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青空色の法則シリーズ

青空色の法則『スティル』

作者: 館翔輝

 床も壁も天井もすべてコンクリートでできた地下室。その真ん中には大きな机があり、書類やパソコン、機械や文房具がまともに整理もされずに散乱している。明かりは天井にある目に優しい暖色系の蛍光灯ひとつだけだ。

 この研究室の主は、十八歌流墮(じゅうはちかるた)だ。かなりどころではない変わった名前をしている。

 右半分が黒、左半分が白という独特の髪を持つ青年で、黒い目は半分閉じてとても眠たそうである。

 歌流墮が黒いノートパソコンのパネルを触って操作し、大型のプリンターが送信された書類を印刷する。

「ま、こんなもんかな」

 三十枚にも及ぶ書類の束の左側をホチキスで止め、製本テープをはり付ける。

「ん」スマートフォンが無機質な音を立て、電話がかかってきたことを告げる。「もしもし」

『やあ十八少年』

 電話口からは貫録を感じさせる男の声が聞こえてきた。五十代半ばと言ったところだろう。

扇間(おうぎま)先生」

 扇間と呼ばれた男は、こほんとひとつ咳払いをしてから本題に入った。

『「アイデンティティ・クライシス」プロジェクトはうまくいっているかい?』

「ええ、おかげさまで」

『それはよかった。並行世界「ディフィート」はシステムのエラーで消滅したはずだな。だが私のレーダーには「ディフィート」出身の人間が観測された』

「なっ!?」

 扇間が言う『アイデンティティ・クライシス』プロジェクトは、人工的に並行世界を創り出すプロジェクトである。『ディフィート』はその成果の一つだが、だいぶ前に世界を維持するシステムに不具合が起こり消滅してしまった。

「それは……間違いないんですか」

『ああ……そしてそれは、こちらの世界にいる自分自身と接触。この世界も消滅させようとしたようだが、なぜか助かったよ』何かを飲む音が聞こえる。たぶん扇間の好物のレモン炭酸水だろう。『おそらく魔法だろうな』

「……そうですか。どうやって『ディフィート』から脱出を?」

 少し間が空く。

『それは私にもわからん。それよりも、接触を図ってみればどうだ? 君は「ディフィート」が気に入っていただろう』

「ええ」先ほどまとめた書類を本棚に入れる。「やってみます」

『わかった。ならデータを送っておこう』

 ブラウザでメールサイトを開くと、すぐメールが届いた。

 写真によれば、青空をもう少し濃くしたような髪の少女だ。頭の上には一対の猫耳があった。身長は百五十ぐらいで、顔も子供っぽい。服装は黒地に水色の線が縁の近くをめぐらされた薄いジャケット。サングラスを目に、ヘッドホンを首にかけている。

「ありがとうございます、扇間先生」

『気にするな。唯一の親友の忘れ形見だ、頼まれたら断れるわけがないだろう』

 扇間は大きな声で笑った後『またな』とだけ言って電話を切った。

 そして歌流墮は写真を解析プログラムにかけ、より詳細なデータを得ようと試みる。

 本棚に入れたはずの書類がなくなっているのも気づかずに。


 * * *


 都会の大通りに面した古いマンションの一室。古いとはいえ、掃除や手入れが行き届いており外見はまだまだきれいだ。

「三人もいると窮屈だね……」

 机に座って携帯ゲーム機で遊んでいる(ことわり)が呟く。水色の髪に水色の目。これから特にお祭りに行く予定もないが、水色の浴衣を着ている。身長は低め。頭には髪と同じ色の猫耳がぴこぴこと動いていた。理はばけねこなのである。

 この部屋はもともと理ひとりで住むはずだったので狭い。大きな部屋が一つだけと、シャワー室とトイレが付いている。そして部屋のど真ん中には机、隅にはベッドが二段ベッドと普通の小さなベッド、冷蔵庫など生活に必要なもろもろがある。さらに、ここの住人は片付けが苦手なので地面には物がいろいろと置いてある。とにかく狭い。

「ひっこししよーよ」

 ソファの上で本を読んでいた碧木(みどりぎ)リラが言う。

 薄紫の髪をした幼稚園児で、ひらひらのついた服を着ている。年齢は低いがリラは異世界からの転生者だ。前世の記憶はないものの知識はそこら辺の一般人よりはるかに豊富で、魔法も様々な種類を使える。いろいろあって理がリラの親から預かっているのだ。

