魔法の書
たまたま寄った古本屋で、いかにもな本を見つけた。和綴じの見た目と感触で、相当古い本であることがわかる。表紙には無骨に「魔法之書」と書かれていた。
気付くと、この本を持ってレジに立っていた。魅入られたとしか思えない。思いの外、値段は安かった。
家に帰ってページをめくる。冒頭、手書きの文字で「私が西洋の国々で学んできた様々な魔法を、ここに記す」とあった。
魔法の根幹とは、使用するその人の生活において、善いものを引き寄せ、悪いものを排除することにある。だが、そのためにはその使用者の持つ『何か』を触媒にしないといけない。
つまり、魔法をひとつ使うたびに、『何か』を一つ、代償に捧げないといけないというわけだ。
これは怖い。確かに怖いのだが、せっかくだから、何か試してみたい。なので、比較的小さいものを使ってみる。
『温かい食べ物が差し入れられる』という魔法を選んだ。用意するものも簡単で、呪文も短い。簡単に出来た。さて、どうなるか。数分待ってみる。
部屋のインターフォンが鳴ったので出てみると、隣人が『作りすぎたから』と肉じゃがを持ってきてくれた。魔法は成功したのだ。
「いてっ」
その途端、前々から親指にあった小さいささくれがむけた。どうやらこれが『代償』らしい。幸いなことに、すぐに痛みはおさまった。
他の魔法も試してみたが、ほとんどがこの程度の小さな痛み、または特にお気に入りでもないけど、よく使っている安物のボールペンのインクが切れたり、クリップがなくなったり。そういうしょうもないことばかりだった。
俺は確信した。この魔法の書は魔法の効果と相反して、見返りが非常にしょぼい。他人に迷惑をかけず、罪悪感も感じないレベルの魔法しか載っていないのも、小心者の俺には好都合だ。
面白がって魔法を使う日々。そんな中、本の最後あたりで、とんでもない魔法を見つけた。
「意中の人間を、自分に惚れさせる魔法」
俺は、数年前から密かに片思いをしている女の子がいる。彼女の好みのタイプが『おしゃれで清潔感のあるさらさらヘアーの男子』と聞いて、髪をさらさらに整え、衣装にも気を配り、お風呂も一日二回入り、歯磨きに関しては一日三回必ず磨く徹底ぶりだ。
肌の調子も整え、毎日軽い運動を欠かさないのだが、どうにもあの子とは良い友達止まりである。どうにも決定打が出せない状態だった俺には、うってつけの魔法だ。
しかし、この魔法だけ注意書きがあった。曰く、『この魔法を使うと、引き換えに長く付き添っている友人を失うであろう』。
自慢ではないが、俺にはそんな友人はいない。いや、自分ではいないと思っているだけで存在しているかもしれない。だが、今の俺には友情よりも、恋愛のほうが大事なのだ。
意を決して、俺はこの魔法を実行することにした。
いつもより、ほんの少しだけ複雑な準備を整え、魔法が一番有効に作用するという丑三つ時を待つ。
用意したものを配置し、水を入れたコップで結界を張り、窓を開け、ろうそくに火を点け、いつもよりも長い呪文を読む。
全てを成し遂げたとき、すでに日は昇りかけ、眩しい日の出が窓から俺の部屋を照らしていた。
感覚でわかる。この魔法はうまくいく。
俺は最後の呪文を読み終え、やり遂げた表情で太陽を見た。満ち足りている。全て完遂した。今頃、あの子は俺に恋心を抱いているだろう。確信する。
その瞬間、俺の髪の毛は一本も残さず、全てバサッと抜け落ちた。