新天地への旅立ち
この後拠点内の調査を行い、例の惨状を目にして怒りを覚えながら、他に潜伏している者がいない事を確認し、消耗し切った状態で本部へと戻る。
当然の様に空振りであった他の捜査班の者達は、ペール達のボロボロの姿を見て全てを理解し、討伐成功の報告に驚き、功労者達を褒め称えた。
たった3人で3倍の数のワーウルフと戦ってこれを下し、全員が生きて帰った事は衛士仲間の中で驚嘆と称賛の的となった。特に衛士になって間も無いペールの活躍は、独学で身につけた(という事になっている)召喚魔法の有用性と相まって、暫くの間かなりもてはやされた。それと逆に、全く戦果を挙げられなかったグージョン小隊長の株は駄々下がりだ。ただでさえ評判が下がったところに、日頃の素行の悪さに関する報告が続々と上がって来る始末。どうやらペールに対する理不尽な扱いなど氷山の一角だった様だ。数日後にはペールの小隊の隊長は別の者にすげ代わっていた。
ただこの頃になると、ペールに関しても芳しく無い噂を耳にする様になって来ていた。曰く、いい気になっていて傲慢であるとか、天狗になって業務に関して不真面目であるとか。そもそも今回の活躍が全く自分の実力によるものでは無いと思っているペールは、褒められるとむしろ居心地悪そうにしていたくらいなのだ。中にはペールの連れている召喚魔は見かけ通り性格が悪く、見えないところで悪戯ばかりしており、時には洒落にならない悪さをする事も有る、なんていう報告まで上がっているらしい。無論言いがかりだ。
どうも政策として告げ口が推奨されているこの国にあっては、良しに付け悪しきに付け目立ってしまうと碌な事が無い様だ。ペールに対する根も葉も無い誹謗中傷は始まって2〜3日で無視出来ない程大きくなってしまった為、ある日大隊長からの呼び出しを受け、大隊長室へと出頭する事になるペールだった。
部屋に入って行くと、そこにはもちろん知った顔、ブロンゾ大隊長の姿が有った。
「やあペール、呼び出してすまんね。」
あの拠点捜索以来個人的に声を掛けてくれる事も多くなった大隊長が、気安い感じで招き入れ、着席を促す。
「いえ、ご心配をお掛けして申し訳有りません。」
先ずは謝罪の言葉を告げるペールだが、下を向く事はない。
「呼び出した理由に付いては心当たりが有る、という事でいいんだろうね。」
「僕に関して流れている良く無い噂についての真偽を確認されたい、という事でしょうか。」
問いに対しても明快に答えるペール。
「少し違うな。確認するまでも無く噂は根も葉も無いものだと理解している。そこまで目は曇っていないつもりだ。」
「…有難うございます。」
大隊長の言葉に少しうるっとなるペール、やっぱり気にはしてたんだなあ。
「問題なのは寧ろ今君が誹謗中傷を受ける程目立ってしまっているという点だ。それは君としても本意では無いだろう?」
「…おっしゃる通りです。」
ん? 目立っちゃうと今回みたいに悪い噂をたてられ易い、それが問題だ…って意味だよね?
「それと噂の中には単なる言い掛かりばかりでは無く、根本的な疑念を提示して来たものも有る。曰く、ワーウルフを一撃で殺せる程の強力な召喚魔を自己流の召喚魔法なんぞで制御し切れるのか、弾みで制御を外れてしまったら大変な事になるんじゃないか…といった懸念が有ると言う事だ。」
「…もっともなご意見だと思います。」
ワーウルフの拠点での死闘の有ったあの日の晩、ペールが俺にこんな風に話し掛けて来ていた。
「なあボニー、お前、まだ色々と僕に隠してる事、有るよね?」
…その時はペール自身が余りに疲れていたので有耶無耶になったが、俺に対して"信用し切っていいんだろうか"という思いは有ったのだろう。大隊長に投げ掛けられた懸念に対し、絶対大丈夫ですと言い切る事は出来なかった様だ。
「そこでだ。」
大隊長がここからが本題とばかり身を乗り出して来る。
「私からの提案なのだが、首都ミリードには国立の魔法研究所が有る。そこでは国中から魔法の才能が有る者を集めて様々な分野の魔術師を育てているんだ。その中には召喚魔法を教える教室も有ると聞く。そこへ入ってみてはどうかと思うのだが。」
「首都…ですか。」
「首都とは言っても魔法研究所が有るのは郊外だ、そう目に付く事も無いだろう。それにあの中なら召喚魔ぐらい連れていたって珍しくも無い。あそこできちんと召喚魔法を教わって、より強力にするといい、その日の為にな。」
大隊長の提案は、唯の新米の一兵卒に提示する内容としては中々に手厚いと感じた。やっぱり共に命懸けの戦いを生き延びたという仲間意識からだろうか。でもそれに対しペールは少し難色を示す。
「姉を…、コイーズをどうするべきか…。1人置いて行く訳にはいきませんし。」
「研究所には所員用の家族寮も有るはずだ。一緒にお連れするといい。入寮は定員や条件が有るだろうが、口をきいておいてやろう。なあに、多分あと少しの辛抱だ。」
そこまで言われてやっとペールの顔に安堵の色が差す。…あと少しってのは何の事だ?
