死神が魂の前刈りサービス、始めたってよ
「なぁ、なぁ。通洋、知ってるか?」
「うん? 何をだよ、恭平?」
退屈な授業をやっとこさ、乗り越えて。「今日も一緒に帰ろうぜ」と話しかけて来たのは、悪友(と書いて、親友と読む)・恭平。こいつとは、家が隣同士って事もあり、幼稚園から中学校に至るまで……何につけても、一緒につるんできた仲だ。そんでもって、当然ながら帰る方向も一緒なもんだから、こうしていつもと変わらない通学路を歩いているけれど……。
「これさ、これ。最近、ちょっと噂になっててさ。俺の所にも来ちゃったんだ」
「ふーん……ナニナニ? 不用品の魂を、前刈りします……?」
なんだ、こりゃ。
恭平が自分のスマホを自信満々に掲げてくるもんだから、ついつい、画面に書かれていることを目で追ってしまった。しかし、書かれていることは、あからさまに馬鹿げていて。……全くもって、恭平が嬉しそうな理由が分からない。
「……なぁ、お前、さぁ……。こんなものを信じるのも大概だけど……どうして、そんなに嬉しそうなんだよ?」
「えっ? だって……ちゃんと謝礼金を出すって書いてあんだぞ? そりゃ、乗るしかないっしょ!」
「……」
こいつ、こんなに薄情なヤツだったっけ? 俺は「噂の内容」も去ることながら……乗り気な恭平が信じられなくて、じっとりと見つめてしまう。
「でさ、でさ! 確かに、ちょうどいるんだよ。ウチにも! このメールは該当者にしか来ないって、噂なんだよ!」
「いや、完璧にいたずらじゃないか、これは。それに流石に……不謹慎じゃね? いくら嫌いな相手だからって、不用品はないんじゃないか……」
それでも、喋り倒さないと気が済まないと見えて……恭平は話をやめようとしない。奴の話と、画面に書かれていた内容とを要約するとこうだ。
なんでも、長期高齢化が進んで困っているのは現代日本だけじゃないらしく、あの世も同じだとかで……酷使できる魂が不足しているから、「魂の前刈り」をすることにしたそうな。もうこの時点で既に、オカルトじみていて、話を続けるのも馬鹿馬鹿しいと思うけれど。律儀に条件まであると言うのだから、最近の「噂」は凝っていると、悪い意味で感心してしまう。
どうやら前刈り対象は無条件に選ばれるワケじゃなく、ターゲットは老人のみ。向こうの言い分としては、「昔ならとっくに死んでいた」人間を対象にしているそうで、年齢はおおよそ、70歳以上とのこと。なんで、ここだけアバウトなんだろうと、思うものの。でも、最近のお年寄りは70歳でも元気な人がたくさんいるし、この文面だけ見ると70歳以上の人は「不用品候補」にされているようにも思えて、なんだか腹が立つ。
「なぁ、恭平。仮にこれが本当だったとしても、だ。魂を刈られたら死んじゃうんだよな? ……そんなの、普通は乗らないだろ……」
「いやいやいや、ウチのババアはいなくなった方がいいって。昔っから根性ひねくれてて、意地悪だったし。しかも、ボケてないのに介護が必要とかで、ママもめっちゃ苦労してるし。いなくなっちまった方が、断然いいね」
「……そう、か……」
介護疲れ、か。確かに、あのお婆ちゃんだったら、そう思われるのも無理はないのかも知れない。
