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タケル・アンドールという人間②

「あんたたち…ッ!」


 ミリアが威嚇するように一歩前に出る。

 その横顔からは怒りが滲み出ていて、こんな表情もするんだとタケルは思った。


「ああ?てめーは関係ねえだろ」


 先頭の男子生徒が、怒り心頭といった様子のミリアを見て鼻で笑う。

 それに対しミリアは増々怒りを募らせているようだった。

 タケルも、すーっと自身の頭が冷えていくのを感じた。


「ミリア」


「…タケル」


 タケルはミリアの肩に手を置いて、一旦落ち着かせる。

 ミリアもハッと我に返ったようにタケルの方を振り返り、眉を下げた。


 ミリアが落ち着きを取り戻したことを確認し、タケルは三人の方をじっと見た。

 その目には感情の色がなかった。

 いつものタケルと違う。

 怯えの色もなく、何を考えているかわからないタケルの視線に、三人は少したじろぐ。


(…くだらない。どこにでもいるんだな、こんなクソみたいなやつら)


「な、何見てんだよ!」


「……」


 先頭の男子生徒が怒鳴るが、タケルは返事をしなかった。

 三人の存在など無かったかのように、ミリアに声をかける。


「もう時間だし、そろそろ席につこう、ミリア」


「え、ええ。そうね!」


 タケルが無視するという方法を取ったことを理解したのか、ミリアが元気に頷く。

 タケルに無視されたことが恥ずかしかったのか、三人はズカズカとタケルに歩み寄り、ドンッと机に手をついた。

 三人は至近距離でタケルを睨みつける。


「落ちこぼれの癖に生意気な…!お前、式が終わったら校舎裏に来い」


 先頭の男子生徒は怒りで頬を紅潮させながら、そう言い捨てて離れて行った。

 何も答えなかったタケルに対し、ミリアは少し心配そうな目を向ける。


「タケル…大丈夫」


「…うん、大丈夫だよ」


 タケルはミリアに心配をかけないよう、笑顔で返事をした。

 ミリアは幾分か安心したのか、そっか、と言って自席へと向かった。

 タケルはそれを見送って、席に腰かける。


(落ちこぼれ…か)


 タケル。

 タケル・アンドール。

 お前は、どんな人間だったんだ?


 その問いに、答える者はいない。


 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 式は特に何事もなく順調に終わりへと向かっていた。

 式自体は、何の練習もしてなかったが他の生徒の真似をしていればよく、特に問題はなかった。

 強いて言えば、式の最中ずっと肌を刺すような視線を感じたため、少し辟易としたぐらいだ。


「それでは、以上で卒業式を終わります」


 講堂に集められたタケルたちはその言葉を最後に教室に戻される。

 教室に戻ってからも、担任の先生と思われる教師の話があり、この学校での生活を思い出しているのか周囲からは鼻をすするような音も聞こえてきたが、タケルにとっては何の思い出もないので少し居心地が悪かった。


「皆さん、三年間お疲れさまでした。ここにいる皆さんは高等学校へ進学すると思いますが、ここで学んだことを忘れず、更なる活躍を期待しています。…またお会いしましょう」


 教師はそう言葉を綴り、話を締めくくった。

 その言葉を皮切りに生徒は各々行動を起こし始める。


 同級生や教師との別れを惜しむ者。

 早々にこの場を後にする者。

 …自身の過去に決着をつける者。


「…ついてこい」


 今朝の三人がタケルの席の前まで来て、促すように顎をしゃくる。

 タケルが席を立つと、三人のうちの一人が鼻を鳴らし歩き始めた。


 カイル・ローランド。


 先ほどの式で名前を呼ばれていたため、三人の名前をタケルは把握していた。

 そして、三人の様子を見ているとこのカイルがリーダー格のようだ。


「タケル!」


 カイル達にタケルがついていこうとすると、横から声をかけられた。

 ミリアだ。


「…えっと、これ!」


 ミリアはそう言って、タケルに何かを差し出す。

 それは綺麗な純白の布に包まれた棒状の何かだった。


「これは…」


「開けてみて」


 ミリアに促され丁寧に布を外すと、中から出てきたのは木の棒だった。

 俺はそれが何かすぐにピンときた。


「これ、杖…」


「うん…タケルがずっと大事にしていた杖、あいつらに折られちゃったでしょ?…お父さんの形見だって言っていた杖…。そ、それで、代わりにはならないかもしれないけど、それ…」


 ミリアが、少し怯えたように視線を俯けた。


(この優しさを、杖を受け取る資格を俺は持ち合わせていない)


 それでも、この女の子の気持ちを無視していいはずがない。


 タケルはそっとミリアの頭を撫でた。

 驚いたようにミリアは顔を上げる。

 その瞳は少し潤んでいるように見えた。


「ミリア、ありが…と、あ、あれ」


 うまく声が出ない。

 頬が冷たい。

 気付けば、頬を涙が伝っていた。


(これは、俺じゃない)


 それはタケル・アンドールが流した涙だと、気付いた。

 今はない、父親の形見だという杖が余程大切なものだったのだろう。

 もしかしたら、タケル・アンドールを自殺に追い込んだ原因だったのかもしれない。


「…行って、くる」


 タケルは涙をゴシゴシと拭った。

 その目は赤らんでいて、声も上ずっていたが、ミリアに対して背を向ける。


「…頑張れ、タケル」


 背後からミリアの声が聞こえた。

 タケルは振り返らず、肩越しに手を上げる。


「…待たせてごめん」


 意外にも、カイルは黙ってタケルのことを待っていた。

 そのことに少し驚きながらもタケルが謝罪の言葉を口にすると、カイルは鼻を鳴らすだけで何も言わず、再び歩き始める。


 ミリアがずっと握っていたからか、少し熱を持っている杖をぎゅっと握りしめて、タケルはカイルについていくのであった。


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