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妖精さんとゴブリンさん①〜野蛮はどちら?〜

 歩く。歩く。ただひたすらに歩く。最後に整備されたのがいつなのかわからない道を、二人は歩き続けていた。本当にこの道が大都市グランノアへ続いているのだろうか。馬車で走ろうものなら、あまりの揺れに気分が悪くなるだろう。それとも、グランノアまでの道のりはまだまだ長いことを、暗に示しているのだろうか。


「今日中に着くのは無理そうだね」

 マリウスは姉の顔色をうかがうように声をかけた。昨夜の魔物との戦闘以来、姉のマリオンの機嫌は最悪だ。理由は至極単純だった。最後に寄った集落を出てから、すでに3日。風呂はおろか、水浴びすらできていないのだ。

 

 旅の途中で風呂に入れないのは仕方ないことだと、マリウスは思う。それでも、姉の不機嫌さは変わらない。マリウスはぼんやりと思った。

 女性は魔物よりも不可思議な生き物だ。魔物は人間とは異なる生態を持つのだから違いは理解できる。しかし、同じ人間である女性と、どうしてここまで考え方が違うのだろうか。実は女性は女性という魔物の一種なのではないか。


 もちろん、この考えを姉に伝えるつもりはない。そんなことを口にしたら、「デリカシー」という都合の良い定義についての長々とした講義が始まるのは目に見えている。マリウスには、その手の経験が山ほどある。



「この辺だと近場にあるのはコバロス村くらいね」

 地図を指しながら、マリオンがつぶやく。マリウスのポケットに潜り込んでいたシルフが「うんうん」と相槌を打った。


 女性は火薬庫だ。マリウスは最近、都市部で炭鉱発掘用の火薬が開発されたという話を耳にした。その火薬の危険性を聞いて、彼が真っ先に思い浮かべたのはこれまで出会ってきた女性たちだ。もちろん筆頭は、すぐ隣にいる姉である。。


 火薬というのは火をつければすぐさま大爆発するらしい。いや、火をつけて爆発するのならばまだ良い。正しく扱えばいいだけだ。しかし、少しの衝撃でも爆発すると言うのだから末恐ろしい。意図せず爆発されたら受け身を取る時間も覚悟を決める時間すらない。これは正に女性そのものだ。気がついたら怒られている。なんて恐ろしい。


 そんなことを考えながら、マリウスはマリオンの指差す地図を覗きこむ。

「あまり大きな集落じゃないみたいだけど、暖は取れそうだね。日が落ち切る前にはつくんじゃないかな」

 コバロス村は、グランノア周辺に点在する小さな集落の一つだ。その昔、ゴブリンと人間が共に暮らしていた村だったが、例の戦争以降、交流は途絶えているという。


 ゴブリンは卑しい生き物だ。残虐な性格で、不衛生。そして極めて反社会的な性格を持つ。乱暴されるから、決して近寄らない。関わってはいけない。

 これは子どもの頃に教わったゴブリン像だ。かの戦争でゴブリンは兵として駆り出されたのもあり、大きく生息数は減ったものの、今だに人間を襲おうと虎視眈々と目を光らせているのだ。


しかし、それがすべて真実ではないことを、マリウスとマリオンは知っている。確かにゴブリンらは容姿こそ妖精さんのように可愛らしくはないが、意思疎通もでき、社交性もある。そうでなければ戦前に共生することなどできはしないだろう。現にマリオンはゴブリンの商人達と何度か交流をしたことがある。大抵の反魔物主義者は交流を隔絶した村や集落、都市に住むものばかりだ。


 会いもしないで、やれアイツはああだの、こいつはこうに違いないなど、どうしてそう決めつけられるのか。妄想の中で戦争をするならば1人でしていて欲しい。そのほうが双方にとって有意義だ。


 二人の歩みがぴたりと止まる。周囲からの殺気を感じたのだ。茂みから姿を現したのはゴブリンだった。数は3……いや、背後にもいる。6以上はいるだろうか。


「危害を加えるつもりはない。ただ通してほしいだけだ」

 マリオンが静かに語りかける。ゴブリン相手ならば、平和的な解決も可能なはずだ。だが、返事はない。ゴブリンたちは、じりじりと距離を詰めてくる。


「会話は? できるよね」

 尚もマリウスは語りかける。再び返事はない。

「もしも庭を踏み荒らしたのなら謝るよ。道を変えるから許してくれないかな」

 三度語りかけも、結果は変わらず。2人とゴブリン達の距離は縮まるばかりだ。


「マリウス、ここは押し通る」

 先に痺れを切らしたのはマリオンだ。彼女は背中に背負う巨大な剣を構える。

 マリオンが構えた大剣は…いや、これは剣と言って良いのだろうか。それは剣というにはあまりにも大きく、そして無骨だ。切断するための刃は丸く曲線を描いており、そして分厚い。切るというより叩き折ることを目的とした武器と言えるだろう。重量で相手の武器を破壊し、戦意を喪失させる。これがマリオンの戦闘スタイルである。


