空き教室の彼と彼女
この学校には校内で知らない人はいないと言われるほど有名な2人がいた。
1人は文武両道、才色兼備で人気者な彼女。
もう1人は悪い噂しか聞かない目付きの悪い顔面凶器の彼。
関わり合うことがないと思っていた真逆の2人。
ある日を境に彼女から彼に声を掛ける様になった。
初めて彼女が隣の席の彼に声を掛けた瞬間、私だけでなく教室が凍りついた。
彼女が怒鳴り散らされるのでは、虫の居所が悪くて殴られるのではとハラハラとその状況を見守っていた。
携帯を触っていた彼は彼女を一瞥しただけだった。
ホッと一息ついた後はいつも通りの日常だった。
きっと彼に声を掛けたのは優しい彼女の気遣いで、無視された事でもう声を掛ける事は無いだろう。
そう思っていたのにその後も彼女から彼へ話し掛ける事が増えた。
彼女の友達は声を掛けるのをやめる様言われるたび、彼女はにっこり微笑み話を終わらせていた。
美人の無言の笑顔には圧も凄い。
その日は日直で残って日誌を提出した後、担任に雑用を押し付けられた。
雑用を済ませ、ため息を吐きながら廊下を歩いていると近くの空き教室から声が聞こえた。
時間的に幽霊!?と怖いもの見たさで恐縮を覗き込んだ。
そこには、人気者の彼女と顔面凶器の彼が楽しそうに談笑していた。
普段教室で見る2人とこの空き教室で談笑している2人の表情が違っていた。
2人で談笑する姿はとても穏やかで表情も柔らかかった。
なんだこの付き合う前の様な空間は!?
と、衝撃を受けた。
そして2人が私の推しになった瞬間だった。
その日から彼女が彼に声を掛ける姿を見る度、私は暖かい目を向ける様になった。
ある日、彼と彼女の他愛無い時間の観察(これはストーカーではなく推し活!)していた時のこと。
「君と話せばあんな噂すぐに嘘だってわかるのに…」
ボソリと彼女が呟いた声が聞こえた。
そして見てしまった。
彼女からそんな事を言われると思わなかった彼の驚いた顔を。
思わず口をついて出てしまった事に驚いた彼女の顔を。
そして顔を赤くし本で隠す彼と、そんな彼の顔を見ようとする笑顔の彼女。
あぁ、尊い…。
今のままで良いけど、くっついた所も見てみたい。
あわよくば、近くで見守りたい!
私はハンカチを握りしめて感動に打ち震えていた。
眼鏡と前髪で隠れた目元、胸の辺りまでで切り揃えられた綺麗な黒髪、きっちりと整えられた制服を着て直立でブルブルと震える彼女。
後にその姿を見た人達に学校の怪談としてかたられる様になったという。
校内で人気者の彼女と恐れられる彼、長い前髪と眼鏡で出来るだけ目元を隠している引っ込み思案な彼女。
そんな3人がこの空き教室で笑い合う日はそう遠くない話。