召喚魔法研究室での出会い
魔法研究所の最奥に有る召喚魔法研究室、その主任講師であるコンロイ氏は今、俺の言葉に困惑している。
「え…な…嘘?」
「おま…な…何を、」
狼狽するペール。悪いね…とは思う。
「俺達は別に召喚された訳じゃ無い、単なる野良の魔法生物だ。…すまない、魔法生物という事にしておく、正体は未だ明かせない。とにかく、このペールは召喚魔法は使えない、独学とか才能とか、全部嘘だ。恐らく魔法自体使えない。」
俺はいきなり全てをぶっちゃけた。場に気まずい沈黙が流れる。ペールがやおらガバッと頭を下げる。
「申し訳ございません!! 」
そのまま頭を上げる事が出来ないペール。
「…何と…、まあ。」
驚きと呆れと困惑が入り混じった表情で頭を抱えるコンロイ氏、どうするべきか判断に困った様子でしばらく考え込む。
「まあ…、全くの初心者のつもりで教える事なら出来ます。ただ上が思っている様な結果は出ない可能性が有るので報告しない訳にもいかないかも知れません…が、私にそこまでする義理が有るか…?」
色々逡巡している様子のコンロイ氏。ペールは未だ頭を上げない。代わりに俺が更に話す。
「上に報告されると…ちょっと困るかな。ただまあコンロイ先生も自身の此処でのお立場を守らなくてはならないでしょうし、仕方無いんでしょうね。」
という言葉を聞いたコンロイ氏は何やら考え込む。
「私が此処での立場を…、守りたいか? う〜ん…、そうでも無いかな? たぶん面倒臭い話になるだけだよな。うん、報告はやめた! 明日から宜しく、初心者のペール君。」
ここで初めて顔を上げたペール、ちょっとポカン顔。コンロイ氏から握手を促されて慌てて応じるが、暫く状況が掴みきれない。だが徐々に当面最も望ましい状況に落ち着いた事に思い至り、コンロイ氏の手を両手で握り何度も、
「ありがとうございます!」
と繰り返すのだった。
まあそんな感じに挨拶を済ませて家族寮のコイーズの元へ戻る間に、ペールからは猛烈に抗議された。
「あそこでバラすんならそう言っておいてくれよ! 確かに明日授業が始まれば直ぐバレた事だろうけどっ、心の準備ってものがだね…。」
「心だけ準備したところでどうせ君には嘘も言い訳も言えないだろ。だったらぶっちゃけるのは早い方がいいじゃないか。」
俺がしれっとそう答える。
「そりゃそうだけどさ、嫌な汗かきまくったじゃないか!」
このペール、嘘を言って怒られたなんていう経験すら余り無いんじゃないだろうか。
こうして始まった魔法研究所での日々。基本的に所属は元の衛士隊のまま出向扱いという事で、給料は最低ラインのものがそこから出ている。額は大分目減りしているが、家賃が掛からなくなったし、寮の設備が以外と充実しているので生活レベルは寧ろ上がった位だ。
魔法教育はというと、元々のペールの真面目な性格のお陰で基本的な魔法は直ぐに使える様になった。ただ才能についてはコンロイ氏の口ぶりからすると"平凡"という事の様だ。まあ平凡な魔法が"使える"というだけでも大したもんなのだが。
「召喚魔術士が呼び出せる魔物との間には相性が有るんだ。呼び出し易い魔物の種類というのが召喚士ごとに有って、召喚士としての資質が高い程その縛りは強くなる。その分かなり強力な魔物を使役出来るという利点も有るんだ。」
「なるほど! 僕にはどんな種類の魔物が相性がいいんでしょうか?」
ペールが期待に満ちた目をして質問するのだが。
「うん、君の場合…強いて言えば精霊系と相性がいい様だけど、まあそれ程気にする必要も無いんじゃないかな。」
やや困った顔でそう答えるコンロイ氏。まあ、推して知るべしってとこかな。ペール自身は余りピンときていないのか、直ぐまた別の質問。
「コンロイ先生はどういった種類の召喚魔と相性がいいんですか? ひょっとして今も凄い召喚魔を従えているんですか?」
「私は…まあ、ちょっと難しくてね…。」
更に困った顔で答えるコンロイ氏、少し悲しそうですら有る。さすがに空気を読んだかそれ以上追求はしないペール。うん、聞かないであげなさい。
召喚魔法研究室には今丁度ペールしか研究員が居ないという状態だった。余りポピュラーな魔法では無いらしい。しかしペールがここにやって来て3日目に、2人目の研究員が入所して来た。「こんな急に2人も、どうしたんだろうね。」と、コンロイ氏がちょっと嬉しそうだ。やって来たのはペールと同世代であろう女の子、魔族と人間のハーフだそうだ。派手さは無いが、けっこう可愛くしている感じだ。
「今日からお世話になりますー。ミント・ペッパーですー。今の職場の先輩のグイースさんという方が以前こちらで教わっていたそうで、後輩のわたしもこちらでお世話になる事になりましたー。」
彼女が少し間延びした感じで挨拶をする。少しぽーっとして見えるが、視線だけは目まぐるしく動いていたのが印象的だ。
「ようこそ、私が此処の講師のコンロイです、グイース君は私の教え子の中でも特に優秀だったんだよ。君も頑張って勉強してね。そしてこちらが君の同僚となるペール君。」
「よろしくお願いしますー、コンロイ先生と、ペール先ぱーい。」
「や、先輩と言っても僕もここに来て未だ3日目だよ、同輩だよ。ペールでいいよ。」
ちょっと照れた様にするペール。
「えー、でも、先輩は既に召喚魔を連れている様子じゃ無いですか、私まるきり初心者なんですー。」
「あ、いや、これは…」
「そう、俺はこちらのペール様に召喚された僕、魔法生物のボニーと申します。こっちのカラスはネビルブ。どうかご主人共々今後ともよろしく。」
ペールを遮り、俺はそう言いながらうやうやしく挨拶する。
「え…あ…その…」
ドギマギしているペール、特に否定もしないコンロイ氏。
「すごーい! よろしくねボニー。」
「さ、挨拶はこの辺で、事務室で手続きをしようか。」
俺を見て感心しきりな彼女をコンロイ氏が促し、2人で事務室へと入って行く。
「おい、どういうつもりだよボニー! 今度は又嘘つくのかよっ!」
声をひそめて抗議して来るペール。
「本当のところはコンロイ先生だけ知っててくれれば充分さ。女の子の前でいいカッコだってしたいだろ?」
「〜〜〜っ!! 」
ペールは抗議の態度のままだが、もう言葉にすらなっていないのであった。