第4話 反社の保護者
保育士何年目かの時に、また2歳児のクラスで主の担任をすることになった。今回のクラスには新卒の先生も入り、初めて後輩ができた年でもあった。
そして、新年度から2歳児クラスに新しく入園してくる子が何人かいた。
園長が僕たちを呼んだ。園長は真顔だった。
どうやら新入園児の中に児童相談所がマークしている家族がいるらしい。
父親も母親も僕より年下で、なんと父親は脅迫か何かをして、執行猶予中とのこと。どうやらそっち系らしい。
やっば~っと思った。こわ~いと思った。身近で執行猶予という言葉を初めて聞いた。
僕は粗暴な人と、声の大きい人、車の運転マナーが悪い人が苦手だった。
今回のクラスでは、僕が一番ベテランで、頼れる人もいない。
「ほら、先生、ボクシング習ってるじゃん。大丈夫」と園長が僕を励ましたが、勝てる気がしないし、そもそも子どもの前で殴れるわけもない。
数日間、足が震えたまま、入園式当日を迎えた。
お父さんの見た目はそのままだった。すぐにわかった。他にいないだろこれ、というくらいわかりやすかった。そりこみあるし。まゆ毛ないし。漫画のようなベタ具合だった。
お母さんはいかにも若いママという感じだった。茶髪で、胸の谷間が全開だった。
しかし、話してみるとのんびりしていて、アニメのキャラみたいな声をしていた。決して悪い人ではなかった。
その子どもは僕が担当した。その子は女の子だった。べちゃっとした顔をしていて美人ではないけど、とてもかわいらしかった。
しかしその子、少し発達が遅れていた。
語彙が「自分の名前」「うん」「いや」だけなのである。
こちらの話すことは理解してくれる。しかし、怒るときも自分の名前を言いながら怒り、泣くときも自分の名前を言いながら泣く。喜ぶ時も同じく。
気持ちを言葉で表現できないから、他の子を噛む。とにかく噛む。
「他の子をかむなら、先生をかんで~」と言うと僕を噛む。
しかし、よしよしすると落ち着く。ナウシカか俺は、と思った。
その子の布団も、服も、髪の毛も、全てタバコの匂いがきつかった。
子どもの前でも気にせず吸うんだろうな。にしても、こんなに匂いってつくのかしら。というくらい毎日タバコの匂いがついていた。髪の毛も身につけてるものもきれいだったけど、匂いはすごかった。
お迎えはお母さんが来ることがほとんどだったが、たまにお父さんも迎えに来た。
僕は開き直った。ここはあえてタメ口でいこうと。もう自分のキャラを信じてごり押そうと。
その父母は二人ともパチンコをしていた。僕も学生時代はパチンコをしていたし、やめた後もケーブルテレビでパチンコの番組をたまに見ていた。
まずはその話で距離をつめた。
そしたら、保育士なのにパチンコに詳しい僕に二人はうれしそうにしてくれた。
タバコの話もした。「何の銘柄吸ってるの~?」と。
そこからさりげなくタバコのことも注意した。結局、変わらなかったけど。
思い切ってお父さんに執行猶予の話もした。「気をつけなさいよ」とまで言った。お父さんもまだどことなく若さというか、幼さがあって、保育園では普通に話してくれた。
もしかしたらかわいくて無邪気な2歳児の集団を前にして、牙を抜かれていたのかもしれない。意外と他の子どもに絡まれても、普通にリアクションしてくれていた。
特にお母さんは僕に気を許してくれた。僕はよくお母さんに色々と説教をしていたのだが、それがうれしかったそうだ。そりゃそうだ。かなり心配だったもの。
ちなみに胸の谷間のことも説教した。それでも変わらなかったけど。
そんなこんなで秋の終わりまで過ごしていたが、ある日、僕は園長に呼ばれた。
なんと、その子が転園するとのこと。
何でですか?と聞くと、園長はこう言った。
「父親が暴力沙汰を起こして、逮捕されたらしい」
しかも執行猶予中だったから、もう実刑である。
お母さんと子どもは実家に帰ることになったそうだ。
せっかくこの子も落ち着いて過ごせるようになったのにな…。この子なら、環境次第でのびるはずなのにな…。と、残念だった。
結局、その子は語彙があまり増えずだった。あまり家で会話してなかったのかな。それも説教したのにな、と悔しかった。
その子の最後の登園日、僕は全力で手作りしたアルバムを渡した。
最後にお母さんが、
「先生、私と連絡先交換して~」
と、言ってきた。
「そういうの禁止されてるんです~」
と僕は軽やかにかわした。別に卒園したり、保育園が変われば禁止はされていないけど。
いつか出所したお父さんに、報復でもされたらかなわんからな。