「引っ越しはお金がかかるでしょ」二段ベッドの上で(ことわり)が伸びをした。天井に頭をぶつけた。「いてて……魔法が使えるんだから使えば?」

「あっ! そうじゃん!」

 断は崩壊した『ディフィート』という出身の並行世界から脱出し、この世界にたどり着いたという経緯を持つ。理と断の名前の読みが同じなのもそのためだ。違いは断の方が身長が高く、髪の色が濃く、あとボクっ子だという点くらい。服装は黒いジャケットを羽織って、サングラスとヘッドホンを着けている。

 理がゲームを終え、魔法を使う。カーレースゲームの結果は最下位だ。

 空間がぐにゃりと歪み、一瞬で小学校の体育館ぐらいの広さまで引き延ばされる。物の配置は変わらない。

「ひろい! おねーちゃんすごい!」

「えへへー。ま、それほどでもあるね」

 断が容量化け物の魔法の鞄から銃を取り出し、入り口側の天井に発射する。

「うわわ!? 何やってんの!?」

 だが理とリラが思った通りにはならず、銃からは吸盤がついた紐が射出された。それが天井にくっつき、銃がするすると紐を巻きとってゆく。

「ちょっとここにアクロバットのコースを作ろうかなーって。ボクそういうの得意だからね」

「おー! がんばって!」

 魔法で丸太やタイルや大きなリングや水槽など、本当に様々な物を宙に浮かばせてゆく。理はコースづくりの風景をよく見ているが、リラは興味がないのかゲーム機を勝手にとって遊んでいる。今トップを独走中で、理より断然うまい。

 十分もすれば端から端までにさまざまなものが置かれた。ぐるぐる動く足場や定期的に往復して邪魔するブロックなど、アクロバットではなくアスレチックである。

「完成だよー!」

「やってみてー!」

 断は親指を立て、ひょいっと軽い足取りでレンガに乗る。そのままぴょんぴょんと軽くとんでいき、

「あっ」

 ゴール直前の滑る足場で滑り、ぐるぐると回転しながら落ちて行った。ちょうどいいタイミングでドアが開く。

「あー!?」

「うぎゃっ!」

 肌色のエコバッグを持った少年――(とが)が、見事に断に押しつぶされた。バキッと嫌な音もして断のサングラスも折れてしまう。


「まったく、何をやってるんだかー……」

 のんびり口調の科があきれ顔である。紺色の髪がぴょんとはねており、とても可愛らしい。瞳の色は上下で紺色と琥珀色が半々という変わった目をしている。全体的に見れば、もろ小学生だ。たぶんもっと年上だろう。

 新しいサングラスをかばんから取り出した断はまったく気にした様子もなく、もしゃもしゃと手土産のチーズバーガーを食べていた。

「で、今日はどうしたの?」理が尋ねる。「おいしいカフェオレが売ってたとか?」

「全然違うよー。今日は断に用があって来たんだ。ああ、お断りの方の断ね」

 がっくりする理。

「『ディフィート』について……良いのか悪いのか分かんないけど、報せがあるよー」エコバッグから大きなプラスチックケースを取り出した。「ぬか喜びさせるだけになるかもしれないから、聞かなくても――」

「聞く!」

 食い気味に言う断。科はうんと頷き、ケースから一冊の本を取り出した。

「この書類はとある研究所から盗んできたものだよー。これに『ディフィート』がどうして生まれたか、どうして消えたかが書いてあるよ」

「!」

 断はばっと本を奪い、食い入るように読み始めた。しれっと犯罪を犯している点には誰もつっこまない。

『アイデンティティ・クライシスプロジェクト報告書』『ディフィートについて』

 一分ですべて読み終わった。断が顔をあげると、科が尋ねる。

「本題はまだあるよー。驚かないでね」

「うん」

 科は人差し指を立てた。

「おそらく『ディフィート』出身の人たちは、世界とともに消えたわけではない。他の世界へ、もしくは新しい世界に移された可能性がほぼ確実だよ」

「……それじゃあ!」

「うん。『ディフィート』にいたみんな、まだ別の世界で生きているはずだねー」

 断は椅子を蹴飛ばして立ち上がり、他の世界に干渉するために魔法を構築しだした。そしてすぐに空間を移動する。


 * * *


「うわ!?」

 アスレチックで悪戦苦闘していた理が地面にぶつかる。

「!?」

 ゲームに夢中だったリラが体勢を崩してすっころぶ。

 無事なのは科と断だけである。

 ここは、別の世界。どうやらとても高い建物の屋上に四人は来たようだ。見下ろせる街の景色は近未来的なフォルムをしている。プロペラのついた乗り物のようなものがいくつも空を飛び交い、形の美しい三日月が浮かんでいるのに市街地は真昼のような明るさだ。

