表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/17

同い年の先生

 第1話でも話したが、僕が新卒で保育園に入職したとき、同じタイミングで入職した先生がいた。名前をm先生としよう。

 彼女は僕と同い年で、保育の専門学校出身だった。なので、僕よりも保育士として2年先輩だった。


 僕が入職する前に保育園へ書類を出しに行くとき、直前までいたというm先生の書類がたまたま目に入った。通勤経路の地図の書き方がめっちゃ綺麗だなこの人!というのが第一印象だった。


 このm先生、天然でものすごくおもしろかった。誰に対してもあっけらかんとして明るくて、性格が良くて、周りに気を遣えて、大食いで、優しい。

 m先生とはよくごはんにも行ったし、日帰り旅行にも行った。


 m先生はその当時からすでに結婚していて、その夫との出会いが間違いメールから、という漫画のようなネタも持っていた。

当時はスマホも一般的じゃなく、ラインをしている人も周りには全くいなかったからこそ起きた奇跡だろう。

 ちなみにm先生の夫は英語がペラペラで、とても年収の高い仕事をしていて、感じのいい人だった。


 僕はすぐm先生になついた。m先生は隣の一歳児クラス担当だったけど、ふと会ったときにお互いに頷きあうだけで人見知りの僕は元気が出た。

 

 新任の頃は、m先生が休みの日に仕事へ行くのがものすごく憂鬱だった。不安でお腹が痛くなるくらいだった。


 m先生は僕のボケ殺し担当と周りから呼ばれていた。


 僕は真顔でボケる。だからよく「ボケてるのかマジなのかわからない」というクレームを各方面からもらっている。

今でも僕のボケをマジにする人が多い。しかも僕は毒を含んだことをよく言うので、マジにされるとマジで洒落にならないこともあった。

 

 m先生は僕のボケを全く理解してくれなかった。


 僕がボケても無視をするか、「は?」と真顔で聞いたり、「ん?どういう意味?」と真顔で聞いてきたりした。その度に僕は自分のボケを丁寧に説明することになる。こんなにきついことはない。


 僕の説明を聞くと「あ、そういうことね!」とうれしそうに納得したり、「あー、はいはい」とつまらなそうにしたりした。

 しかし、忖度なしのその反応が僕にはありがたかった。愛想笑いが一番きついから。

 

 m先生は○○県出身で、言葉に独特なイントネーションがあった。そこがm先生に心を許してしまう理由でもあった。


 当時、妖怪ウォッチが社会現象になっていて、子どもたちの影響で、僕もアニメをチェックするようになった。中でも僕はコマさんというキャラが好きだった。


 保育中に園庭で僕がコマさんのずーずー弁をマネしていると、m先生が怖い顔でこちらに来て、「なに?私の地元をバカにしてんの?」と怒られることがよくあった。


 しかも、m先生にコマさんのことを説明しても、次の日には忘れているので、「ちがう!コマさんの真似だ!○○県は好きだ!」と毎回言う羽目になった。僕は○○県は好きなのだ。秒速5センチメートルの舞台なのだ。


 そんなm先生も出会って何年目かになると、僕がボケると「あ、今のボケたでしょ?」とわかってくれるようになった。いちいちそうやって確認とってくるのもボケ殺しだった。

 m先生は僕のボケに気づけたことをうれしそうに言うけど、ボケ自体には笑ってくれなかった。それはそれできつかった。


 ある日のこと。m先生が僕に相談があるという。m先生はものすごく落ち込んでいた。


 僕の性格はかなり中性寄りなので、先生たちからはよく女子会男子と形容されていた。なので、普通に女性の下ネタを、軽いものから重いものまで日常的に聞いていた。


 僕はm先生の様子をみて、「これはあかん」と、仕事終わりにm先生と「子育て相談室」という名の和室へ行った。そこは産休中の一般のお母さんが、乳児を連れて遊びに来れるという部屋だ。なので、その部屋には乳児のおもちゃがたくさんあった。


 部屋に入り、僕は正座でm先生と向かい合う。

 m先生は静かに泣き出した。そして言った。


「旦那が浮気してる」


 詳しく話を聞くと、夫はタイに出張することが多いという。それは僕も以前に聞いていた。

 先日、m先生が気まぐれで夫の着替えを旅行鞄に入れようとしたところ、やらしい店の名刺とコンドームを見つけてしまった、とのことだった。そのことを夫に話せないまま、夫はタイへ行ってしまったそうだ。


 僕はそういう店には興味がなく、行ったこともなかった。今でもそうである。

 しかし、タイにはそういうことを目的に行く男が多いというのは、男友達から聞いて知っていた。


 しくしく泣くm先生。

 困った僕が周りを見回すと、かわいいうさちゃんのぬいぐるみや、アンパンマンのおもちゃが並んでいるのが見えた。ドキンちゃんがウインクをしている。大きなトーマスのおもちゃが、微笑みながらじっとこちらを見ている。


 僕は「はたしてそれは浮気と言えるのかい?」ということを説明した。


 正直、妻や彼女がいるのにそういう店に行く人の気持ちが僕には全くわからなかった。浮気をする人の気持ちもわからない。それなら独り身でいろよ、と今でも思っている。


 しかし、僕の男友達はそういうお店にちょこちょこ行っている。僕の父と兄も浮気しまくっていた。世の男たちはそんなものなのだ、ということをm先生に説明した。


 君の夫はお金で性欲を解決している分、きちんと割り切っていて良いではないかと。相手も商売でやっているのだと。これは浮気とはちがうと。


 なーんで僕が世の性欲まみれの男どもをフォローしなきゃいけないんだ、と思いながら全力で慰めた。

 m先生の夫には本当に感謝してほしい。


 もう一つ、m先生と後輩の保育士と3人で白川郷に行ったことがある。


 m先生が運転する車で、みんなでにこにこしながら旅行した。

 渋滞の時や、m先生が運転に疲れた時に食べたり、気持ちを盛り上げることができるよう、僕と後輩ちゃんは旅行前に駄菓子をたくさん買っておいた。


 旅行の帰り道、「楽しかったね」と言い合いながらお菓子を食べていると、渋滞にはまった。しかもなかなかの距離だ。


 しばらくするとm先生が無言になり始めた。どうしたの?と僕が聞くと、m先生は言った。


「おしっこ漏れそう・・・」


 すぐにサービスエリアに行くんだ!となったが、渋滞で車が全然動かない。

 徐々に般若の顔になっていくm先生。


 僕は後輩ちゃんと目配せし合った。僕と後輩ちゃんは「盛り上げるタイミングはここだ!」と思い、二人で「笛ラムネ(ドーナツみたいな形で、吹くと音が鳴るラムネ)」を取り出した。


 二人でぴーぴぴっぴ!ぴっぴっぴー!と一心不乱に笛を吹いていると、m先生が鬼のような形相で、「漏れるからやめて!」と叫んだ。


 僕たちは反省し、黙って笛ラムネを食べた。


 そんなm先生、今は夫の仕事の都合でアメリカに住んでいる。飼っているチワワを何よりも愛しているm先生だが、チワワは飛行機に耐えられるだろうか、と出発前にものすごく心配していた。


 今年、新年になってすぐに「あけましておめでとう」ラインをm先生にした。するとすぐに返事が来た。

「こっちはまだあけてないけどね!」


 僕は時差を忘れていた。

 その時にもらった年賀状の画像にはかわいいチワワが元気に写っていた。


 そんなこんなで、今でも半年に一度は連絡を取りあっている。

 

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