コンロイ先生と語る
此処での授業は丁寧で分かり易い様で、初心者の生徒2人共すぐに入門編の一般魔法は使える様になっていた。ペールはとにかく真面目だし、ミント嬢は素養が有るのかも知れない。
その日は各々一定の満足を得て授業を終わった。そして衛士本部にいた頃と違い未だ明るい内に帰宅の途に着く事が出来る。今日の終業後はペールと別行動させて貰う事にし、コンロイ氏の元に残った俺達。
「おや、どうしたのかな、君から私に質問が有るのかい?」
まだ気安い口調のコンロイ氏に、俺はあえて同じ気安さでこう質問する。
「先生は今もドラゴンしか召喚出来無いのですか?」
瞬間、音がしそうな程目に見えて顔色が変わるコンロイ氏。
「何故…、その事を?」
やっとそれだけ絞り出す。手にしていた書類を意味も無く上げたり下ろしたり並べ替えたり。
「俺がこの国に来てから未だ10日足らず、ペールとはたまたま出会った。俺がこの国に来たそもそもの目的の一つはね、貴方に会う事だったんだよ、コンロイ元研究員、いや、コンロイ元王子…かな?」
いじっていた書類を取り落として床にぶちまけるコンロイ氏。
「どど…どうしてそこまで…、誰から聞いたんだね?」
「パンプール魔法学園のマリーヴ・ルーフ教諭からですな。」
俺がその名を出した途端、遠い目になるコンロイ氏。
「それに姉上様、ビオレッタ女王様にもお会いしましたね。」
俺が言葉を発する度に、書類がどんどんバラバラになる。
「そう、俺はこの国に来る前、ザキラムに居たんだ。パンプール魔法学園にね。」
「…元気なのかな、マリーヴは。姉さんの噂は此処でも耳に入るけど…。」
「お元気ですよ。エルフですから多分変わってないんじゃないかな。召喚魔法学科の主任教諭って言ってたと思ったな。」
再び遠い目になるコンロイ氏、忙しい事だ…と、何だか可笑しくなる。
「そんな訳で、俺はあんたの事情はかなり把握しているつもりだ。その上で尋ねたい。あんたは今後どうしたい?」
「…今後…?」
未だ現実に戻り切っていないコンロイ氏に俺は更に重ねて問う。
「此処に骨を埋めたいって訳じゃ無いんだろう?」
「それはもちろん!」
ようやくこっちに帰って来たコンロイ氏。
「戻れるものならザキラムに戻りたい、パンプールに。私にはあそこでやり残した事が有るんだ。人生を、命を賭けてでも片付けなくてはならない宿題がね。」
決然と語るコンロイ氏、さっきまでのどこか諦めた様な雰囲気が今は無い。
実のところ彼の"宿題"には心当たりが有る、そして多分それはもう解決済みだ。でも彼のモチベーションを削いでも仕方ないと考え、敢えて言わないでおく。
「私はこの国で大きな借金をしてしまっている。ただそれはもう収支報告すら有耶無耶で、正直もう勤めは果たしたと思っているんだ。とは言え今の私は事実上軟禁状態、この国から出る事すら不可能だし、出たとしてザキラムに辿り着く方法も無い。何せ文無しなんだ。」
俺が強硬策に出れば彼をザキラムに連れ帰る事が出来るかも知れないと思う。ただそれをやると後が大変だ。ザキラムがビリジオンに弱みを握られる事になるかも知れないし、ペール達にも確実に迷惑を掛ける。まあ、今じゃ無いかな。
「出来うる限りの協力はしよう、マリーヴ教諭のためにもね。ただ俺はこの国の内情に詳しく無い。あなたの立ち位置も推し量れないとなると、出来る事も限られる。」
「この国の内情…か、私の知り得る限りで良ければ…。」
そう言ってコンロイ氏はビリジオンの内情についての説明を話し始めた。
「この大陸では大元帥という立場でずっと魔王様を戴いている。魔王様は何度か代替わりをしているんだけど、現魔王様の代になった時その側近4人を四天王として、大陸全体を魔王様ご自身の直轄領を除いて4分割して統治させたんだ。ジン・レオン様は何年も争い続けていた2つの大国を与えられ、その剛腕で一つにまとめ上げて大陸一の軍事大国として統治なさっている。ザキラムは元から姉のビオレッタが治めていた大陸3番目ぐらいのまあまあ大国だったんだけど、この時に周辺の小国や魔結晶の鉱山都市なんかを併合して元の倍以上の規模になった。エボニアム様は国家の運営なんかに全く興味はない様で、国どころかまともな集落さえポツポツしか無かった大陸東部の広大な手付かずの土地の担当になって、とりあえず一番大きかった集落のど真ん中に居城だけ構えて今のエボニアム国の体裁を作ったらしいけど、運営は部下に丸投げなんだそうだ。