「えと……ここは?」

 理が膝をさすりながら尋ねる。それに答えたのは、他の三人ではなかった。

「此処は『リアクター』。御存知の通り『アイデンティティ・クライシス』計画の成果の一つだ」

 振り向くと、そこには万人を魅了するような美少女がいた。

 黒く長い髪は束ねずに背中の中ほどで切られている。高さはバラバラで一見雑に切ったようにもみえるが、自然な美しさを醸し出している。珊瑚礁がある青い海のような色の目。前髪は黄色い星型の装飾がついたピンでとめていた。断は大学生ぐらいだろうと思う。

 服装は紺色のスーツと紺色のネクタイ。その右手にはシルクハット、左手は持ち手の曲がったシンプルな杖を持っている。

 ただ、胸はぺったんこだった。

(ゆめ)!」

「久し振りだ断。それ以外は……顔を合わせた事は有ったか。一応自己紹介をさせて頂こう、夢だ。今はこの世界を旅している」

 このやたら漢字を使う夢は怪盗である。マジシャンもびっくりな奇術をもってどんなものも盗んでしまう。今のところ成功率は百パーセントだ。

 以前利害の一致から仲間として活動をしていた断がこの中で一番夢の性格を分かっていた。

「今回は何が狙いなの?」

「鋭い」口角を少し上げる。「今回の獲物はゴッホが描いた『秋と飛行船』だ」

 理と断が首をかしげる。

「そんな絵……」

「此処は君たちの居た世界かい」

「あ!」

 ここは並行世界だ。ゴッホが聞いたこともないタイトルの絵をかいていたとしてもおかしくはない。

「私はこの世界の事を粗方調べ終わっている。どうだい、今回は共同戦線と行こうじゃないか」

 科は夢のことを知らない。信用できるかどうかも分からない。

 理と科の視線を受けた断は小さく頷く。

「夢はこちらが協力すれば向こうも協力してくれるよ。決して裏切らない、そういう性格だからね」

「良く分かっている様で何より」

 さっきから反復横跳びをしているリラが鋭い問いを投げかけた。

「そのえをプレゼントされてもうらぎらない?」

「勿論」今度は夢自身が答える。「そんな物幾らでも私だけで盗み出せる」

 理が夢に近寄り、右手を差し出した。

「うぃーあーふれんず! だね!」

 一応握り返す夢。

「友では無い」

「えーっ?」


 都心の最高級ホテルの一室。五人の大所帯なので部屋も一番大きなものにした。しかもメイドさんがいる。

「どうもいらっしゃいなのです! 私はメイドの霧崎港(きりさきこう)と申しますです! よろしくなのです!」

 港は黒髪黒目だが日本人というよりはやや西洋風の顔立ちだ。頬にはそばかすがある。服装は典型的なメイド服を着ている。

「初めまして理だよ! よろしくね! じゃあみんな自分寝るからよろしく! おやすみ!」

 理は一番隅にあるベッドにもぐった。

「ボクは断だよ! よろしくね」

「あれ? お名前同じですか?」

「漢字が違うんだ」

 空中に指で『理』と『断』を書く。港はあーと納得した。

「で、左から順に夢、リラちゃん、科くん」

「はいはい、わかりましたです! じゃ、何かあったらおもーしつけをどうぞですね! ちょっと仕事で二徹してたので仮眠取らせてください!」

 断と夢とリラは「そーなんだ」で終わったが、科は絶句した。仕事で二日も徹夜とはブラックすぎる。ちょっとこの日本は労働に関する法律がおかしいのかもしれない。


 * * *


「面白いこともあるもんだな?」

 都心に建ついたって普通の一軒家。その一室で(ただし)はつぶやいた。その目の前には、やけに画質がいいブラウン管テレビが真夜中の監視カメラの映像を映し出している。

 律は普通の日本人だ。切れ長の目で、クールな印象を与える。どこかのアイドルグループに所属していそうな見た目だが、していない。

「まっさかおれっちたちのドッペルゲンガーがいるとは思わないよねぇー」

 それに床に寝転びながら同意するのは(まなび)だ。紺色で、両目にかかる二筋だけが黄色い髪をしている。目は左が琥珀色、右が紺色の目をしている。小学生のようなかわいらしい外見だ。そして頭から小さな双子葉類が生えていた。