……なんとなく、お隣さんの苦労は漏れ聞いていたものの。恭平のお婆ちゃんは、嫁いびりが大好きな「嫌われる姑」だったみたいで。恭平のお父さんもお母さんも、お婆ちゃんのワガママには散々苦労していたらしい。しかも、恭平の話を聞く限りだと、頭はしっかりしたまま足腰だけが弱っているとかで、毎日ベッドの上で威張り散らしているそうな。……うん、おばさんの苦労が目に浮かぶようで、こればかりはちょっと同情してしまう。
(でも……それ、ウチのハルコ婆ちゃんが聞いたら、どう思うだろうなぁ……。きっと、悲しむよな……)
恭平親子には嫌われている、お隣のお婆ちゃんだが。ウチのハルコ婆ちゃんとは、とても仲がいい。だから、ハルコ婆ちゃんは恭平のお婆ちゃんをしきりに心配しては、たまにお隣に遊びに行っているみたいだったけど……。
(……この話、ハルコ婆ちゃんには言わないでおこ)
噂の内容もだけど、隣のお婆ちゃんが孫に疎まれているだなんて聞いたら、どんなに傷つくことか。
「おっと、着いたな。そんじゃ、恭平。また明日な」
「おぅ。死神を写メったら、送るから、楽しみにしとけよ」
「……まぁ、ほどほどにしておけよ」
そうして、いつの間にか着いていた我が家の前で、恭平と別れるけれど。嬉しそうな恭平の後ろ姿に、俺はいつになく嫌な気分になっていた。
***
「ん……?」
夕食を終えて、一応は宿題を済ませるかと机に向かっていると。ベッドに放り投げていたスマホから、「ピロン」と着信音が鳴る。もしかして、本当に恭平が写真を送って来たのかな……そう思いつつ、画面を見やれば。メールの送信元が「死神協会」と、いかにも怪しい団体になっている。
「はっ……?」
おい、ちょっと待てよ。これ……恭平に送られて来たのと、全く同じヤツじゃないか。
「とっ、父さん、母さん! 姉ちゃん!」
「恭平……もしかして、あなたも?」
「う、うん……2人にも届いてる? これ……」
「……あぁ、届いているけど……」
慌てて階段を駆け下りれば、スマホを見つめて呆然としている両親の姿があった。そして……同じく、姉ちゃんもメールを受信していたらしく、ドタドタと慌ただしくやってくる。
「なんだ、このふざけたメールは! 母さんは不用品じゃない!」
「その通りよ! 絶対にお義母さんを渡したり、しませんからね!」
「ね、ねぇ……。でも……これ、ウチのお婆ちゃんも刈られちゃうのかしら? そんなの、嫌よ!」
「まさか! 大体、こんなの……」
悪戯に決まっている。そう言いかけて、互いのスマホ画面を見た瞬間、血の気が一気に引いた気がした。
このメール……多分、悪戯じゃない。なぜなら、メール本文の頭にはそれぞれの名前がフルネームで書かれていて、最後にしっかりとハルコ婆ちゃんの名前まで書かれている。……悪戯で、ここまで手の込んだ調べ物をするとも思えない。しかも……。
「お揃いですか、皆様……」
「えっ?」
家族4人でオロオロするだけの、リビング。俺達家族以外、誰もいないはずの空間で……聞きなれない嗄れた声がするので、振り向けば。そこにはソファに座っているハルコ婆ちゃんと、黒い衣を纏った何かが浮かんでいる。もしかして、こいつが……。
「死神……?」
「はい、ご名答。あの世から、不用品の魂回収に上がりました、死神ですよ〜」
嘘……だろ? ハルコ婆ちゃん、連れていかれちゃうのか……?
