討伐部隊、出撃
やがてそのまま本部へと帰り着く一同。もう隠れる必要も無いので俺達も一緒に中へ。思った程好奇の目を集める事は無かったが、何だそれはと聞き咎める先輩衛士?は何人かいた。その度に「召喚魔のボニーで御座います!」と、おどけた口調で答えると、中にはふざけていると怒る者もいたが、概ね面白がってくれた。
昼食後(お姉さんの持たせてくれたお弁当、美味しゅうございました)。本部の中でのペールは相変わらずクルクルと雑用に奔走しており、休む間も無い。
さすがに医療室の職員がきちんとした手当てをさせろと隊長に文句を言うが、配慮される様子は無い。簡単なお使い程度は手伝ったりもしたが、勝手の分からない事務仕事は手の出し様も無く、升目いっぱい働くペールを見ている事しか出来ない。
そうして今日の業務も終わりに差し掛かろうかという頃合、ペールが俺達についての報告書をどう書くべきか頭を抱えていると、
「おいペール、ちょっと来てくれ!」
昼間の巡回チームの1人がペールを呼びにやって来る。
「はい!」
ペンを置き、直ぐ彼に付いて行くペール。やって来たのは会議室らしき部屋。中へ通されるとそこには昼までいっしょだった巡回衛士隊チームの隊長以下全員が揃っており、最奥には初老の男性を中心に、たぶん偉い人達が着座している。
ペールが俺達を連れて入って来たのを確認して、初老男性が口を開く。
「さてもう一度聞くぞグージョン小隊長、君がそのワーウルフに止めを刺したと言ったな。」
「え…ええ、そうです。」
「しかし妙だな、銀製の武器が貸し出された記録が今日は全く無いらしいんだ。此処に有る武器でワーウルフに通用するものというとそれしかないはずなのだがな…。」
なるほどね、この隊長、又ペールの手柄を横取りしようとして嘘の報告をして、それがバレかかっているんだな。
「それは…あの、先に申請を出すのを忘れておりまして…、それで記録されていないのか…と。」
苦しい言い訳の隊長。嘘に嘘を重ねてドツボにはまるパターンだ。
「それはそうとグージョン小隊長、ワーウルフなんていう強敵と死闘を繰り広げたにしては、君は切り傷の一つも無い様だね、今入って来た若い衛士君の方は随分と傷だらけの様だが…。」
「こ…こいつは、ペールは、未熟者なんで、無警戒に先行して突然正体を現したワーウルフに一方的にやられた次第でして…。」
「はて、先程は君が最初にワーウルフの正体に気付いたと言ってなかったかね?」
「あ! う、そ、それは…」
ほうら見ろ、もう破綻した。なかなかまともそうな初老男性の追求に、完全に馬脚を現した小隊長は観念したのかこの辺りですっかり意気消沈、青い顔で下を向いて黙ってしまった。
「さてペール君、そろそろ本当の報告が聞きたいんだがね、実際にワーウルフに対応したのは君…で間違い無いかな?」
「え…いえ、その…」
「もういいから、真実を話したまえ、悪い様にはしない。」
初老氏に強く促され、観念したペールがハイと答える。
「ところで、君の連れている小さい従者君達の紹介をしてくれるかな。」
「あっ、これは、僕の召喚魔のボニーと、こっちがネビルブといいます。」
今日ここで何度も俺がそう自己紹介して来たので、ペールもスラスラとそう答える。
「召喚魔…やはり! そしてそのボニーかネビルブのどちらかが、武器への魔力付与が出来たと言う訳だね!」
「…その通りです。」
「なるほど、ワーウルフを退治したと言う報告自体は嘘では無かったかも知れん。」
ん? 報告…自体は?