 それに続くようにマリウスも2本の剣を構える。

 マリウスの持つ剣も独特な形をしている。一見普通の剣だが、その刃は丸みを帯びている。切るためではなく、叩く。いなし、かわし、隙を見つけて叩くのだ。相手の武装を叩き落とし、戦意を喪失させる。これがマリウスの戦闘スタイルだ。


 二人の戦闘スタイルは異なるが、目的は一つ

 ――戦意を喪失させること。


 武器を構え、戦闘の意思を伝える。これは2人にとっての最後の平和的解決策である。このゴブリン達がただの野盗であったり、縄張りから侵入者を追い出すことが目的だったりするのならば、ここで退くはずだ。相手は人間と変わらない知的生命体。ここで無理に戦闘をするほど馬鹿ではない。


「ダメだっ!」

 2人の想い虚しく、ゴブリン達は一斉に飛びかかる。振り下ろされる獲物には一才の躊躇がない。マリウスはゴブリン達の攻撃を双剣で受け止め、マリオンは大剣で弾き返した。

 1匹1匹の戦闘能力はさほど高くはない。攻撃をいなし続ければいずれ戦意を失うはずだ。しかし、このゴブリン達は統率が取れている。マリオンが大剣を振り回すと距離を取り、一瞬の隙を見つけ距離を詰めてくる。マリウスが攻撃をいなし、距離を取ると、すかさず他のゴブリンが距離を詰めてくる。2人は徐々に追い詰められていく。


 何度かの攻防の末、マリオンと先頭を繰り広げていたゴブリン達が一斉に後退する。

−どうした? このまま続けていけば体勢を崩せるはずなのに。


 マリオンの困惑に対し、鋭い痛みが答えた。草陰に隠れていた1体のゴブリンが弓矢を放ったのだ。

 矢が突き刺さった場所はマリオンの右肩。あと少しズレていたら胸ポケットにいるシルフに直撃していた。じんじんとした痛みが広がる。首筋に冷や汗が流れる。あのゴブリンも手足れだ。もう二射目の準備を終えている。このままだと的になる。


「シルフ!」

「は〜い」

 マリオンは剣を投げ捨て、シルフに呼びかける。間髪入れず同時に足元から烈風が舞い上がった。同時に矢が放たれる。しかし、そのやじりはマリウスに届く前に消え去った。


 シルフは風を司る精霊だ。大気を自由に操ることができる。人間の魔法使いでも、一定の風を操ることはできるようだが、シルフはその比ではない。しかし、シルフはその魔力を自在に操ることができず、その一撃は極めて殺傷能力が高い。マリウスとマリオンにとって、シルフは止むに止まれぬ場合にのみ頼る最終手段だ。


 見えない風の刃がマリオンを取り囲む。迂闊に攻撃を仕掛ければ、その体は切り刻まれることだろう。


「魔ホウ使イか」

「イヤ、違ウ。同胞ダ」

 これまで一言も発しなかったゴブリン達が言葉を呟く。しかし、その声はマリオン達に向けられたものではない。

 一瞬の静寂。その後ゴブリン達はその場から走り出した。直様マリオンと対峙していたゴブリン達もそれに続く。ゴブリン達は撤退したのだ。


「ここまでやるのか…」

 痛む右肩を押さえながらマリウスがつぶやく。一才の対話を拒否された。いや、それどころか明確な殺意も持って襲いかかってきた。これでは共生どころではないのではない。コバロス村の住民は大丈夫なのだろうか。

「いたい?」

 マリウスの胸ポケットから飛び出したシルフが心配そうに辺を飛び回っている。

「大丈夫だよ。そこまで傷は深くないからね」

「でもたくさん血ででるよ」

「シルフが可愛いからいたくないよ」

「バカ言ってないで、肩出して。最低限のことはここでするから!」

 マリオンは救急セットを取り出し、マリウスの傷口を治療する。ここでは簡易的な治療しかできないが、何もしないよりはマシだ。


 治療を受けながら、マリオンは取り出された矢にを眺める。

 ゴブリン達が武具屋で矢を買うことはできないだろうから、これは自前だろうか。あの様子から見るに、今回のような襲撃は一度や二度ではないはずだ。

 そんなことを考えながらやじりに視線を移す。そのやじりは白く、鋭く尖っていたのだ。

「マリオン、これは…」

 何かの骨だ。石の代わりに骨のやじりに使っている。石や鉄を加工していたものではなく、骨なのだ。グロテスクで悪辣極まりない妄想がマリウスの脳内を支配した。


「とにかく今はコバロス村に急ぎましょう。ちゃんとした治療はそこでお願いしないと」

「いそご。なおしてっていかないと」

 応急処置を終えたマリオンは、荷物をまとめ、出発を促す。


 2人と1匹はコバロス村へと急ぐのであった。

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