僕らが風を追い越す日 5話
夜の体育館。
照明は半分しかついてないけど、それでもバスケットボールの音が、空気を切り裂いて響いていた。
「スリー……決めた」
大塚公司が小さく呟きながら、次のステップに移る。
彼の足元には、履き慣れたナイキのシューズ。磨り減ったソールが、彼の努力の証だった。
(U18代表って言っても、まだ“通過点”だ)
誰よりも速く、誰よりも高く。
それが、公司の生き方だった。
「……公司」
その声に振り返ると、そこにいたのは金田ヒカリ。
「え、なんでお前ここいんの?」
「たまたま通りかかっただけー。って言って、ちょっと本気出してきた」
「また炎上すんぞ、お前」
「もう慣れたし。むしろ、あんたが見てくれんなら、炎上上等」
そう言って笑ったその顔は、いつものインスタのキラキラとは違う。
ちょっと不器用で、でも素直な「女の子」の顔だった。
「公司、さ……好きな子とかいんの?」
ボールを弾いていた彼の手が、ふっと止まる。
「いねぇよ」
「……そっか」
ヒカリの声が少しだけ小さくなる。
「でも、強くなる理由は、誰かのためだったりするじゃん。あたし、そういうのに憧れる」
「俺が強くなりてぇのは――」
公司は、ちょっとだけヒカリの目を見て、
「“昔の自分”に勝ちてぇだけだよ」
その言葉に、ヒカリは何も言えなかった。
けど、心のどこかで、彼に惹かれていく音が確かに響いた。
その夜、ひとつの恋が静かに生まれようとしていた。
まだ誰にも言えない。本人すら気づいていないかもしれない。
でも、確かにそこにあった。
そして、同じ時間。
千葉大輝のスマホには、新しい通知が来ていた。
山本ひまわりからのメッセージ。
「顔、見せなくてもいい。
でも、今のあんたの“本当”が知りたい」
彼は少しだけ笑って、返信を打ち始める。
「じゃあ、ひとつだけ。
俺、まだ……お前のこと、嫌いになれてない」
画面越しの言葉が、夜を震わせた。




