いざ、ワーウルフの拠点討伐
“少数精鋭"の俺達グループがやって来たのは町外れのうら寂れた酒場。そう広くは無さそうだし、朽ちかけた入り口の扉は開け放し同然で、なるほど到底秘密のアジトに向いているとは思い難い。酒場じゃ店主だっているだろうし。
という訳で、やや弛緩している小隊長とペール。だがブロンゾ大隊長だけは警戒を崩さない。真面目な人なのかなあ…くらいに思っていたが…。
「客が多過ぎる。こんな真昼に、こんな店構えと立地で。」
呟く様に語る大隊長の感想に、そう言えばと緊張を取り戻す部下2人。
間も無く正午になる。街中で鳴る正午の鐘が、一斉捜査開始の合図だ。もし此処がビンゴだったら…、あの人数が全て敵だったらとても対応出来ないぞ。この辺りに関する危機感を部下2人がどれだけ感じ取ってくれているやら…。
ゴーーーーーン………
鐘が鳴った! 動き出す男達。名誉挽回のつもりか、率先して酒場へ入って行くグージョン小隊長、そして叫ぶ。
「衛士隊の査察だ。全員その場で動くな!! 」
一斉に振り向く酒場の客達、ざっと10人弱。注目を集めた状態で、やおら円盤状の鏡の様なものを頭上に掲げる小隊長。その円盤がボゥっと光を帯び始めると、突然辺りの様子が変わる。客全員に店主までもが変化を始めた。それは1度見た事の有る変化だ。鏡の様な円盤はライカンスロープの正体を暴くための魔法道具なのだろう、そしてこのアジト候補地は大当たりだった様だ。あっという間にワーウルフだらけとなる真っ昼間の酒場、入る時の勢いは何処へやら、自分が今如何に絶望的な状況に置かれているか分かって来るにつけ、血の気を失い魔道具の円盤を取り落とす小隊長。気付けば後方にも回り込まれ取り囲まれている。隊長達は今度はちゃんと用意して来た銀の剣を構えるが、小隊長の方はもう大分涙目だ。俺もペールが抜いた普通の剣に魔力を付与してやる。
「おい、こいつら、たった3人だぜ。外にももう誰もいねえ。」
「なんでえ脅かしやがって、査察だぁ? 3人きりでどうしようってんだコイツら。」
「へっへっへ…、丁度今飯時だ。昼飯が自分の方から飛び込んで来てくれたって訳だ。」
オオカミ共がガウガウとそんな会話をしている。
「何だよ…、こいつら、何か話してやがるのか?」
そう言いながらビクビクへっぴり腰で震えている小隊長。そうか、オオカミ共が話しているのはちょっと癖が強いがドラゴン語だ、俺は最近分かる様になったが衛士達には唸り声にしか聞こえないのだろう。
そんな腰が引けた小隊長が最初に狙われた。彼に飛び掛かる一頭のワーウルフ、その爪を辛うじて剣で受け止める小隊長。これを皮切りに一気に襲って来るワーウルフ達、1人に対し3頭掛かり、絶体絶命のシチュエーションだ。案の定あっという間に追い詰められるペールと小隊長、俺も慌ててエボニアム・サンダーによる牽制をかける。だがそんな中一人気を吐く大隊長、1対3で全く引けを取らず、何なら部下2人への加勢までこなし、1頭、2頭と行動不能にしていく。大隊長を張るだけ有って、この人凄いんだ…、と感心したが、暫くすると急に勢いが止まる。部下2人が対応しきれない分を新たに受け持って3頭を相手にし、何とか互角に立ち回っているが、スタートダッシュの勢いが既に無い。
「あ〜まずいな、やっぱり年齢的にスタミナが保たないか?」
「それも有るでしょうグワ、銀製の武器ってのはそもそも装飾品の意味合いが強い物ですクワらな。たまたまライカンスロープには効いたというだけで、実用性は怪しいところです。重いわ刃こぼれはするわ、長期戦では部が悪いクエ。」
