延長保育のチャイム
僕が働いていた頃、保育園に延長保育が新しく導入された。今では当たり前になった延長保育だけど、当時は勤務体制がごちゃごちゃになった記憶がある。
僕の保育園の延長保育は18時15分からだった(多分)。いや、30分だったかも。
子どもが延長保育になった場合は、毎月の保育料とは別で、保護者は1回200円払う必要がある。
僕は園長から、新しく注文した延長保育専用のアラーム付き電波時計(文字盤)を渡され、「いいか、この時計のアラームを設定しろ」と命じられた。この時計のアラームが鳴った時点で延長保育料が発生する。問答無用で。アラームが鳴るまでにお迎えに来ていればセーフだ。
ここでややこしかったのが、延長保育を行う場所だった。遅番までは乳児は2階、幼児は1階で過ごす。遅番の先生が帰るときに1階の幼児を2階に連れていき、その日の延長保育担当の先生に幼児を託す。
つまり、延長保育は2階で行われるため、保護者が保育室にたどり着く時間がちょっと遅れるのだ。
このせいでよくあったのが、保護者が園の門を入って、園舎に入った瞬間や、階段を上がっている途中でアラームが鳴るということである。
こちらとしては2階にいても、門が開く音で「あ、お母さん帰ってきたね」とわかる。しかし、保護者が保育室にくるまでにアラームが鳴ってしまうと、僕も延長保育担当のパートの先生も保護者も「なんてこった・・・」となっていた。
しかし、そこで「なんてこった・・・」とならないのは子どもである。むしろ子どもは延長保育を喜んでいた。
なぜなら延長保育に入るとおやつが出るからである。
なので、逆に「まにあった~!」とぎりぎりのタイミングで保護者が来るとマジギレする子どもが結構いた。なんなら泣いて怒る子もいた。そんな子どもの姿を見て、「あ、もう、延長保育でいいです・・・」という保護者もいた。
逆に「延長保育になったわー」と開き直ってめちゃくちゃ遅れてくる保護者もいた。それも勤務時間内なら全く文句はないけど、そういう保護者に限って保育時間が終わるぎりぎりに来て、さらに帰る準備もかなりもたつく。これがきつかった。
「はい、お迎え。はい、帰ろう」みたいにてきぱき帰れる子はめったにいない。そうなるとこちらの勤務時間が余裕で過ぎる。これが体力的にも精神的にも疲れるのだ。
ちなみに、他の先生に聞いたところ、「セーフにして!」という保護者もいたらしい。そりゃそうだ。たった数秒のせいで200円がかかるのだ。
今だから言うけど、僕はぎりぎりアウトの保護者に対して「あれ、アラームなりましたっけ?」ととぼけてセーフにすることがあった。もちろん保護者には、「しゅう(僕の偽名)先生はセーフにしてくれましたけど!」なんて他の先生には間違っても言わない約束をしてもらう。パートの先生もこちら側の人間だったのでバレたことはなかった。
それでもさすがに他の先生が残業しているときはアウトにせざるを得なかったけど。
保護者もお迎えに間に合うかぎりぎりの時は「頼む!今日の延長保育はしゅう先生であってくれぇぇ!」と思いながらダッシュしていたらしい。
しかし、さっきも言ったように、この僕の余計なお世話のおかげでキレるのが子どもである。そりゃそうだ。おやつがもらえないのだから。保護者は喜ぶけど、子どもはぷんぷんである。保護者の「おうちにお菓子あるから」「このあと買ってあげるから」という言葉もぷんぷんの子どもには効かない。
そんなときはパートの先生が、ささやかすぎるおやつ(小人が食べるような量のせんべいとかチョコ)をこっそり子どもにあげていた。プリンやバナナは個数を管理しているのでバレてしまうし、さすがに延長保育ではない子どもにおやつを出すのは、僕でも「あかん」と思うからだ。なにせ延長保育の場合はお金が発生してるわけだし。
そんなささやかすぎるおやつがないときや、お迎えが来ても帰りたがらない子どもがいたときなんかもあったけど、僕はそんなときは自前の風船に絵を描いて子どもにあげていた。風船は子どもにとって特別感があるのだ。日中の保育ではまず使わないし。
そんなこんなで、僕としては子どもや保護者とじっくり関わることができる延長保育は意外と嫌いではなかった。他の先生と違って独身だし。
ただ、延長保育勤務の翌日が早番だとほんとうにきつかった。しかもそういうときに限って、前日の延長保育で時間を守らない保護者がいたりする。そう、開き直りパターンの保護者だ。
もちろん、仕事や渋滞でどうしても延長保育時間内にお迎えが間に合わない保護者もいた。その人たちは仕方ない。汗だくで息を切らせながら走ってくるから、こちらとしても「事故に遭うかもしれないので、気をつけてゆっくり来て下さい」なんて言っちゃう。
しかし、開き直りタイプは、開き直ってスーパーに行ってるのだ。もちろんお迎えに間に合うなら行ってもいい。問題はない。1人で買い物した方が気楽だもの。それはわかる。
問題なのはそのせいでお迎えが全く間に合ってないことだ。そして、そのことを申し訳ないと全く思っていないこと。その態度がこちらを疲れさせる。こちらの勤務時間がとっくに過ぎているのだ。
そして、そういう保護者に限って、開口一番「早くしなさい!」と子どもに怒鳴る。もうこれは説得力がない。忙しくて余裕がないから、仕方ないのかもしれないけど、お互いの協力があってこその保育でしょうと。
そんなときは僕も
パートの先生も、さっさと帰る準備を整え、窓を閉めたり施錠したりして無言のプレッシャーをかけていた。
とりあえず僕が言いたいのは、保護者たちを遅くまで働かせないでおくれ日本企業、ということである。