「律はドッペルゲンガーいないじゃん、なっかま外れ! やーいやーいたたっ!? ちょ、人間の首は百八十度は曲がらないぃぃいい!」

 律に力で首を折られそうになっているのは、(ほつれ)という少女である。水色の髪をみつあみにしている。頭には一対の猫耳があった。服装は花火のイラストが縫われている浴衣だ。

 ブラウン管テレビに映る映像は、理たちがこちらの世界へと来たときのものだ。解と学はまだ、自分と彼らが並行世界における自分自身だということをまだ知らない。しかし律だけは、何となく感づいていた。


 * * *


 午前五時。

「あれー?」

 起きると夢だけいなくなっていた。首をかしげる断の表情から察したようで港が教えてくれる。

「夢さんなら今日午前二時にどっか行きましたですよ。ええと伝言が。『美術館の調査をする』らしいですです」

「ああ」

 これから盗むための調査をするのだろう。今日の晩には予告状が送り付けられたとニュースになるに違いない。

「うにゃ……ひっ、待って……パソコンが壊れたにゃぁぁ……」理が寝言を言う。「たす、助けて……」

 パソコンが壊れたのがそんなに怖いらしく、やったらめったら手足を動かしている。しかも目からは涙がこぼれている。

「あ」

 港が声を漏らした。

 なんだと思う間もなく、街中にけたたましいサイレンの音が鳴り響く。

 断はとりあえずこの建物すべてに防御結界を張り、自身も銃とロケットランチャーを構える。

「すごいです! えっと、近くの国からミサイルが発射されたようですです」港がスマホを見ながら言う。「ロケットランチャーでぶっ飛ばしてくれませんですかね。このままいくと東京が更地になっちゃうんですが」

「言われなくても!」

 窓から外に出る。魔法で浮遊し、空に目を凝らした。

「あった……!」肉眼では白い粒にしか見えない。ただ、目視で切ればそれで十分。「爆ぜろぉぉおーっ!」

 お気に入りのロケットランチャー『アクシスspade(スペード)-098E(エクスプロージョン)S(セッティング)』を空に向けて放つ。これは『spade(スペード)』シリーズのロケットランチャーのひとつを、軽量性と正確性を犠牲に威力を強化したものだ。扱いにはかなりの器用さを必要とするが、ばけねこである理なら何ら問題ない。

