ティムール2
ティムールが「機を見るにおいて敏」というのは、先話『ティムール』で紹介した成り上がりのきっかけからも読み取れる。
このときの彼は、一方では主のアミール・ハーッジーの逃走を助けつつも、他方でとんぼ返りし、侵攻して来た敵国(東チャガタイ・カン国)のトゥグルグ・カンに忠誠を誓うという動きをなし、見事、キシュの領主を得た。彼らバルラスは遊牧勢なので、城市には常駐せず、営地を移動して暮らすのが常なので、実質的にはバルラスの首領として認められたと考えて良いだろう。
ところで、このときティムールの属する西チャガタイ・カン国は異なるチャアダイ家の者をカンに推戴している。他方で、敵国とはいえ、トゥグルグ・カンもチャアダイ家の者である。
そもそもバルラスは常にチャアダイ家に臣従すべき立場ではある。しかも、それがチンギスの命令によるとなれば――バルラスの祖たるカラチャルをチャアダイに与えるとの――永代に渡って守るべきとさえいえるものである。なので、ティムールの行いは、あながち間違いともあり得ぬともいえぬ、微妙なところのもの、少なくともチンギスの命令には逆らっておらぬとの言い訳が立つ、いわばグレイ・ゾーンを目ざとく利用した行いではあった。
このあとを少し記そう。
侵攻軍が帰ったあと、主のハーッジーが戻って来てしまい、仕方なくティムールは領主及び首領の座を明け渡す。そののち、トゥグルグ・カンが再度侵攻して来る。このように何度も侵攻して来るというのは、遊牧勢の典型的な攻め方である。そうやって敵国の戦力を衰えさせ、自国の権威を高め、敵陣営中の造反をうながす。
チンギスのホラズムへの遠征のように一度で滅ぼすというのは――しかもおよそ7年にも及ぶ長期間の――これは言うまでも無く故郷のモンゴル高原からあまりにも遠かったからであるが――むしろ例外といえる。
またまた、主のアミール・ハーッジーは逃げ出すのだが、今度は、その途上で殺されてしまう。そして、ティムールは、トゥグルグ・カンにより領主及び首領の座に復権する。
こうしてみると、ティムールのなした最初の率先臣従がいかに重要なものであったかが良く分かる。これにてトゥグルグ・カンの確かな信頼を得たのである。
他方、トゥグルグ・カンから見れば、ティムールの存在はありがたいものであった。モンゴル系の遊牧勢は直接支配を嫌う。バルラスはあくまでバルラスに治めさせ、その首領が己に忠誠を誓う。これが最も望ましき統治方法であった。
こののち、東チャガタイ・カン国が派遣したカンの息子のイルヤス・ホージャに、ティムールは仕える。やがては自らの野心により離反するとはいえ。
彼ら遊牧勢は城市や都市に集住しない。なので、これらを守るためにその領主の下で戦うということはない。戦のときは、高貴な血統の下に集うのである。そして、その軍勢の多寡が権勢の源になるのは、明らかであろう。ティムールのような、バルラスの傍流で生まれた人間が、血統を極めて重んじる遊牧勢の中でのし上がって行くには、ここで述べた如くの才覚が不可欠であったのだろう。
ところで、バルラス氏族そのものは、チンギスと共通の祖先――母アラン・コアと父「日月の精」の子ボドンチャル――を持つと伝えられる名家である。