「あっ、そんなに睨まないで下さいよ。今ので対象外だって、分かりましたし」
「はい?」
「うんうん、こちらのハルコさんは皆様にとても愛されていますね。愛されている魂は、不用品じゃありませんので。私達が欲しいのは、あくまであの世で酷使しても問題ない魂なんです」
ハルコ婆ちゃんは眠っているのか、死神らしきものにポンポンと肩を叩かれても、微動だにしない。しかし……妙に軽いな、こいつ。見た目は人外だけど、存在感は微妙な気がしてきた。
「でも、一応確認です。この度、前刈りサービスをご利用いただいた場合、現世での通貨にて先払いすることになっていまして。そうですね……ハルコさんの場合は、全員の同意込みで4億円くらいになるかと。もし、よけ……」
「ふざけるな! 母さんを売るなんて真似、できるか!」
「お義母さんは大切な家族なの! いくら積まれても、渡さないわ!」
死神の言葉を遮って、両親が叫ぶ。そんな彼らに完全に同意だと、俺も姉ちゃんも「そうだそうだ」と頷いてやった。
「ふぅ……承知しました。であれば、私からこれ以上言うことはありませんねぇ。えぇ、えぇ、もちろんハルコさんは連れていきませんよ。こればかりはルールですので、仕方ありません」
両親の剣幕に怯えたのか、それとも、本当に要件が済んだと判断したのか。若干、悔しそうに肩を竦めた死神が、何事もなかったかのように掻き消える。
「婆ちゃん、ハルコ婆ちゃん!」
「おや……通洋ちゃん、どうしたの……って、まぁ。こんな所で、寝ちゃっていたのね。起こしてくれて、ありがとう」
「あ、う……うん」
置き去りにされたハルコ婆ちゃんは、本当に眠らされていただけ……? ちゃんといつも通りにニコニコしているハルコ婆ちゃんに、俺達は安心してしまう。だけど……。
「……キミヨさんは大丈夫かしらねぇ……」
「えっ?」
「……いいえ、何でもない。とにかく、みんな……ありがとね」
「……」
キミヨさんって……確か、恭平のお婆ちゃんの名前だった気がするけど。ハルコ婆ちゃんの呟きに、俺は妙な不安を覚える。よく分からないが……死神の言葉に所々に含みがあった気がして、今度は恭平が心配になってきた。
***
「おっかしーなー……ちっとも、写ってねーじゃん」
確かに、撮ったはずなんだけど。
恭平は今しがた遭遇した「噂の怪異」の姿を必死に探すが、スマホの写真には、それらしい影は見つからなかった。折角、通洋に自慢できると思っていたのに。本当にガッカリだ。
「ま、いっか……。どうせ、あいつとはすぐにお別れすることになりそうだし……」
死神の登場に、恭平の祖母は「死ぬのは嫌だ」と散々泣き喚き、最後は恭平達家族に命乞いまでしてきたが。恭平もその両親も、彼女の横暴を許すつもりは毛頭なく、満場一致で「前刈りサービス」を申し込んでいた。その額、全員の同意込みで1.5億円。それだけの金額があれば、しばらくは遊んで暮らせるし、恭平の母に至っては「今までの苦労が報われた」と嬉し涙を流す始末。
「いや〜……死神サマサマ、だな! うざいババアも片付いて、おまけに鬱陶しいご近所からも解放されて! いいこと尽くめじゃないか!」
恭平の言う鬱陶しいご近所……とは他でもない、通洋一家のことである。
祖母同士が仲がいいだけの、お隣さん同士。たまたま同い年の子供がいたから、何となく付き合って来たけれど。何もかもが自分よりも優秀な通洋を、恭平は少なからず疎ましく思っていた。向こうは親友のつもりだったかも知れないが……必要以上に真面目で、顔立ちが整っている通洋は目障りだったのだ。
「おっと! そのミッチーからのメールじゃないの。えっと……?」
『ウチにも、死神が来た。
婆ちゃんは渡さないって言ったら、消えたけど……
お前の所は、大丈夫だったか?』
「ハァっ⁉︎ なに、アイツんトコにも来てたの、死神⁉︎ ふーん……あっちは、婆ちゃんを売らなかったんだ」
『きっちり不用品回収、してもらった。
お陰様で、大金持ちだよ。
しばらくしたら引っ越すから、手伝いよろしく』
メールを返信して、恭平はふぅと満足げにため息をつく。通洋はきっと、大金持ちになった恭平を羨ましがるに違いない。そんな事を考えては、恭平は自然とニヤニヤしてしまうが……。
『そうか。そっちのお婆ちゃん、もういないんだな。
それはそうと……なんだか、死神が言っていたことが、引っかかるんだが。
何もないのか? 大丈夫か?』
「あぁ⁉︎ うっせぇよ! ここは素直に羨ましがっておけよ!」
本当に、何から何まで優等生ぶっていて、気に入らない。
……もう、いいや。これ以上は付き合う必要のない相手だし。そう決めつけると、恭平はメールに返信する事もなく、ベッドに身を投げ出す。いずれにしても、明日からの人生は薔薇色だ。もう、嫌なことは何も考えなくていい。
***
「……恭平、どうしてるかな……」
結局、あの後から恭平とは連絡が取れていない。どうやら本当に引っ越していったらしく、1度も顔を合わせる事もなく、恭平一家はお隣からいなくなっていた。もちろん、何度もメールも送ったが……返事は一向に来ない。
(それにしても……この噂は、本当なんだろうか……?)
