの命を与えられ、まるで蝶のように、あるいはコウモリのように、汁を撒き散らしながら飛翔した。
「ギョギョギョギョーーッ!!」
ニシンたちは正確無比にドラゴンゾンビの顔面へと特攻する。
「な、なんだあれは!?」
腰を抜かしていた聖騎士の一人が叫ぶ。その真紅のマントに、ポタりとニシンの漬け汁が跳ねた。
「ぐっ!? なんだこの冒涜的な悪臭は……目が、目がぁぁぁ!」
聖騎士はあまりの激臭に、家宝であろうマントをその場に脱ぎ捨てて悶絶した。すまん。後でクリーニング代は払う。
だが、その被害はドラゴンゾンビの方が深刻だった。
腐った死体であるドラゴンゾンビは、本来なら痛みも恐怖も感じない。しかし、「腐敗」の格が違った。
『グオォォォォン!?』
ニシンたちが鼻孔や眼窩に潜り込み、強制的に「世界一の臭気」を擦り込む。
俺はすかさず風魔法を発動する。
「風魔法:芳香拡散!」
本来は花の香りを広げる魔法で、臭気をドラゴンの頭部周辺にだけ完全に固定。逃げ場のないガス室状態を作り出す。
ドラゴンゾンビは自身の腐臭など物の数ではない刺激臭にのたうち回り、やがて白目を剥いて轟音と共に倒れ伏した。
二度目の死である。
「……ああ、もったいない。あれがあれば、パン三斤はいけたのに」
俺は地に落ちたニシンを見て、心底がっかりと肩を落とした。
◇
しかし、ドラゴンゾンビは前座でしかなかった。
奥の扉が破られ、迷宮の主であるキングミノタウロスが姿を現す。
巨大な戦斧を持ち、鼻息荒く俺たちを睨みつける。
『フン! 小賢しい毒ガス使いめ。だが、我には通じぬ!』
キングミノタウロスは剛脚を踏み鳴らした。
『バッファローは嵐に向かって駆け抜けるという。それと同じこと! 臭いの元まで一息に距離を詰め、お前を潰せばどうということはないわぁぁぁ!!』
さすがは迷宮の主。豪胆な精神力だ。
ドォドォドォドォ!
地響きを立てて突進してくる巨体。速い。アランの近接格闘でも受け止めきれない質量だ。
「ボリス! 何とかしろ!」
「距離を詰めるなら……さあ来いッ!」
俺はとっさに、床に落ちていた聖騎士の「真紅のマント」を拾い上げた。
そして、その背後にマジックバッグの口を広げてセットする。
迫る角。死の突撃。
俺は引き付けて、引き付けて――風魔法でマントをふわりと舞い上がらせた。
「オー・レッ!」
ヒラリと翻る赤い布。
興奮状態の猛牛は、視界を遮る赤色に本能を刺激され、そのさらに奥へ――つまり、口を開けたマジックバッグの中へと頭から突っ込んだ。
『ブモッ!?』
ズボォォォォン!!
凄まじい勢いのまま、巨体が亜空間へと吸い込まれていく。
俺はすかさずバッグの紐を締めた。
「ふぅ……間一髪」
「お前、すげぇな! ……って、あれ?」
俺とアランは顔を見合わせ、そして俺は手元の袋を見た。
中ではキングミノタウロスが暴れているのだろう、袋がボコボコと歪な形に変形している。
「あー……これ、ミノタウロスを出さないと、次のシュールストレミング取り出せないじゃん」
「……だな」
俺たちの最強の武器兼食料が、まさかの封印。
まあいい。この依頼の報酬を受け取ったら、新しいバッグを買って村に帰ろう。そして旬のシュールストレミングを食べるんだ。
聖騎士団と聖女は、悪臭の為、涙目で俺たちに感謝を述べた。
だがその後、街では奇妙な噂が広まった。
『黄泉還りし銀鱗の悪夢』と『奈落へ誘う赤い布』を使う、倫理観の欠如した悪魔のコンビがいる、と。
「失礼な。俺たちはただの美食家だぞ」
「いやボリス、あの使い方は美食家ではないと思うぞ」
後日譚
「収納容量無制限のマジックバッグって凄く高いというか買えるわけないよ。このバッグからミノタウロスを処分して、ニシンを取り出すしかないか」
村はずれの荒野で、ボリスがバッグをひっくり返す。
ドサッ! と落ちてきたのは、痩せこけ、目が虚ろになり、全身からとんでもない発酵臭を漂わせるキングミノタウロス。
「(もう、あの部屋には戻さないで……)」
彼は戦意を完全に喪失し、ボリスの足元で小さく震えながら体育座りをしていた。その姿は、捨てられた子犬のようだ。ただし、サイズは巨体で、匂いは凶悪だが。
「うわっ、くっさ!! なんだこれ、シュールストレミングより臭いぞ!」
「……ほう。ボリス、見ろよ。バッグの中でニシンの汁と瘴気が染み込んで、極上の『熟成ミノタウロス』になってる」
「やめろ、新しい特産品みたいに言うな! 食えねえよ!」
アランが興味深そうに鼻をひくつかせ、ボリスが鼻をつまんでツッコミを入れる。
ミノタウロスは二人の会話を聞きながら、ただただ従順に頷いていた。
キングミノタウロスは、『悪臭の暴走機関車』として新たな仲間となれるかどうかは、神のみぞ知る話。
完
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