想い、かたちになるとき
四歳を迎える頃、僕は村の外にある小さな森を探検するのが日課になっていた。 母の目を盗んで行くには、ちょっとした勇気が必要だったけれど、あの木々のざわめきの中には、確かに僕を呼ぶ“何か”があった。 思考具現を発動させるとき、風の音が強まるのは偶然じゃない気がしていた。
木漏れ日の中で、僕はいつも考えていた。 「考えること」と「現れること」の境界はどこにあるんだろう。 “思考”というのは目に見えない。でも、たしかに何かを動かす。 もし僕がこの世界に転生した理由があるなら――きっとそれを“証明”するためなんじゃないか。
五歳のある日、僕は森の奥で“初めての友達”に出会った。
ミーナという女の子。 同い年くらいで、明るい笑顔が印象的だった。 「ねえ、リオ。なんでそんなとこにいるの?」 「考えてた」 「またそれ? リオって変な子」
彼女はよく笑った。僕はそれが少し眩しかった。 その日から僕たちはよく一緒に遊ぶようになり、ミーナは僕の“外の世界”になった。 僕が一人で考えていたものが、少しずつ形を変え始めた。
ある日のこと。 夕立の気配が空を覆う中、ミーナが「森の奥で光るものを見た」と言って駆け出した。 僕は止める間もなく、その背中を追った。
森の奥は、昼でも薄暗い。“光るもの”という言葉に僕の心もざわついた。 思考具現の練習で見たあの光――あれと似ているのかもしれない。 けれど、森はすぐに霧に包まれた。 そしてミーナの姿が消えた。
「……ミーナ!」
返事はなかった。 霧の中、僕は必死で呼び続けた。 心臓が早鐘のように鳴る。恐怖が胸を締めつける。 ――でも、ここで立ち止まるわけにはいかない。
僕は目を閉じて、考えた。 “探す”という行為を、形にできないか? 記憶を掘り起こす。音、匂い、風。 彼女の笑い声を、思い出す。
その瞬間、胸の奥が熱くなった。 「思考具現――検索」
呟いた途端、霧の中に光の線が浮かび上がる。 細い糸のような光が、ある一点へと伸びていく。 ――感じる。彼女の“気配”。
僕はその線をたどって走った。 足元は泥だらけになり、枝が頬をかすめる。 けれど構わない。 光の先に――ミーナがいた。
彼女は倒れていた。 足元には折れた根が突き出していて、どうやら足をくじいたようだった。 「ミーナ!」 「……リオ?」
目を開けた彼女が、安堵したように笑った。 「ごめん、怖くて動けなくて……」
僕は膝をつき、震える手で思考を集中させた。 “痛みを和らげたい” “温かくしたい” “癒す”というイメージを、できる限り正確に、具体的に。
「……治れ」
手のひらが淡く光り、彼女の足首に触れた。 光は静かに広がり、痛みを包み込んだ。 ミーナの顔が少しずつ穏やかになる。
「すごい……リオ、それ、魔法?」 「ううん、考えたんだ。ただの思考だよ」 「じゃあ、リオの考えは世界を動かすんだね」
その言葉に、僕は息を呑んだ。 まるで、ずっと求めていた答えを言い当てられたようだった。
家に戻ると、母のセラは泣きながら僕を抱きしめた。 「もう、どこ行ってたの……!」 ミーナの母も一緒にいて、彼女も涙ぐみながら頭を下げた。 「リオくん、本当にありがとう」
その時、僕の頭の中に声が響いた。
スキル【思考具現】がランク3に上昇しました。 派生スキル【概念操作】が開放されました。
誰にも聞こえないその声が、僕の内側を震わせた。 “概念操作”――世界の理を、直接思考で触れる力。
たぶんこれは、救いの始まりだ。 でも同時に、危うさの始まりでもある。 僕はまだ幼い。 それでも、確信していた。 この力の先には、“選択”が待っている。
七歳の春。 村に小さな祈りの塔が建てられた。 母はその前で、僕の手を取りながら言った。 「リオ。世界はね、祈る人たちの思いで成り立っているの」 僕は小さく首を振った。 「祈りだけじゃなくて、考えることでも、変えられると思う」 「ふふ、あなたらしいわ」
春の風が吹き抜ける。 木々の葉がざわめく。 僕の胸の奥で、“思考”が再び形を帯び始めた。
――考えることは、祈ることに似ている。 ――祈ることは、世界に語りかけることだ。
その夜、僕は眠る前に手を伸ばした。 空気の中に浮かぶ、見えない何かを掴むようにして。
「思考具現――未来」
光はまだ形を持たない。 けれど、確かにそこに“答え”があった。




