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第一章 小学生≠大人 16

十六




 教室の中央で、引き続き増真くん、大道くん、通狩くんの三人がどんと立っていた。




「さて、休憩も終わりました。お互い勢いで話すことはなく、冷静に議論ができるってものですね」




 相変わらず大人びた物言いだなぁと思った矢先、




「でも、対面でこんな感じで話すのは久々だよな」


「な。ディスコばっかりだったしな」




 と、大道くんと通狩くんが、ちゃんと年相応な口調で話し始めた。




「ディスコ、ってなんだい」


「discord、知りませんか」


「ゲームかい?」




 と、明らかにジェネレーションギャップが生まれているやり取りになった。




「塚さん、知っているかい」


「当然ですよ。twitchみたいなアレですよね?」


「全然違いますよ」




 うぐう、と塚は唸った。twitchは、リアルタイムの配信プラットフォームで、discordは、種々の使い方ができるチャットアプリ、と表現すれば、確かに彼らの言う通り全然違うが、少なからずこの三人がこの場ですぐに理解するのは難しそうである。増真くんは、




「八割方嘘ですけど、通話アプリみたいなものです」




 とだけ言って、説明をあきらめた。LINEみたいなものですよ、と塚は得意気に言って、仁楠と和井得は、なるほどな、と頷いた。小学生の方が理解力が上だった。




「ところで、降江先生は戻ってきていませんね」


「さっき、校長先生と一緒に、どこかに行ったきりですね」




 そうですか、と増真くんのリアクションは薄かった。仁楠はそのリアクションに違和感を覚えた。




 興味がない薄さではなく、それは知っていますけどね、という薄さを感じた。




「戻ってきてからの方がいいですかね」


「どちらでもいいですよ」




 どちらでもいい、というのも気になった。彼らの目的が、彼らの考えた小学生理論に、ハンブルク研究所による権威付けをしたいというものであれば、そこには降江、いや押照の立ち合いがある方がいいに決まっている。




 逆にいない方がいい、というなら、休憩時間をしっかり指定して、先生たちがいないタイミングを狙って再開した、という策があったのかもしれない、と推測できる。




 だが、どちらでもいい、というのはどういうことだろうか。




「じゃあ、君たちの話を受けて、ぼくたちの見解を述べますね」




 手筈通り和井得は語り始めた。仁楠は、今感じているこの嫌な予感を信じてそれを止めるか悩んだが、疑うにはまだ手がかりが少なすぎるな、と躊躇した。




「君たちの調査は、小学生にしては、いや、中学生レベルには達していると思う。そしてそこから導いた結論や解決方法は、大人だと思いつかない、ぶっとんだものだった。


 実現可能性は極めて低い、とぼくたちは判断せざるを得ないけれど、もしあり得るとすれば、というストーリーをよく思いついて、実行に移したものだ、と、そこまではいいと思う」




 和井得が話し続ける中、仁楠はまだ思案を続けていた。増真くんたちの目的は、今自分たちが応援をするかどうか、だろうか、と。




 いや、ここで本当にハンブルク研究所の後援を得たとして、それは彼らが担任を監禁するリスクを負ってまで得るに値するほど大きなメリットではない。




「すみません、遅れまして」




 降江と押照がガラリと教室に入ってきた。和井得がちょうど、だけど、犯罪はダメだよね、と話そうとしていたところであった。




 教室に入ってきた押照の表情は浮かないものであった。




「どうしたんですか、校長先生。落ち込んだ顔をして」




 増真くんは嬉しそうに聞いた。仁楠からすればおかしな話だった。彼らの当初の要求は、この、和井得の話ではなかったのか。それが中断されている中、別の話題に切り替えようとしている。




 それに、つい先ほど、先生がいるかどうかはどっちでもいい、と言っていたのに、押照の態度に話題を切り替えようとしている。




「先生が、議員の、先生が、」




 押照の口ぶりはおぼろげで、オロオロとし始めた。議員、という単語を聞いたとき、仁楠はやっと気づいた。




 鼻の奥に、生乾きの洗濯物の臭いが刺さった。




 雨が、降る。




「罠か」




 小学校の授業じゃ絶対に聞かない、刑事ドラマでもないと聞かないような単語に、教室の全員の視線が仁楠に集まった。




「ぼくたちの、ハンブルク研究所としての見解なんて、必要じゃなかった、そうだろう?」




 小学生たちは五人で見つめ合って、全員、にやーっと口角を上げた。まず増真くんが、パチ、パチと手を叩き、最終的に五人とも拍手し始めた。




「ぼくたちでネタ晴らしをしたかったんですけど、少し、早く気づきましたね」




 増真くんは満足げであった。描いていた台本通りに演者が動き、終幕したときの脚本家のような、安堵に近いものであった。




「主任、いったいどうしたんですか」


「うん、だけど事実確認が先だ。押照先生。先に、いったい議員から何を言われたのか教えてください」




 話を振られた押照は、まだドキドキしているようで口調は頼りなさげだったが、よほどショックだったのか、スマートフォンを握りしめる手は微動だにしなかった。




「『その相談は先に聞いています。回答は今日のお昼過ぎと案内していましたので、ちょうど良かった。


 使用されていない国営公園の一部を、立川市の管轄として扱えるのなら、便宜を図りましょう、と。


 小学生発案、というのもいいですね。わたしが後押しします』と」




 ぽつり、ぽつり、と、元気なくメッセージを読み上げた。




「ぼくたち小学生発案の意見、それを実現させる議員さん。


 それに、公園を国の管轄じゃなくて、立川市の管轄にすれば、自治体の税収にもなる。


 票集めには持ってこいでしょう、って誘い文句は、やっぱりバツグンだったみたいですね」




 小学生たちは、無事すべて解決した、と言わんばかりに、互いに大盛り上がりにハイタッチをしている。

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