僕らが風を追い越す日 6話
「ひまわり」
その名前を、口にした瞬間、胸が熱くなる。
千葉大輝は、自分でも信じられなかった。
だけど今、スマホ越しじゃなく――“本物の声”で名前を呼びたくなっていた。
放課後の廊下。
教室の前で立ち止まった彼の前に、ちょうど山本ひまわりが現れる。
(あ、来た……)
ひまわりも気づいていた。
でも、目が合った瞬間、時間が止まったような感覚になる。
「話、ある」
大輝の声は、少しだけ震えていた。TikTokで何十万人に向けて喋るより、ずっと難しい。
「いいよ」
それだけ返して、ふたりは並んで歩き出した。
校舎裏のベンチ。
中学の頃、ふたりが初めて手を繋いだ場所だった。
「……俺さ、あのとき、何も言えなかったけど」
大輝がうつむいたまま言う。
「顔を出したくなかったのも、変に有名になったのも、全部、怖かったから。
好きな人の隣にいる“自分”が、本当に似合ってるのか、自信なかった」
ひまわりは黙って聞いていた。
「でもさ、お前が“本当が知りたい”って言ってくれて……やっと、逃げられなくなった」
ひまわりは、小さく笑った。
「ずるいね。そうやっていつも、ギリギリでこっちの心を動かす」
「ずるいのは、どっちだよ」
そう言い返したその目には、うっすら涙がにじんでいた。
「俺、まだお前のこと好きだよ」
真っ直ぐな言葉が、ひまわりの胸に刺さる。
「……バカ」
それでも彼女は、涙をこらえながら笑った。
「じゃあ、今度こそちゃんと向き合ってよ。顔も、心も、全部」
「うん。……ちゃんと、俺で、いく」
風が吹いた。
さっきまで肌寒かった空気が、少しだけ暖かく感じた。
ふたりの間にあった沈黙が、ようやく溶けた瞬間だった。
その頃――別の場所でも、誰かが誰かの名前を呼ぼうとしていた。
麻生悠斗は、グラウンドの端でスマホを見ていた。
高橋花蓮とのやりとりを何度も読み返す。
(“また帰ろうね”って……どういう意味だ?)
その言葉の意味を探すために、彼は歩き出す。
豚田隼人は学級委員として教室の掃除当番をチェックしていたが、心ここにあらず。
「イベリコ〜またぼーっとしてんじゃんw」
と笑うのは、同じ委員の中川ゆうな。
「うるせぇな……でも、お前がいてくれるとマジ助かる。ガチで」
「なにそれ、珍しく素直じゃん」
ふたりの距離も、少しずつ、だけど確実に近づいていた。
恋が動き出した。
友情も、過去も、未来も――全部が、交差して、進み始めた。




