第27話、地上の魔物
暑くなって来た。
ここ数年は北海道の夏も本州なみに暑くなってきた。
そのためか名物だったイカも獲れなくなって、新鮮なイカの刺身は高級品に成りつつある。
温暖化の影響なのか、以前は当たり前に手に入った海産物が食卓から消えていく。
変わりに以前は獲れなかったハマチ?などがスーパーに並んでいたりする。
そのうちに津軽海峡の名物がカツオの一本釣りやカジキマグロの一本釣りに成るのかも知れない。
それはいいとして・・
「真兄様・・気が付いてる?」
俺こと藤原 真が現実逃避を楽しんでいると隣りを歩く前世の妹 豊条院 芽芽 が怯えた声で話しかけて来た。
「ああ・・分かってるよ。前世のスラムを思い出すな」
二人がダンジョンまでの道を歩いていると気持ち悪い視線がチラチラと飛んでくる。
嫉妬の視線などでは無い。
盗賊や暗殺者などのそれと同じ 獲物の品定めをする不快な殺気が込められたもの。
俺は狙うだけ価値のない魔法使いだし、狙われてるのはメメだな。
他のメンバーはガードマンと先に行ったはずだ。そっちは心配ない。
「メメ一人で出歩くのは危険になったな」
「はは・・やっぱ私なんだ」
「ダンジョンの外ではか弱いお嬢様だからな」
「その点だけはこの世界で不満なのじゃ」
「その のじゃ言葉、無理に使わなくても良いぞ」
「やっぱ不自然だよね・・道場でのパフォーマンス?なんだよ」
とりあえずメメと自分に身体強化の魔法をかけておく。
「えっ、これって・・・・まさか兄様」
「何故か使える。秘密だぞ。
それよりここでは戦えないから隙をついて走るぞ」
「うふふっ、むこうの世界を思い出すね」ニマニマ
「まったくだ、平和が売りの日本は何処行ったよ」
俺の身体強化魔法はレベル1だから運動部で鍛えている選手程度しか能力が上がらない。
使っても魔法とは気付かれないだろう。
後ろから車が走ってくる。
ご丁寧に無音で気取られず近寄ってくる・・ハイブリッド車なのだろう。
拉致とかする気らしい。
ワゴン車などの大型車は女性などを引きずり込んでしまえば誘拐し放題だ。
昔の車による騒音問題を根本から解決してくれたハイブリッド車なのだが、
そんな素晴らしい発明も下衆が使えば犯罪の凶器になる。
刃物と同じで何事も使い方次第、という理屈に落ち着くだろうが、せめて中を確認しやすい作りにして欲しいものだ。
ガラスに細工したり色を付けたら犯罪行為として処罰するくらいすべきだな。
本当に静かなものだ。
音を消して忍び寄る暗殺者を思い出す。
日本のザコい悪党のくせに小賢しい。
車が二人の横に止まった。
「走れ‼」
ガラッ
ワゴン車のドアがスライドして男たちが飛び出してくる。
しかし車から出るタイミングで先に走り出した俺達には手が届かない。
「くそっ、てめぇ待ちやがれ‼」
一見すると一般人な姿をした男たちだが目が腐っている。
まだ若いのに狂気を孕んだ犯罪者の目だ。
世間ではこんな悪党を半グレとか呼ぶんだったな。
欲望のままに犯罪を犯す奴ら、一応は人間。心は魔物。
魔物だし、魔物と同じに見つけ次第に駆除すれば良いのに。
何人か走って追いかけて来るけど レベル1とは言え身体強化のバフがかかった二人の走りには追い付けない。少しづつ距離が離れる。ははは
「早く車を出せっ」
「ダメだ、動かねぇぞ」
当然だ、魔法でヒューズ飛ばしてあるからな。
「くそっ、ポンコツがぁ」
静かな住宅街に男たちの怒鳴り声が響く。
かくして二人は無事にダンジョン入り口にたどり着いた。
「あらあらぁ、二人で手を繋いで走ってくるなんてアオハルねぇ」
お嬢様な見た目の琴平 涼香が暢気な声で迎えてくれる。
ある意味 俺よりも腹黒で油断ならない前世の賢者様が丸くなったものだ。
ダンジョンの駐車場では他のメンバーならびに護衛のガードマンが待っていた。
「はぁっ、はー、ぜぇっ。皆は無事みたいだな・・・」
「‼何か有ったのかい?」
斥候と遊撃担当だつた轟 春奈 は今も状況把握が素早いな。
「みんな聞いて、警戒度2よ」
メメが前世の方法で簡潔に危険度を知らせる。
警戒度2はメンバー全体に危険が有る事を意味する。
「誰に攻撃された」
轟 鏡華が闘志をむき出しにする。
盾職のくせにアタッカーよりも血の気が多い奴だ。
今は女性で さらにダンジョンの外では彼女も唯の少女なのに
それを忘れて危険に突撃しそうだ。
ある意味一番心配だし危うい。
