第一章 小学生≠大人 13
十三
「あ、わたしテレビで見ましたよ。今は採点もAIにまかせてしまって、持ち帰り採点は減っているんですよね」
「試験導入している学校があるのは事実です。ただ、まだまだ普及はしていません」
塚の突拍子のない発言にも丁寧に対応する押照に、仁楠は好感を覚えた。
「教頭先生、といっても、具体的に何をするか、なかなかイメージがつかないでしょう。よく、職員室の担任の先生、といった表現がありますが、我が校では、遊軍のようなポジションです」
何でも屋ですよ、と降江はボソリと付け加えた。
「担任の先生が病欠で、さらに副担任も病欠、といったときに、自習監督としてクラスに出向いたり、集会の司会をしたり、というくらいで、空いたポジションのサポート、という具合です。一人は、そうした、余剰人員というか、いざというときに身軽に動ける先生がいると、組織として便利なんですよね。
そういったこともあり、我が校の教頭職は、持ち帰りの仕事をするほどの仕事量は決してないのですが、増真くんたちにまんまとやられてしまいました」
小学生なのにね、頭を抱えた押照だったが、既にその小学生たちの弁論を目の当たりにした仁楠たちは、さもありなんという顔をした。
「あらかじめ古里織先生が出張で不在、隣のクラスの先生が授業をする、と決まっていた日があったんです。増真くんたちは、その日を待っていたんでしょうね。
その先生の子どもも別の小学校の生徒なのですが、どうやって連絡をとったのか、当日、仮病で学校を休ませたんですよね。心配になったその先生も看病でお休み。
そして降江先生に丸一日の授業という役目がまわってきたんです」
ちょっと、待ってくださいね。それはどれくらい前の話ですか? 塚がピンと手を挙げて質問を挟んだ。
「一か月前ですね。彼らの今日のアクションは、よほど前から計画されていたのでしょうね。
小テスト、音読、遠足の行先候補決め。濃密な一日でした。遠足の行先については、その日でなくても良かったと思いますが、クラス委員の増真くんにかかれば、その日の学活の議題を前倒しにすることくらいお手の物です」
見た目だけではなく、中身もしっかり大人なんだな、と仁楠はうなずいた。
「降江先生はもうヘロヘロです。それでも、周りの先生は、終わりきらない採点や学活のまとめについては持ち帰ってやっている。古里織先生に中途半端に引き継ぐのも悪いな、と考えた降江先生は、その日の仕事を持ち帰ることにしました」
それが、それこそが、彼らの目的でした、と押照の口は少しゆがんだ。
「堀音さん、という生徒がいたでしょう。降江先生とは、とても仲がよさそうで。あろうことか、その日、堀音さんは降江さんの家までついていきました」
「ちょっと、話が読めないのですが」
「そこが、わたしたちが警察をはじめどこにも相談ができない原因なんです。
仲の良い先生の家について行った。もちろん降江先生は、初めは断ったと言いましたよ。でもね、結局連れて帰った。
【先生、普段のわたしたちのクラスのこと分からないのに、持ち帰っても分からないでしょう。わたし、手伝うよ】
小学生からの提案、それもとても幼稚な提案だ。それに乗っかるくらいには、降江先生は弱っていた。
でも、一番やってはいけないことだ」
塚はピンときていないようであったが、仁楠と和井得は、降江を哀れんだ。
「女子生徒を自宅に連れ込んだ、っていうだけで、十分学校の評判は落ちますね」
「今どきの小学生は怖すぎますよ」
押照のため息は大きく、長く、五秒は息を吐き続けた。相手は決して、広いグラウンドで遊びたい、などという、無垢なだけの小学生ではなかった。
「でも、それだけなら、罠にはめるのは古里織先生でもよかったんじゃないですか?
教頭をそんな目に合わせるために、とても回りくどいことを」
「古里織先生のことは、いざというときに、不祥事に巻き込みたくなかったんじゃないですか」
和井得は降江のことを鼻で笑った。