そして此処、ビリジオンだが、ビリジオン自体は元々有って歴史の有る国だったんだ。ちゃんと王様もいて、それなりに良い治世だったし、人民にも慕われていたと聞いている。そこへガリーン様が無理矢理押し込まれた格好だ。さすがにいきなり歴史ある王族を廃する訳にも行かないんで、ガリーン様の担当とされた地域の中、ビリジオンを始めとしてその周囲の全ての小国、独立した小都市や村落等をまとめた元老院なんていう議会組織を作ってその議長に収まった。それらの小国や小都市は徐々に、なし崩し的にビリジオンの属国となり、最後は併合された。それ等が進行している真っ最中ぐらいに私は此処に拉致さ…、やって来たんだけど、そりゃもう見事な手際だったね、自主的に王が退いたり、突然後継者が不在になったり、時には王自身が崩御されたり…。そうして今のビリジオンの規模になったって訳さ。国が大きくなるに連れビリジオン国王の存在感は逆に小さくなって行って、私が来た頃にはほぼ空気だったよね。」
「元々の国王って、生きてるんだ。」
その点が意外過ぎたので思わず口を挟む。
「ああ、ご存命だ。まあ高齢だし身体も壊されている様なので、時間の問題という言い方はされているけどね。」
「後継者って居ないのかな?」
「…皇太子様は1人いたね。そちらは事故で亡くなったと聞いている。皇太子様は正妻との間に子供もいないままだった様だね。」
後でネビルブから解説があったが、魔族は人族と比べて子供が出来にくいのだそうだ。長寿では有るが、10年に1人子供を授がれば多い方だという。
「と言うと、今の王様が亡くなっちゃったら現王家は…」
「断絶だね。かなり遠い親戚筋から持って来ることは出来るかも知れないが、求心力が落ちる事は免れない。元老院議長のガリーン様が首長を兼任なさるって線が最有力だ。」
何だか…、ガリーンにとって思惑通りに事が運んでいる、という印象しか無い。
「ガリーン様は周到な方でね、不満分子や反乱分子を炙り出す為に、内部告発推進制度、通称告げ口大歓迎制度を敷いて相互監視社会を構築し、怪しきは大いに罰して反対勢力を封じ込めたんだ。その結果こんな息苦しい国になってしまったって訳さ。」
「反対勢力なんてそんなに有るもんかい?」
俺は特に考えもなく疑問を口にしたつもりだっ た。"体制に対する不満なんてどこででも有るだろ"ぐらいの一般論が返って来るのだろうと思っていた。しかしコンロイ氏は暫く困った表情をした後、かなり声を顰めて話し始めた。
「ここからは情報とは呼べない、噂話程度の話として聞いて欲しいんだがね。」
俺は頷いて耳を側立てる、後ろでネビルブも同じポーズを。
「亡くなった皇太子様、モオス様は実はかなり女性関係にだらしが無かったと言われていたんだ。正妻との子供がいないというのは確かな事らしいんだけどね、その…所謂隠し子がいるって噂が有るんだ。それも側室って事ですら無く、なんなら身分を隠して街でナンパした女性に産ませた子供がいるっていうちょっといくら何でも眉唾な噂さ。その子供をガリーン様が血まなこで捜しているって言うのさ。」
「一国の皇太子が街でナンパ? 確かに眉唾だけど、ガリーン様が捜してるってのは確かなのかい?」
俺もさすがにちょっと呆れながら質問を差し挟む。
「実際に調査員からそれらしき質問を受けたという人の話も聞いてるね。」
「…て事は割と全く有り得ない話でも無いって訳か。」
「そうなるね。」
コンロイ氏との会話はこの後も続いた。氏の此処での立場について、ほぼ軟禁状態で外部との接触は最低限しかなく、定期的に送り込まれる生徒に召喚魔法を教えているのだという。勿論無給、なんなら生徒より立場は下だったりする、という話を聞いて少し同情した。
その他の会話については雑談の域を出ない。寧ろ逆にパンプールの事をかなり聞かれたのだが、滞在期間が短かった事を理由に余り多くは語らず、特に魔結晶絡みの事件のことやドラゴンのことには一切触れなかった。それ等については裏でビリジオンが絡んでいる可能性が高いので、念のため此処では言わないでおこうと思ったのだ。
その後、望郷の念に駆られすっかり言葉少なになったコンロイ氏との会話を切り上げ、俺はペール等の待つ家族寮へと戻る事にする。