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私は子供の頃から目に見えない存在を感知する事ができた。いわゆる幽霊と言われているものだろうか。そんなものは見えた。それは霊といっていいだろう。
人によっては、たくさんの霊をつけているものもいたりした。道端にも駅にも学校にもありとあらゆる場所にいた。
「ねえ、天使。おしゃべりしようよ」
とある霊とは、仲良しだった。見た目は手のひらサイズの天使だった。名前もわからないので、そう呼ぶ事にしていた。白くてふわふわのな見た目で、決して悪い存在には見えなかった。目もブルーで、色も白い。おそらく女と思うが、私にとってはどっちでもよかった。
両親は仕事で忙しく、学校ではいじめに遭い、天使が唯一の話し相手だったから。
『うん、麻美。おしゃべりしよう!』
天使との会話は楽しく、子供の頃に抱えていた孤独感も解消してくれるようだった。それに天使に頼むと願い事を叶えてくれる事もあった。
例えば「いじめっ子を懲らしめて」と頼むと、次の日に事故に遭っていたりした。好きなお菓子やおもちゃを手に入れた事がある。その分私も風邪をひいたり、怪我したり、リスクはあった。タダでは願いを叶えないという事だろうが。約束を守ってくれる天使の方が、私は信頼できた。人間なんて約束すら守らない。特に両親は嘘つきだった。「早く帰ってくる」なんて約束を一回も守ってくれた事はなかった。
そんな事を何回も重ね、私と天使は親友のように仲良くなっていた。不思議な事に天使以外の霊はあまり見えなくなっていたが、問題なかった。
いや、問題無いと思い込んでいた。大学を卒業後したのはいいものの、天使とも約束のせいで、ろくな会社に行けず、金と時間の無さに困っていた。父親が事業に失敗し、借金を解消する為、天使に頼んだら、このザマだった。基本的に天使との約束内容は、こちらが指摘できないようだった。そして必ず、回収しにくる。子供の頃から何度も繰り返していた事なので、だんだんと感覚が麻痺し、普通の事だと思っていた。
そんな折、書店で占いの本を手にした。西洋占星術の本で、ホロスコープ の読み方などは書いてあった。星のサイン、角度、ハウスなどの情報が、不思議と頭にスッと入ってきた。特に角度は数字だらけで、意外と難しそうだったのに、なぜか全文暗記できてしまった。
『麻美、君は占い師になるといいよ』
天使が甘い声で囁いてきた。
「どうせ何か回収しに行くつもりでしょう?」
天使とは親友のように仲がよかったが、特に信頼はしていなかった。人間よりはマシレベルで、全てを受け入れるつもりは全くなかった。
『大丈夫。今回はそんな事しないし。麻美に合ってると思うよ。すぐに稼げるはず。元手もいらないしね』
「そんな簡単に出来るものなの?」
『うん!』
さらに天使は、笑顔で頷く。ふわりと淡い光を放ち、私の周りを飛んでいた。白い羽は透き通り、美しかった。
「そうか、占い師ね……」
そう思った私は、占い師になる事も検討し始めた。とにかく元手もいらないし、開いている時間でネット、電話、メールなどで対応出来るのもよかった。例え失敗しても父のように借金を抱える事は無いだろう。そう思っていた。
それに別に占いの知識が無くても、問題なかった。多少、ハウスやサイン、アスペクトについても語るが、顧客が求めているには話相手。尚且つ甘い言葉。占いの結果を材料にしつつ「お客様は悪くないです」とか「未来は明るいです」と適当な事を言っておけばよかった。
こうして私は占いサイトのランキングで上位に行くようになった。お金も稼げるようになり、生活も安定したかのように見えたが。
「は? 何、口コミ……」
しかし、思った通りにはならなかった。顧客一人が悪質なクレーマーになってしまい、ネットで悪く書かれるようになった。同業者によると、こういう事はよくあるらしい。あくまでもエンタメとして占いを楽しむ人は、すぐに辞めていくが、問題は心に闇があり、依存的に占いを頼る顧客。特に精神疾患を持つようなタイプは、依存的になりやすく、あらかじめ断っている同業者もいるらしい。差別じゃないかと思ったが、ネットでも悪口が尾を引き、リピーター客までキャンセルしてくるようになった。
「あぁ、困ったな。天使、来て」
仕方がないので、天使を呼び寄せ、頼る事にした。今回は何を回収されるのかビクビクしていたが、このままではいられない。
『今回は何も回収しないよ』
天使は想像と違う事を言ってきた。
「は?」
『うん、わたしの言う通りに占いをやってくれない?』
「どういう事?」
『大丈夫。麻美の後ろでわたしが囁くから、全くその通りにしていればいいの』
半信半疑だったが、後がなかった私は、天使の言う通りにする事にした。
とある占いのイベントのブースに入る。ネットで悪く書かれていた影響でな閑古鳥が鳴いていたが、一見さんの客が入ってきた。麻美と同じぐらいの二十代前半ぐらいの女性だった。見た目は全く普通で精神疾患は無さそうだった。
『この女には、この後、交通事故に遭うって言え』
側にいる天使は、命令口調だった。むっとするが、客は天使に気づいている様子はなかった。
『いいから。大丈夫、そう言って』
次に天使は口調を和らげてきた。こんな事言っていいのかわからないが、とりあえず天使が言う通りの台詞を言う。
「え、どうすればいいんですか?」
こんな事を言われて動揺しないものは、いないだろう。客は涙目になっていた。
『適当にホロスコープ の診断結果を言えばいいから』
そうするしかない。私は天王星や冥王星の角度が悪いなどと適当な事を言っておいた。これで客は納得したようだった。
その後、客は来なかったが、恐ろしい事が起きていた。あの客は本当に事故に遭った。ただ、身体にほとんど害はなく、軽傷だった。
この事はきっかけだった。「麻美先生のおかげでこれぐらいで済んだ」と何回もお礼も言われ、彼女がネットでいっぱい口コミをしてくれらお陰で客が戻ってきた。そして天使の言う通りに占いをすると、100%的中した。良い事も悪い事も全部的中し、客は麻美を崇めるようにもなってしまった。
「ちょっと、天使! どういう事?」
『うん、わたしが占い通りの結果にかるように動いてるんだよね』
占いの結果を、その通りになるように天使が動いていたのか。天使は霊で目に見えない存在。今まで何度も願いを叶えてきてもらったし、そう動く事も可能だろう。
『麻美、人間の言葉には力があるからね。その力をちょっとだけ誤作動させているだけ』
「誤作動?」
『答えないよ、一言で言えば呪いだけどね』
天使なのの邪悪な笑みを見せていた。まるで悪魔みたいだった。
こうして天使の言う通りに占いをし続け、私はあっという間に人気占い師になっていった。天使からの回収もなく、お金もばんばん入ってきた。テレビや雑誌の取材も受けるようになり、カリスマ占い師とも言われるようになった。
実際は天使の力。自分の力で成功したわけではないが、客から「麻美先生、すごい」と褒められると、鼻が高い。幼い頃からのコンプレックスも解消できそうな気がしていた。
心は全く楽しくない。天使の命令通りに動くのもストレスで、内心ビクビクしながら占いをやっていたが、もう止められなかった。
こうして時が過ぎ、私は三十歳になっていた。