そうしてかれこれ半年程経過した、今日このごろ。最近は「死神の噂」に後日譚が出ていて。その不穏すぎる内容に、俺は恭平の安否が気になって仕方なかった。
(……死神の「前刈りサービス」に含まれているのは、その家族も……か。これ、嘘だといいんだけど。……なんだか、嘘じゃない気がする……)
俺が「死神協会」から受け取ったメールは跡形も無くなっていて、もう確認しようがないのだけど。
なんでも、メール本文に名前が書かれていた全員の魂が、死神の前刈り対象になっていたとかで……実は最終行に小さく「魂の前刈りは、前借りを含みます」と書かれていたとか、なんとか。それがどういう意味なのかは、それこそ死神に聞かないと分からないけれど。なんとなくだが……あの時の死神の言葉に引っかかりを覚えたのは、気のせいじゃなかった、って事なんだろう。
《前刈りサービスをご利用いただいた場合、現世での通貨にて先払いする》
……先払い、か。その言葉と、今流れている噂とを照らし合わせて、俺はまたもため息をつく。多分だけど……死神が俺達に提示した4億円は、いわゆる「買取価格」じゃなくて、本当に「前借り」……要するに、どこかで発生するはずだった労働への対価を前倒しにしただけだったんだろう。そして、その「どこか」は……。
(いいや、それこそ噂だ。恭平はきっと、どこかで楽しくやっているはずさ。何せ……大金持ちになったらしいから)
いつか、また会えればいいのだけど。そう思い込もうとしても……それすらが嘘に思えて、虚しい。
なんとなくだが……恭平には、もう会えない気がする。そんな薄ら寒い気分を引きずりながら、俺は噂が表示されているスマホの画面を消した。
***
「ちょ、ちょっと待てよ! どうして、俺も刈られないといけないんだよ⁉︎」
「おや……忘れたのですか? あれは前刈り……いいえ、前借りだったのですよ? あなた達は満場一致で、決断されたではありませんか。家族1人を担保に、あの世での給金を前借りしたのでしょう?」
「へっ……?」
東京都内の某タワーマンション。その一室の隅で、恭平は怯えていた。目の前には、抜け殻のように動かなくなった両親。……彼らはもう、死神の鎌にかかった後である。
「しかし……半年であの額を使い切るなんて、人間は強欲ですよねぇ。まぁ、そのくらいの方が、あの世でもイビりがいがあると言うものです」
「あの世で……イビる……?」
「えぇ、そうですよ? 私達は、あの世での労働力不足を補うため、強制労働の従事者を絶賛募集中だったのです。ですけど……みなさん、正直に言ってもご了承いただけないでしょうし、何より強制労働はコンプラ違反ですからねぇ。ですから、老い先短いご家族を借金の担保に入れていただき、先払いにご了承いただける方達を探していたんです。現世で先払いさえしておけば、あの世で強制労働をさせたとて、問題ないでしょ? 何せ……給料は全部、こっちで使い切っているんですから」
クスクスと、悪びれる様子もなく死神が嬉しそうに鎌を振り上げる。もちろん……刃の獲物は恭平だ。
「さぁて。お仕事のお時間ですよ、負債者さん。あなたの借金は、あの世で換算すると5000万年となります。その間……しっかり、タダ働きしてくださいね」
「いっ、いやだぁぁぁッ!」
家族を売ったお金で買った、堕落はさぞ楽しかったことでしょう?
でもね。それは本当は、やっちゃいけないことなんですよ?
もうちょっと、互いに歩み寄っていれば……こんな選択をしなくても、現世でも幸せだったかも知れないのに。
「ホント……浅はかですねぇ。ヘイトはちゃーんと、回り回って本人にブッ刺さるのに……やっぱり、愛は大事ですね、愛は。っと……これ、私が言うことじゃないですね」
いずれにしても、お仕事は上々。死神は新たな魂の奴隷を手に入れられて、鼻歌混じりで「あの世」へと帰っていった。