男は神になる 50万年前の出来事
体の内で燃える炎、それは、男の生き方そのものを変えた。
凍てつく寒さの中でも、身体は揺るがない。
風が吹きすさぼうとも、氷雪が積もろうとも、男は動ける。
その力によって、食料の確保は以前よりはるかに容易になった。
これまで寒波が来ると飢えに怯えていた部族は、男の力によって生き抜く術を得ていった。
寒さは恐れるものでなく、克服するものになった。
男が外に行き食料を持ち帰ると、人々は貯蔵器を作り水と食料を蓄えた。
凍死を防ぐため、狩った獣の皮をなめし、防寒具へと加工した。
厳しい寒波の中でも、暖を取り、動き続ける術を身につけていく。
男が先導し、暖を確保し、食料を蓄える知恵が広がっていく。
男が死んでも、彼の行動は部族の中に受け継がれた。
彼が残した防寒具をまとい、外で活動できる者が現れ始める。
かつては凍えながら耐えるしかなかった冬を、男の行動により克服し始めたのだ。
そして、男は転生を繰り返すたびに、他の部族へとこの知恵を広げていった。
最初は孤独な変革だった。
しかし、時間とともに、彼の行動が波紋のように広がり、いくつもの部族が寒波を乗り越える術を持つようになった。
長く続いた寒波が終わり、暖かな季節が訪れると、生活はかつてより豊かになっていった。
食べる物が増え、動物の群れも再び戻る。
そして、また寒波が訪れれば男は迷わず同じように行動する。
彼が転生を繰り返す限り、寒さに抗う者たちは増えていく。
こうして、『人類』はその数を着々と増やしていった。
人が増えるにつれ、単なる集団から、集落と呼べる規模の生活へと移り変わっていく。
かつては食料が尽きるたびに部族全員が移動し、新たな土地へと流れながら生きることが常だった。
しかし、作物を育てるという試みが始まると、その生活は一変する。
狩猟と採集に頼るだけでなく、土地を耕し、拙いながらも作物を育てる技術が生まれた。
食用出来るかつ育てやすい穀物を植え、収穫することで食料の安定供給が可能となる。
それによって、住みやすい場所に定住するという選択肢が生まれたのだ。
定住の開始とともに、村ができる。
村が広がり、人々は協力して作物を管理し、狩猟や採集の負担を減らしていった。
寒波が訪れても、蓄えた食糧がある限り、生き抜くことができる。
そして、この変化こそが、文明の第一歩となった。
転生先のあらゆる村で、男は常に長であった。
死ぬことを恐れない行動力。
卓越した狩りの腕前。
蓄積された知恵。
体の使い方を熟知したその動き。
それはまるで人を超えた存在のようだった。
相手が、人であっても、動物であっても、決して負けることはない。
男は常に最強であり続けた。
そして男は、寒さのみならず火の熱すらも克服していた。
炎の中に身を投じても、顔色ひとつ変えない。
燃え盛る赤が、彼を包み込む。
だが、火はただそこにあるだけで彼を焼くことはなかった。
むしろ、炎が彼に従うように揺れる。
まるで、男の体の奥に燃える何かを知っているかのように。
この炎よりも、彼の内にあるものの方が熱いのだ。
こうして、人々は男を称え、敬い、そして畏れた。
その圧倒的な力は、畏敬の対象であると同時に、人々の心に『絶対に逆らえない』という感情を刻み込む。
男もまた、そのことを理解していた。
そして、そのように振舞った。
『自分は特別である』
『全ての人々は、自分に従うべきだ』
『人は自分が導き、増やしていかなければいけない』
それが、彼にとって疑う余地のない絶対の真理だった。
転生を繰り返すごとに、男は村に自らを祭る祠を作らせた。
それは単なる印ではなく、彼自身の象徴だった。
人々が男を忘れぬように、人々の心の支えとなるようにと。
男の自意識はすでに神のそれであった。
すでに数万回を超える転生により、常人には到底及びつかない精神へと辿り着いていた。
男は“数”の概念を生み出した。
転生するたびに、その村の祠に綺麗な石を1つ飾る。
それはただの装飾ではない、自身がこの地に何度降り立ったのかを記すための印だった。
やがて、人々はその石を数え始める。
男以外は石を積んではいけないという掟ができる。
積み重なった数がその村の誇りとなった。
男の転生は、単なる現象ではなく、数えられるべき降臨へと変化した。
そして、男は“言葉”を作り出した。
かつての種族は、吠えることしかできなかった。
しかし、何世代もの進化を経て、骨格が変化し、声帯が進化した。
今の種族は、多様な音を出すことができる。
そして、男は言葉を作ることを決めた。
男が最初に決めたのは自分の呼び名だった。
それこそが、人類にとって最も重要なことだと確信していた。
男は『アル』を自身の呼び名に定めた。
『アルによって人々は導かれる』
それは次第に信仰へと変わっていった。
男は“掟”を作り出した。
人々はアルに逆らってはいけない。
人同士は殺し合ってはいけない。
自分がアルだというものは、炎の中に自身を投じなければならない。
人々は、この掟に従った。
彼らにとって、アルは神そのものだったからだ。
やがて、アルの尽力により人類の文明が発展するにつれ、人々は爆発的に増えていった。
いくつもの村が統合され、それは“国”と言えるほどの大きさになった。
アルがその国王と呼ばれる存在になったその時、『ソレ』は現れた。
一瞬にして空気が変わった。
大地が揺れ、人々が過去に聞いたことのない轟音が響き渡る。
人類が今まで見たことのない存在が、そこに現れたのだ。
その生き物を見た時、アルは久しく忘れていた感情を思い出した。
——恐怖を。