 現に、すぐ降ってきたものはミサイルではなく金属片だった。結界を展開して受け止め、魔法空間に入れる。

「あーあ。こりゃ外交問題だねえ」

「だろうな」

「わっ!?」

 いきなり後ろから声をかけられ、驚いて魔法を解除してしまった。真っ逆さまに断が落ちそうになるが、差し伸べられた手につかまって何とかセーフである。

 そして断は、手の主を見て驚いた。

「……(さだめ)?」

「ほーそうか」法と呼ばれた男は何やら納得した様子を見せる。「オレの名前は法なんだな。ああ、オレは律だ」

 何やらよく分からないことを言っているようにも聞こえたが、そうではない。

「初めまして、『ディフィート』出身の解」

「え……し、知ってるの?」

「当たり前だ。オレを舐めるなよ、天才様だからな」

 ふわふわと空中で胡坐をかく律。

 理などが言ったら呆れそうだが、並行世界の存在を知っているのなら否定はできない。

「ひとつ取引をしようぜ」

 首をかしげるが、律は気にせず話し続ける。

「お前は『ディフィート』の他のやつらを探してる、オレは『ディフィート』出身の学の場所を知ってる。どうだ」

 断の尻尾が驚きで直立する。

「学って誰?」

「ああ、えーと紺色の髪のチビ男子」

 どうやら科のことのようだ。

「ただそいつはオレ達の手に負える奴じゃねえ。簡単に言えば国際犯罪組織のリーダーだな、一年前にたった一日で幹部全員とリーダーを抹殺して乗っ取っちまった。そして」

「そして?」

「そして、たぶんこれまでの記憶がねえ」

「え……」

 会えばなんとかなるかもな、などと言いながら右手を差し出す律。

「その組織を潰すことに協力するなら学のことを教えてやる。協力しないんだったら……まあさっき言ったことはけっこう機密に足つっこんでるからな、お前を消す」

「えー……脅迫反対! 暴力反対!」

「だろ。じゃあ協力するってことでいいな、よろしく」

「むう……やり方が汚いぞー!」

 ぶーぶーと騒ぎながらもとりあえず握手をする。

「なんかあったら会いに行く。暇があったらここに来い」

 律がポケットから取り出したスマートフォンを指さす。

「ここ……」

「ああ。オレは人々の平和を守る公安様様だからな。本当は人に言うのはダメらしいが」


 * * *


「……やけに騒がしい」

 夢は標的の美術館に忍び込んでいる。それはいいものの、開く前からやたら騒がしい。さっきサイレンが鳴ったからだろうかと思ったが、ミサイルは消えたらしいし、どうやら違いそうである。

 廊下に隠れたまま聞き耳を立てる。

「――あのアマ、ワシの名に泥を塗るつもりか!」

 髭をたたえまくった白髪の男が忌々しそうに壁を殴る。夢の事前の調査によれば、この展覧会の主催者で、ここに出す絵の四割を所有する有名コレクターだったはずだ。狙いの『秋と飛行船』もこの男が持っている。

「いいえ、絶対に防いで見せます! 我々にお任せください!」

「む」

 どうやら何かが盗まれるようだ。もしや、と夢が思う。

「しかし相手は成功率十割の大怪盗だ! できるのか!?」

 予想が当たっていそうだ。夢の顔色が悪くなる。

「はい! 動けるものを全員ここに集結させます! 絶対に盗ませません!」

 警備会社のお偉いさんらしい人がそう元気に言う一方、何人かはこう呟いていた。

「あの美少女怪盗が来るのか……絵を盗みに!」

「……」

 どうやら、こちらの世界の夢も同じ絵を標的にしていたようだ。

「まあ良い」気を取り直して懐からカードを取り出す。「お宝争奪戦と行こうか」

 人差し指と中指に名刺サイズの予告状を挟み、投げる。それはすとっと主催者の男の真上に壁に突き立った。それを見ると、夢は液体になったかのように地面へと溶け込み、その場を去った。


「おかえりなさいなのです!」

 ホテルに戻ると港が小声で挨拶をした。見てみれば港は悪夢にうなされている理の手を握り、もう片方の手でやさしく胸を叩いていた。

「どうだった?」断が空のティーカップを弄びながら言う。「さっき速報で予告状が来たって言ってたよ。早いね」

「ああ……いや。此方の世界の私もあの絵を標的としている様だ」

「へー!」

 断がサングラスをあげ、真ん丸な水色の目が覗く。興味を持った時にだけする仕草だ。

「じゃあ奪い合いに……あれ?」

「……は?」

 テレビの上部にテロップが流れる。

「ねえねえ、大丈夫なの? これってまずくない?」

「ああ……」

 テレビには、『明日開店の展覧会へ四人目の予告状が届く』と映し出されている。

「今回は諦めるか……」

「だめだめ頑張れ! 百パーセントでしょ百パーセント! ね!」


 * * *


 大きなコンクリートの建物の二階。

 (とが)はその一室で目が覚めた。作業中だったが、机に突っ伏して寝てしまっていたようだ。電気をつけず向かいの窓から星空を眺め、ため息をつく。

(星が騒いでいる……)

 何かが起こる気がする。現段階ではただの『気』だが、たいてい現実になる。

「うっ……」

 剣で貫かれるような頭痛がした。栂にはよくあることなのである程度は慣れている。机の引き出しからとにかく速く効く頭痛薬を一錠取り出し、面倒なので水なしで飲む。広告通りよく薬は効いた。

「……」

 栂は自分が何をやっているのかよく分からない。

 気がついたら小学校の教師をやっていた。幸せだったような気もするが、それをやめ、また気がついたら高級腕時計の職人をしていた。そして今は世界中をまたにかける犯罪組織のリーダーだ。本当にわけが分からない。一瞬一瞬、飛び飛びでしか自分の意識がないような気がする。