「ワーウルフの死亡は確認したのだろうね?」
「え?」
思っていなかった質問に、暫し逡巡するペール。
「それまで暴れ回っていたものがすっかり動かなくなって息も止まっていましたので、死んだのだろう…と思い込んでおりましたが、しっかりと確認したかと言われると…。」
「まあ、君自身は激しい戦闘の直後で落ち着いて確認作業など困難だったかも知れん。小隊の中で誰も代わりにそれをしてやった者はおらんのかね?」
初老氏に問い掛けられ全員下を向いて口籠る小隊の先輩一同。
「すみません、事情が良く飲み込めないのですが…。」
おずおずとペールが質問を返す。俺も同感だ。
「君達の報告を元に処理班を派遣したんだがね、無かったんだよ、ワーウルフの死体が。」
「え?」
驚愕が走るが、今までされた質問の意味も分かった気がした。
「戦闘の痕跡や血痕などは確認された様だが、肝心のワーウルフの死体がそこに無かったと言うのだ。」
「貧民街の住民達が食っちまったとかじゃ無いんですクワ?」
場の張り詰めた空気をものともせずに、ネビルブが口を挟む。
「それがどうも住民達の様子も妙らしくてね。何かに怯えていると言うか、とにかく皆んな何も見ていないの一点張りで、何一つ情報を引き出せ無かったらしいのだ。」
「…それって…。」
初老氏がそう説明するのを聞き、思い当たる答えは多くは無い。最初疑われていたのはそもそも退治の報告自体が狂言だったのでは無いかという線だった様だが、ワーウルフに対し有効な攻撃方法をしっかり持っており、最低でも動かなくなるところまで追い詰めているという点も信用して貰えた様だ。となると、改めて住民達を怯えさせているものは何か? となれば、潜伏していたワーウルフは実は1人では無かった、と結論付けるしか無いだろう。死体も仲間が片付けたと考えられる。
「他にも潜伏してる奴がいたんだとしたら、あそこの住民達が危ない!」
俄かに焦った様子になったペールが叫ぶ。初老氏も同意して頷く。
「だがさすがに君は今日は休んだ方がいいな。件の街には直ぐに調査部を向かわせよう。報告ご苦労、君は今日はこれで帰りたまえ。あ、医療室には寄りたまえよ。職員から陳情が来ていたからね。」
この初老氏は随分とまともな人だなあ等と思いながら、後ろ髪を引かれてしょうがないという顔をして退出するペールに付き従う。
会議室を出た途端緊張の糸がほぐれてどっと疲れた顔になるペール、今日は大人しく帰らせて貰う事にした様で、言われた通り医療室で小隊長への文句を聞かせられながら治療を受けた後、帰り支度をして、足取り重く帰宅の途に着くペール。
日の暮れ掛けた時間では有るが、この日の衛士本部はまだまだ慌ただしく動いていた。
よく眠って次の日、心配げな表情のコイーズ姉さんに見送られながら家を出るペール。昨晩帰宅した際にはペールがあまりにも傷だらけなので随分慌てられたり嘆かれたりしたっけ。
ワーウルフの件は衛士隊本部挙げての騒動となっており、今は調査部が出て捜査を進める中、ペールの属する警ら部は昼夜通して街の警備を強化しているといった具合。ペールの先輩達はあの後も帰して貰えなかったらしく夜通し見回りをしていた様で、ペールが別チームと共に見回りに入ったのと交代に、ヨレヨレになって帰って行った。
見回りでは特に何事も無く、気付けば既に1日が終わろうとしていた。まあ今日は終日街中に衛士がうろついているのでその辺のチンピラさえ悪さをしようとは思わないだろう。
本部に帰ると既に調査部の報告が上がっていた。さすがは諜報を武器とするビリジオンの調査部、仕事が早い。報告によれば、街の中に潜伏するワーウルフはやはり複数人おり、コミュニティを形成している程なのだそうだ。今回見つかったのはその末端の1人に過ぎず、そいつがいなくなった地区はすぐさま別の者の縄張りに組み入れられた様子だと言う。
報告にはコミュニティのアジトが置かれている可能性の有る候補地十数箇所も挙げられていた。恐らくその幾つかは誤情報か意図的な偽情報…ダミーであり、ダミーのアジトに打ち入ってしまったら、その間に逃げられてしまうだろうと予想が出来た。と、いう事で、幾つか有る候補地を一斉に捜索する段取りとなった。隊を幾つかの班に分け、10箇所以上有る候補地全て同時にガサ入れするという計画である。
有力とされる候補地程割かれる人員は多くされているので、ひょっとしたらというレベルの場所を担当させられるのは数人程度のグループとなってしまう。ペールが割り振られたグループもその一つで、ペールを入れてもたったの3人という編成。因みに後の2人はペールの属する小隊の隊長のグージョン、そして何とあの初老紳士、昨日あの後ペールに聞いたところによれば、警ら部を束ねる大隊長のブロンゾ氏という方らしいが、この3人でのグループという事だ。何でこんな余り物みたいなグループに大隊長が?と不思議に思うが、どうしても頭数が必要となるに当たり自分も事務机の側を離れて現場に赴く事にはしたものの、次官達に老体を心配されて最も荒事の無さそうな箇所を割り当てられたのだ…と本人はうそぶいている。
まあ大隊長に小隊長に、今回1番の功労者。少数精鋭…と言えなくも無いか。