ep.11
墓地の朝は、音がない。
王都の片隅、貴族でも民でも等しく並ぶ石碑のなかで、ひとつだけ──花が手向けられていた。
白い百合。
名札もない、無名の墓。
それが、メリセラ・ロルデナの眠る場所だった。
墓前に立つ女は、すでにロルデナ家の人間ではなかった。
けれど、誰よりも“その姉妹”であり続けた存在。
ステファニアは、手に持っていた日記をそっと置いた。
「……これが、わたくしの裁きですわ」
墓碑に刻まれた名前は、風雨に削られてもう読めない。
それでも、そこにいたことだけは、決して消えない。
「赦しては、差し上げません。
あなたを殺した者たちも、沈黙した者たちも、そして……あなたを守れなかったわたくし自身も」
声が、少し震えた。
でも、涙はもう出なかった。
「けれど……終えましたの。あなたの“止まった時間”を、わたくしが地に引きずり下ろして」
立ち上がりかけたそのとき──足音が一つ、遠くから近づいた。
焼け焦げた手。
杖をついた男。
その顔の半分には、火傷の痕がまだ生々しく残っていた。
ポルフィリオだった。
「……来たのですね」
ステファニアは振り返らずに言った。
「君に許されるとは、思っていない。
けれど、この墓の前で……一言だけ、謝らせてくれ」
彼は、しゃがみ込み、花を一輪、墓の脇に置いた。
「あなたの命を、僕は焼いた。でもその罪を、国の記録と血肉の痛みで……一生背負い続ける」
ステファニアは、ほんのわずかだけ目を伏せた。
「ならば、背負いなさい。
燃え尽きた灰のなかで、生き続けなさい。
それが“わたくしが赦さなかった者”への──唯一の贈り物ですわ」
そして彼女は、振り返らなかった。
風が吹く。
焼け跡に咲いた白百合が、かすかに揺れた。
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それからのステファニアの行方を、誰も正確には知らなかった。
ロルデナという家名は公式に断絶され、宮廷記録からも抹消された。
彼女の火刑命令を出した者は、火に焼かれ、
家族は落ち、名誉は砕け、すべては“罪として刻まれた歴史”となった。
けれど、その中心にいた彼女自身は──
名もなく、身分もなく、王都の喧騒から離れた地に身を置いていた。
古い図書館の管理人として、あるいは身寄りのない子どもたちの話し相手として。
炎のような過去を隠すことも、飾ることもなく、ただ静かに。
ある日、花が咲いた。
誰も気づかないような野の道で、白い花が、風に揺れていた。
それを見つめて、ステファニアはほんの少しだけ微笑んだ。
「終わらないのですね」
傍らに誰もいないのに、彼女はそう呟いた。
裁きとは、一度で済むものではない。
忘れることも、忘れ去られることもない。
けれど──
生きている限り、それでも明日はやってくる。
「……今度こそ、わたくしは生きるために、赦さずに歩きましょう」
全て焼かれた。
灰のなかだった。
でも、生まれ変わった。
そして名もない明日へ、名前のない足取りで、静かに歩き出した。
「──必ずわたくしが贖いますわ」