「そうさせて頂ければと思います。何から何まで有難う御座います、僕の召喚魔の為に…」
立ち上がり、深々と頭を下げるペール。
「なに、ボニー君がいなければ私もグージョンも、君だってまず間違い無く生きてはいなかったんだ。これくらいの便宜は受けて当然だとも。さて、そうと決まれば早い方がいい。今日はもう帰って転居の手筈を整えるといい。明後日は丁度週末だ、その日には移れる様に手配しておこう。」
この後何度も何度も礼を言ってから大隊長室を辞し、帰路に着くペール。帰ってから姉のコイーズに事情を話すと随分驚かれた(そりゃそうだ)が、転居が最良の策だという認識は同じな様で、ペールと一緒に早速準備に取り掛かる。
いくら早い方がいいと言ったって、1日2日で引越し準備って…と思ったりもしたが、そもそも彼らの持ち物は少ない。服と食器が各自大カバン一つづつのみに、寝具に炊事洗濯掃除用具、他は小物ぐらい。家電製品はもちろん無いが、家具も造り付けのもののみだった様で持ち出しは無し、引越しの荷造りは気が抜ける程あっさり終わったのだった。
2日後、大隊長がご厚意で手配してくれた荷馬車に乗り、少な目な見送りに手を振りながら、顔見知りの衛士が開けてくれた町の通用門から旅立って行くペール一行。そのままそれなりに整備された街道を荷馬車で進む。大きな街と街を繋ぐ主要な街道であるこの道は通る者も多く、ほとんど危険はない。
そうして荷馬車に揺られる事丸一日程度、規模だけで言えばキミリードの2〜3倍という都市が見えて来た。大きな街なのは間違い無い、しかし何故か華やいだ感じは全く無い。キミリードでも感じた陰鬱という印象が此処では更に顕著だ。キミリードで過ごした経験から何となくその理由は想像が付く。この国では目立ってしまうと碌な事にならないという現実が有り、全員息を潜める様にして暮らしているというお国柄なのだが、それがここでは地方都市以上に人々の生活に影を落としているのだろう。何とも言えぬ閉塞感が街中に蔓延してしているのだ。
大隊長が紹介状を持たせてくれたお陰で入国は滞りなかった。荷馬車はそのまま郊外へと向かう。元々 街の規模の割にそれ程多くはない人通りが更にまばらになり、民家や商業施設も見なくなった。何の為のものか良く分からない施設が居並ぶ中、特に閉鎖的なイメージの建物に横付けする荷馬車。建物正面には控え目に、"国立魔法研究所"の表記が有る。
守衛も大隊長の紹介状を見てすぐにペール達を中へ通してくれる。そして先ずは家族寮へと案内され、つい最近片付けたばかりの様な部屋に荷物を運び込むペール達。荷解きなどをコイーズに任せ、所長を始め色々な人々に挨拶回りのペール。そして最後に彼が所属する事になる召喚魔法の研究室へと向かう。
案内された通り、通路をどんどん先へ歩いて行く、どんどん…。窓が少ないせいか薄暗い通路、休日という事で余り人を見掛けない。閑散とした通路をひたすら奥へ。気のせいか、閑散どころかだんだん寂れて来た様にすら感じる、床も壁も造りが悪くなって来たし、壊れた箇所の修繕も疎かだ。そしてやって来た召喚魔法研究室、看板が無ければ物置にしか見えない。
「ここに担当の講師の方が常駐していらっしゃるという話だけど…。」
さすがの前向き少年のペールも少し入るのを躊躇している。元々怪しい雰囲気の研究所内でも、ここはとりわけ廃屋みたいな設備外観と相まって、何だか幽霊屋敷の様だ。
「ままよ!」
意を決して扉をそっと開くペール、勢いよく開けると扉が壊れてしまいそうだ。
「失礼いたします、明日からこちらの研究室でお世話になります、ペールと申します!」
入室して直ぐにそう言って頭を下げるペール。部屋の奥に人影、顔を上げ、振り返り、椅子から立ち上がる。中年…いや、くたびれた雰囲気がそう見せるがもっと若いかも。でも長寿な種族ってだけで年齢はいっている…のかもな? 線の細い、長身の、魔族の男。こちらを見て微笑みを浮かべるが、目に光が無い、まるで人生を全て諦めてしまっている様なそんな虚ろさをたたえている。
「やあ、ペール君…だね、指示書は貰ってるよ、ようこそ召喚魔法研究室へ。私がこの召喚魔法研究室を任されている、講師のコンロイです。」
覇気の無い声でペールを迎えるその男、コンロイ氏。どこか俺の知る人物の面影が有るが、高圧的なオーラは全く無い。
「よろしくお願いします。」
そんなコンロイ氏に歩み寄って行くペール、俺とネビルブもそれに続く。ペールと軽く握手を交わした後、俺に目をやるコンロイ氏。
「なるほど、連れているのが資料に有るペール君の召喚魔だね、ボニー君とネビルブ君かな、ペール君が独学で身に付けた召喚魔法で呼び出したそうだね、すごいじゃないか。」
ペールに賞賛の言葉を掛けるコンロイ氏、居心地悪そうにするペール。そんな中俺はペールの肩の上にスッと降り立ち、コンロイ氏を真っ直ぐに見ると、こう言い放つのだった。
「ああ、その事だがね…、嘘だ。」