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第一章 小学生≠大人 17

 十七




「どういうことです? その、よく分かっていませんけど、出来レースに付き合わされていただけ、ということです?」




 和井得はまだ事情を把握しきっていなかった。いや、仁楠も、今和井得が言ったこと以上のことは、まだ分かっていない。先に口を開いたのは押照であった。




「今日この回答が得られるというのは分かっていて、その上で、その事実を、わたしと、ハンブルク研究所の方がいる目の前で発表したかった、ということですね」


「え、なんでわたしたちが必要なんですか?」




 塚の疑問はもっともであった。




「大体合っていますけど、ちょっと違いますね。良足くん、説明してあげて」




 増真くんに促されて、良足くんが前に出てきた。




「まぁ、合っているのは、ハンブルク研究所の皆さんが来る前から、とっくに前から、今日の出来事はすべて決定していた、ということです。


 おっしゃる通り、今日の昼には回答が得られることは分かっていました。ぼくらは余興や遊びでやっているわけじゃありません。本気です。本気で、大人たちに勝てると思ってやってきました。


 それを、校長の目の前に突きつけたかったのも事実です。でも、ハンブルク研究所の皆さんがいる必要は決してなかった」


「ぼくたちはいらなかったってことかい?」




 噛みつきそうになった和井得を制して、押照が一歩前に出た。




「和井得さん、すみません。先にわたしから質問させてください。


 だとしてもね。【校長先生、今日のお昼に教室に来てください】と言ってくれれば終わった話じゃないですか?


 古里織先生を監禁したり、降江先生を脅迫したりする必要はなかったでしょう?」




「校長先生。申し訳ありません」




 降江は、ゆっくり古里織の元に歩み寄った。古里織はその場で立ち、こちらに向かい合った。教室の中は、ハンブルク研究所と、校長先生との四人に対して、小学生と先生との七人とが向かい合う構図になっていた。




「ひとつ、ひとつだけ嘘をつきました。わたしの家には、堀音さんは来ていません」


「どうしたんだい、一体」


「ちょっと事情がありまして」




 降江は急に生き生きとし始めた。押照にあとで聞いた話だと、降江は前から押照に対して反抗的な態度だったと言う。




 押照は全職員の労働、残業時間がなるべく均等になるように運用するよう全員に通達していたが、教頭になった以上なるべくほかの教員に仕事を押し付けてさっさと帰りたい、と思っていた降江とは衝突していたようであった。




「降江先生は、ぼくたちに協力してくれています。


 校長先生のおっしゃる通り、普通に先生を教室にお招きする形でも良かった。でも、せっかくここまで準備したんだから、もう少しドラマチックに発表したかった。


 こうしたストーリーがあれば、まず、ぼくたちの意見がマジだってことを信じてくれるでしょう。あとは、降江先生を使って、警察じゃなくてハンブルク研究所、そしてその後は議員、と、誰に相談するかを上手くコントロールすることができた。そして今、こうやって、センセーショナルに発表できているってわけですよ」


「じゃあ、古里織先生も、何かの事情で脅されているんですね」


「いえ、ぼくは、ぼくの意思で、彼らの策にのっています」




 古里織は押照に対して反抗したわけではなかった。増真くんたちの自主的な行動、それも学校外までにわたる活動に感心し、協力したのだった。




 押照は口をあんぐりと開けた。増真くんはそれを見て、満足そうに口を開けた。




「仁楠さん。先ほど、罪を犯してまでの行動は褒められたものじゃない、なんて、教室の前で言っていましたよね」




 堀音さんがニヤリとした。降江の家についていったという話は嘘だったというが、こっそりと話をどこかで聞き盗むようなこと自体はお手の物なのだろう。




「どうです。まっとうに、クリーンに、夢にむかって邁進しているんですよ。これならどうですか?」


「どうです、っていうのもおかしな話だよ。それより、なんでぼくらを呼んだのか、の説明がまだだよ」




 仁楠は、その理由だけが分からないんだよ、と言わんばかりに両手を挙げた。お手上げであった。




「すでに、事は成功に動いていたんですよ」


「だから、そこになぜハンブルク研究所を呼んだんだ?」


「すみません。授業を止めるには朝一番しかなくて。でも、回答まで授業四時間分ある。かと言って、要求なく四時間も過ごすのは無理がある。降江先生が止めても、警察を呼ばれるかもしれない。


 でも、環境会社に意見を聞くんだ、と言えば、小学生なりに無駄なことをしている、と少し多めに見てもらえそうだったので」




 あ、でも、と増真くんはつづけた。




「もし本当に、大人として、ぼくたちを止める完ぺきな理論や説得をされていたら、止めていたかもしれませんよ」




 小学生に負けたのかよ、と仁楠は窓の外を見た。




 六月、立川の校庭で、燕がツイと低く鋭く飛んだ。夕立の合図だ。




 十秒も経たずに、土砂が雲から落ちてくるように大雨になった。二十秒で、校庭は黄土色の湖になった。




 窓の外を見ずに、五人でハイタッチし合う小学生と、ぼうっと窓の外を見て、駐車場まで敗走する十何分後かの自分たちの姿を予想する大人三人との、勝負がついた。

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