アルは広がる 4500年前の出来事
アルがまた何度目かの転生を経た後、相まみえた両者。
前回と同じように、遠方よりゲオの恐ろしき咆哮が響く。
しかし、それを聞いたアルが震えたのは、恐怖ではなく、武者震いだった。
アルは転生先の全ての国で、ゲオに対して万全の体勢を整えていた。
彼の指示は、人々にとって絶対であり、世代を超えてゲオ対策を進めてきた。
高い櫓をいくつも組み、投石と弓矢での攻撃を繰り返す為の準備。
長い縄を編み、捕縛の手順を決めた。
兵士たちは鍛え上げられ、槍はより太く、石斧は大きくなった。
そして、アル自身は数百年もの間、転生を繰り返しながら徹底的に対ゲオの戦技を練った。
その中で、アルは自身の体の中に感じる炎を、自身の力に変える技術を習得していた。
そのことで、アルはより早く力強く動けるようになった。
その強さは、常人を超えるものであった。
そして、ゲオの襲撃から始まる長い攻防の末、地面が揺れるほどの音を立て、戦いの終わりが訪れる。
頭上に昇った太陽が沈み始めた頃、地に伏したのは——ゲオ。
頑強だった鱗が剥がれ落ち、全身から出血し、虫の息となり地に横たわる。
それを眺めるアルも満身創痍だった。
アルは、ゲオの光を失いかけた金色の瞳をじっと見つめ、その目に復讐の刃を突き立てた。
激しい痛みに最後の咆哮を上げるゲオ。
その声が、すべての終焉を告げる。
アルは最後に万感の思いを込めて、その首へ斧を振り下ろした。
そして、アルは叫ぶ、勝利の雄たけびを。
それに続いて、生き残った人々による勝鬨の声が波紋のように広がっていった。
戦いの後には、勝利を祝う宴が行われた。
焚き火がいくつも灯され、ゲオの肉が焼かれる。
アルが、焼いたゲオの肉を口にし、毒見をした。
そして皆に許可を出す。
その言葉と共に、人々は歓声を上げる。
勝利の証を口にし、杯を交わし、踊る。
夜は笑いと歌で満たされ、焚火の光が影を躍らせる。
祭りは三日三晩続いた。
そして、最後の夜、ゲオの肉はすべて食い尽くされた。
かつて恐れた怪物は、人々の血肉となり、その身に刻まれたのだ。
多大な犠牲を出した。
それでも、この勝利はアルにとって、神としての自信を取り戻す結果となった。
ゲオのような怪物が再び現れてもきっと倒せる、その確信が彼の胸に刻まれていた。
そして、アルは歩みを止めなかった。
彼の目はすでに次の地を見据えていたのだ。
海を越えた先の大地には、まだ見ぬ動物や植物が息づいていた。
彼はそこへ人々を定住させ、さらに遠くへと進む。
『フヤシ……ヒロガリ……ススメ』
それはアルにとって魂に刻まれた意思。
初めは朧気だったその意味が、転生を繰り返すたびにゆっくりと理解へ変わっていく。
そして、確信する。
自分の歩んできた道は間違いではなかった。
子を増やし、遠くへ広がる。
それこそが、自分の存在する意味であると。
アルは旅を常としていた。
国のことは人々に任せ、自身は世界の各地に歩みを進める。
氷でできた大地——。
砂でできた大地——。
森に覆われた大地——。
煙を上げ続ける山の大地——。
アルは、それらにも人を送り込む。
それは、世界を人々で埋め尽くす行為だった。
どんなに住み難い場所であっても、人々はアルに従い、そこへ根付いた。
アルは全ての人類にとっての神であり、アルの言葉は絶対であった。
それが人々としての常識として深く根付いていたのだ。
長い旅路の果てに、アルは気付く。
この大地は、丸い。
一方向へ進み続ければ、必ず元の場所へ戻る。
それは偶然ではなく、繰り返される確かな法則だった。
そして、海へ出たアルは、星の位置と動きを完璧に覚える。
なぜなら、そこでは星がすべての目印だったからだ。
こうしてアルはこの大地と海を理解する。
大地と海は時に形を変える。
前に来た時には無かった島が出来てることもあった。
歩いて渡れたはずの所が海になっていることもあった。
その度に頭の中の地図へと書き記す。
星の動き、太陽の位置、それらを網羅していたアルは、時間と暦の概念を完成させていた。
今がいつで、自分が何歳か、それらを理解し生活に役立てていた。
こうして転生を繰り返していたある時、廃墟を見つけた。
そこには国があったはずの場所。
しかし、今そこは凄惨に滅び尽くされていた。
残されていたのは破壊された建物、人々の生活の欠片、そして無数の巨大な“足跡”。
アルは、瞬時に理解する、ゲオがまた現れたのだと。
いや、正確にはヤツではない。
この巨大な足跡は、かつてのゲオを遥かに凌駕していたのだ。
もし、これはゲオではないとすれば、何がこの大地を踏み荒らしたのか?
アルはその目で確かめるため足跡を辿る。
そして、追跡を始めて何日か過ぎた頃、それを目視した。
遠目からでもわかる、その異常な大きさ。
それはまるで、岩山が意思を持ち動いているようだった。
ゲオの倍以上あるその巨体は、ゆっくりと振り返り、こちらを見据えると迷わず歩き出した。
どうやらこの距離でも、コチラに気付いたようだ。
その動きは緩慢であったが、足が大地を踏むたびに地響きが轟く。
アルはその場で武器を構え準備を行う。
しばらくのち、両者が向かい合う。
姿形はゲオと大きく変わらない。
しかしその大きさは比べるまでもなく、足の爪一本ですら自分よりも大きかった。
目の前の怪物は、こちらに向かい咆哮する。
それは質量をもったような衝撃音。
先ほど、咆哮対策に耳の中に泥を詰めていたアルだが、それでも鼓膜が破れそうだった。
そしてその巨大な顎が向かって来る。
アルはそれを難なく躱し、足元に掛け寄るとそのまま鱗に武器を打ち付けた。
しかし、それは頑強な鱗に弾かれる。
ゲオのそれを遥かに超えた強度。
それならばと、アルは同じ場所へ何度も武器を振るった。
すると、怪物が動く。
巨体を揺らし、足を振り上げ踏み潰そうとしてきた。
それも躱し、アルは変わらず武器を叩きつける。
怪物は噛みつき、踏み潰し、尾を叩きつけ、なんとかアルを殺そうとする。
だが、動きが遅い。
アルの方も、躱すのは容易いが、攻撃が通じない。
こうして時間だけが過ぎていく攻防の末、戦いはあっけなく幕を閉じる。
急に怪物が苦しみだし、その短い腕で胸のあたりを搔きむしる。
そして、地に倒れこむ。
大きく見開かれたその金色の目は、アルを見据えたまま光を失う。
おそらくそれは、心臓発作だった。
その巨体を激しく動かし続けるには、この生き物の心臓では持たなかったのだろう。
アルは、自分が勝利した実感もわかず、ただ、怪物を眺めていた——。