皆に半グレの事を話して警戒してもらう。
黒服のガードマンたちはピリピリと神経を研ぎ澄まし武器の確認をしだした。
とりあえずダンジョンに入ってしまえば安心だろう。
甘かった・・
有名なパーティ深緑の鏃の彼女達は企業からの怒涛の勧誘ラッシュに襲われる。
企業関係者は一般人なので力で排除するのも難しく彼女達も難儀している。
まるで取材に血走ったマスコミに包囲されるアイドルのようだ。
迂闊だった・・先日の様子からこうなるのは分かっていたのに。
・・・・・・・何かイライラしてきた。
「おい、お前ら、彼女達は大事な探索に向かうところだぞ。道を開けろ‼」
先ほどの誘拐未遂のストレスも重なったのか思いのほか大声に成った。
「あぁっ?誰かと思えば深緑の鏃に寄生している寄生虫の魔法使いじゃねぇか。こっちは大事な仕事でやってるんだよ、遊びで探索者やってるゴミに用はねぇ。邪魔すんな」
「寄生しないとレベル上がらないんだから必死なのよ。男としては恥知らずでもね」
「まだ若いんだから僻んでないで別の仕事にしたら」
・・・・ぷちっ
はーっっっっ
「≪てめぇら、邪魔すんなって言ってんだろうがーーーっ≫」
「ひっ」「きゃあぁっ‼」「‼・・・」 バタッ、 ドサッ、
あっ、やべっ。思わず威圧を込めてしまった。まぁいいか・・俺は悪くない。
深緑の鏃のメンバーは平気だが、それ以外の人間たちは気を失ったり、腰を抜かしたりと立っている人間が居なくなった。
修業が足りんな・・
「あーあ、何やってんだよ」
「兄様、少し自重してくださいなのじゃ」
「俺が何もしなかったら二人ともこいつらに鉄拳制裁してただろーが。お前たちがダンジョン内で手なんて出したら一般人は重体で病院送りのあげく再起不能だぞ」
手の早い轟 鏡華と豊条院 芽芽 が目をそらす。図星だったらしい。
想像でもしたのか腰を抜かして動けない企業関係者は怯えた顔になっている。
「あら、心配無用ですわ。全身の骨が砕けても私が魔法で治してあげます。
精神が崩壊するまで何度でも殴れますわよ」
琴平 涼香がお上品な雰囲気で一番物騒なセリフを吐く。
一番怒っているのは彼女らしい。
あふれ出す魔力が蒼い炎のようにゆらめいている。
日本で異世界流の拷問する気か。まずいだろ・・・
「はっはっはー、実に良い気迫だったぞ少年。
どうだ我が社で働いてみないか、高待遇で迎えるぞ」
驚いた、いつの間にか後ろに爺さんが立っている。
威圧が効いてないだと、何者だ?
と言うか・・いつの間にか囲まれている?
しかも、何故か俺目当てに包囲してるし
「抜け駆けはいけませんね、権蔵さん。
四井重工業では貴方を入社と同時に部長待遇で厚遇いたします。
新しいレアメタルと既存の金属との合金は無限の可能性を秘めていますから今後は世界に再びの重工業の時代となりましょう。
是非とも藤原君の力を我が社で華開かせてもらいたい」
「四井重工業?だと。一流企業が魔法使いを重役にスカウトとか正気か?」
「あの老人も只者じゃないでしょ」ヒソヒソ
腰を抜かした奴らが煩い。
まっ、俺から見ても正気を疑うがな・・
「お二方とも老人のくせにフットワークが軽すぎますわ。
躓いて転んでも知りませんよ」
「花田のとこの嬢ちゃんか。尻が重すぎて出遅れたのかの。
老人に負けておるようでは日本の未来は暗いぞ」
「このセクハラ爺、お孫さんに嫌われても知りませんからね」
「今や世界の一歩前を行く花田自動車からも勧誘させてもらうわ。
我が社のハイブリッドカーは新素材を得て今後はさらに飛躍します。
わが社に入って共に世界の最先端を歩いてみませんか」
「今度は花田自動車だと‼。しかも、勧誘の条件が普通じゃねぇ。
一流企業が本気でスカウトに動いている。あの魔法使い、何者だ?」ヒソヒソ
なぜ、この手のやつらはスカウトを受ける側の迷惑を考えないんだ。
受けるのが当然とばかりにグイグイ来る、新手の押し売りだ。
「そう言えばお礼がまだだったわね。
先日は黒オーガの群れから助けてくれてありがとう。
私の命もだけど、将来有望な探索者パーティを失わずにすんだわ」
「おぉ、そうだったな。あの時は助かったぞ少年」
「そうでしたね。勧誘に夢中でお礼を言ってませんでした。
貴方は私の、そして我が社の恩人です。ありがとう」
こいつら・・こんな場所で何言ってんだ。
余計な奴らまで勧誘に来るだろうがっ。




