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第一章 小学生≠大人 2

 二




 仁楠が塚について、部署に相談できないのは、仁楠はこの噂について、盗み聞きで知ったからであった。




 先日、夕方から雨が降り始めた日は、仁楠が最後まで残っていた(とはいえ、十九時手前ごろであったが)日でもあった。




 少し話が逸れるが、仁楠が働く会社は、ハンブルク研究所という。会社というよりは、NPOや、社団法人に近いもので、小さな会社であった。環境コンサルタントを行っている。




 だが、決してぽっと出のベンチャー企業ではない。都内外問わず、例えばカーボンニュートラルを目指す物流会社だったり、前段の森林や緑の公園の管理維持に苦心する区役所だったり、方々から相談を受けている。




 前身の会社は、大々的にコンサルタント業として稼いでいたようなのだが、今の会社になってからは、成功報酬がなく、案件に直接携わる営業に対して時給が発生する程度で、稼ぎはごくわずかだ。




 社員が十人もいない小さな会社であるハンブルク研究所は、三階建ての雑居ビルの二階にあり、営業部の部屋と、人事部の部屋と、あとは応接室を兼ねた社長室の三室しかない。南側はまだ駅前や国道に面しているものの、北側には山々が広がり、都内の西端、高水三山の縦走のスタート地点にもほど近い、都内からはだいぶはずれた立地にある。




 さて話は戻り、その雨の日。




 五月は下旬となっており、梅雨にしては全然早く、緑に雨粒が滴る翠雨が、新芽ではなく内緒話に降り注ぐ。




 仁楠は家を出る前にきちんと天気予報を見ていたので、当然傘を持ってきていたが、うっかり一度傘をもたずにビルを出てしまった。しまった、と引き返したが、そこで社長室の中から、三人の声が漏れてきた。もう会社に誰も残っていないと思ったのか、ドアの外でも、耳をそば立てれば何とか聞き取れた。




「それで、結局意図的だったのか、そうじゃないのか、どっちなんですか」


「偶然だよ、偶然」




 声の主は、人事部長の昼鈴ヒルスズと、社長の黒根のものだった。部長と社長の話、となると、仁楠もつい、極秘情報が聞けるのではないかと思い、息をひそめて話を聞き始めてしまった。




「社長の言葉が本当だったこと、あまりないですよね」




 もう一人の低い声に、仁楠の背筋が伸びた。営業部部長の賀臼ガウスだった。




 ハンブルク研究所は、社長の下に、管理部を兼ねた人事部と、営業部と二つの部署しかない。つまり会社のスリートップの秘密話、ということで、仁楠は罪悪感を抱かず、じり、と半歩ドアにさらに近づいた。




「本当だ。神に誓う。誓約書を書いてもいいぞ」




 黒根の口癖は、誓約書を書く、というものであった。そして会話の間や物音から、二人とも本当に書かせているようだ。威厳もなにもあったものではない。




「まあ、誓ったところで、それでもなお嘘だったこともありましたけどね」




 ガサツで、幼い言葉で言えば元気いっぱいの黒根は、昨年、


【今年は年二回の賞与を支給できるようにする】、


 と宣言して、その場ですぐ賀臼に誓約書を書かせられたが、結局黒根の楽観的な計画によるものだったので、二か月でとん挫した。賀臼はそのことを恨めしく言っているのかもしれない、と仁楠は思った。




 黒根のそういうところは仁楠も百も承知だったので、仁楠としては、いったい何を誓わされたのか、早く知りたかった。




「本当に遠慮のないやつらだな」


「ここの三人だけですからね。前の会社からいるのは」


「敬語で話しているだけでも評価してほしいですよ」


「しかしな。本当に偶然だ。というか、第一、そうだと決まったわけじゃないだろう」


「もう確定でしょう。DNA鑑定でもしましょうか?」


「いや、それはちょっと」




 DNA鑑定、という単語に、黒根の不貞行為だろうか、と仁楠は勘ぐった。




 そもそも前身の会社がうまく立ち回らなくなったのも、黒根の女性関係が影響している、という話を一度賀臼から聞いたことがあった。もしやまた、黒根が何かやらかしてしまったのか。大きな秘密を耳にしてしまったのでは、と思うと、仁楠は右手をぎゅうと強く握りしめていた。爪が食い込んでいた。仁楠は、自分の鼻息が少し荒くなってきたことに気づいて、慌てて鼻を指でつまんだ。

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