俺のつぶやきに答えてのネビルブの解説。そう言えば今は1対2で何とか凌いでいる部下2人だが、実力は多分小隊長の方が上なのに戦況はペールとどっこいどっこいに見えるのは、武器の差なのかも。実際両隊長の剣は何度も敵を捉えている、だがほぼもう決定打となる事は無い。動きも徐々に悪くなって来ており、状況は正にジリ貧だ。
こりゃもう…仕方ないかな。俺は暫し逡巡し、そして決断した。ペールの目の前のワーウルフ2頭に対し、エボニアム・サンダーを発射する、但し、これ迄の牽制モードで無く、ほぼ本気モードで! 良く見ていれば気付くぐらいだった雷光が、今回は誰からもはっきり分かるレベルの稲妻となってほとばしり、その直撃を受けたワーウルフは、身体中の毛を逆立て痙攣したかと思うと、口から鼻から耳から蒸気を吹き出しながら仰向けに倒れ、動かなくなった。もっとパワーを上げれば水蒸気爆発を起こすのだろうが、狭い空間内なのでそこは加減したのだ。この突然の出来事に暫し理解が追いつかず呆然とする一同。
最初に我に返ったのが大隊長で、勢い付いて後退していた前線を押し返す。俺は引き続き、ペールの相手に回って来た1頭にサンダーを打ち込んで仕留める。するとさすがに最大の脅威と認識されたか、2頭のワーウルフが直接俺に飛び掛かって来る。小さいのを利用してスイスイとこれをすり抜けると、更に1頭をサンダーの餌食にする。もう1頭の方は、気付けばフリーになっていたペールが追い縋って切り付け致命傷を負わせている。最後はサシの勝負となっている両隊長に加勢する形で、ペールがその剣で一頭づつ仕留めていって終了となる。
「や…やったあぁ…」
剣を杖代わりにして肩で息をするペール、へたり込んで立ち上がれない小隊長、未だ慎重に全体の様子を伺いながらも壁にもたれて呼吸を整えている大隊長。どうやら決着は着いた様だ。この時点で何頭かのワーウルフにはまだ息が有り、命乞いをする者もいたが、大隊長がペールから剣を借りると、サクッサクッと止めを刺して行った。
「人の味を覚えてしまったワーウルフはもうどこまで行っても人類の天敵だ。反省して人を食わない様になった例はない。」
ペールに剣を返しながらそう語るブロンゾ大隊長。尚、その時感じた少し可哀想かな…という気持ちは、この後の捜索の際店の奥から大量の人骨が発見された時に霧散したのだった。
「とりあえず2人ともご苦労だったね。こちらの3倍もの人数を相手する羽目になろうとは、見通しが甘かったと言わざるを得ない。済まなかった。」
そう言って頭を下げる大隊長。
「い…いえ、そんな事は…」
さすがにおべんちゃらを通す気力も無い小隊長。
「いや、今回はこちらが全滅していてもおかしくなかった。私の判断ミスだ。怪しいと思った時点で突入するべきでは無かった。」
実際勝ちはしたものの3人共ボロボロだ。ペールもへたり込んだままの小隊長も暫くは動く気力も無い様子。大隊長も酒場の椅子を引き寄せて腰掛け、そのまま一休み
「ボニー君だったかな、今回の功労者は間違い無く君だ。全員が無事だったのは君の働きのお陰だ。有難う!」
まあ確かに、半数近くを俺が仕留めてしまっている。ちょっとやり過ぎだったかもとすら思う。
「いやなに、俺の働きは召喚者であるご主人、ペール様の働きですよ。」
謙遜と、少し思うところも有ってそう答えておく。
「確かにそうだ、良くやったペール。」
褒められた本人、キョトン。
「どど…どういたまして…。」
何かキョドッて変な返しをしている少年衛士。かっかと笑う大隊長。そんな様子を見ながら、点数を稼げなかった小隊長は一人苦々しい顔。死ななかっただけめっけもんだろうに…。