(なんでこんなことやってるんだろ……)

 今の暮らしは、何かが欠けている。

 金なら捨てるほどある。豪邸だって世界中に持っている。興味はないが望めば美しい女とずっと過ごすこともできよう。

 だが、何かが足りない。決定的な何かが。それが心に大きな空洞を作っている。

「ん」小さな音量でなりだした電話を取る。「もしもし」

『真夜中にすいやせん、ただちょっと報告したいことが……』

 部下のひとりだ。

「どうしたの」

『日本の警察どもと、FBI、他にもいろんな国の組織が兄貴のこと嗅ぎまわってるらしいんで』

「そう」

 この仕事も辞める頃合いだろうか。

 そう思った瞬間、ガシャンと大きな音がして栂の周囲の空間がすべて黒く塗りつぶされた。

 頭の中に何を言っているのか分からない声が響く……。


 * * *


「出身地以外の世界に行くのはルール違反なんだ。どんなかわいいお嬢ちゃんでもその決まりは曲げられないのさ、すまないね」

 さっそく律の緊急の連絡を受け、指定された場所へ向かう途中。断の前に、髪が白と黒の半々の男――十八歌流墮が立ちはだかった。

「知らないよ、そんな他人が勝手に決めたルール」

「だけどこちらにはそれを押し通せるだけの力がある」

 いつの間にか、歌流墮が両手に何かを持っていた。金属の棒に、黄色い取っ手をつけただけのシンプルな形だ。それなのに、断が一目で危険と判断した。

「これは、まあ、鉄パイプだね。お気に入りなんだ」歌流墮が飄々とした態度で言う。「触れた物に様々な『コマンド』を適用させられる『デバッガ』。つまり君を消滅させることもできる。しないけど」

 ロケットランチャーを腕に魔法で括り付け、構える。ただ『デバッガ』の前には、そんなもの無いに等しいだろう。

「……何が目的? 人の人生ぶち壊しておきながら、また何かするわけ?」

「いや。我々は君を保護しようと考えているんだ。他の世界に干渉されてしまってはプロジェクトに支障が出てしまう。だから新しい世界を作って、そこで住んでもらおうと思う」

「嫌だ」

 はっきりと拒絶する。しかし歌流墮にはひるんだ様子もなく、想定内だったのだろう。

「多少辛いかもしれないけど、こちらとしては……ま、君たちの幸せより研究の方が大事なんだ。悪いね」

 それには答えず、ロケットランチャーをぶっ放す。歌流墮は『デバッガ』を素人同然の動きで振りかざした。

 すると、それに触れた弾が一瞬で消え去ってしまう。

「……!」

 剣術は素人同然。だが武器が化け物だ。これはまずい。

 それに、ここまで無防備にのこのこ出てきたのだから『デバッガ』以外に何か、奇襲などに耐えうる道具やシステムなどを持っているのだろう。

「さあ、おとなしく従ってくれないかな。結果は同じだよ」

「……そのパイプ――」

「『デバッガ』さ」

 遮られたのでちょっと不愉快な顔をするが、いちいち話を止めていては会話が進まない。

「『デバッガ』は『コマンド』を適用するって言ったね」

「うん」

「じゃあ」

 ロケットランチャーを魔法で別の空間に収納し、かわりの武器を取り出す。

 それは竹刀だった。ただの竹刀にしか見えないが、歌流墮に悪寒が走る。

「当たったものの『コード』を改竄する『リビルダ』。どっちが強いか、やってみようよ」

 その竹刀の持ち手部分には、紫色で空集合の記号がしるされていた。


 * * *


「くっそ! おせえな……なんか捕まってんのか?」

 律は悪態をついた。

 ここは律の所有するビルの最上階。主に公安としての権力を濫用する際に使う部屋だ。だいたい共犯は解と学である。ガラス張りの壁からは東京の輝く街並みを見下ろせる。

「「なんか変な人が来てる……あ」」

 解と学の声が重なった。二人とも照れて頭をかく。

「変な人って誰だ?」

「白黒マン」解がリアルタイムの衛星画像を拡大する。「私のドッペルゲンガーが白黒マンと戦ってる」

 それぞれ竹刀と鉄パイプを握っている。戦闘が苦手で経験のない学はむちゃくちゃに打ち合っているように見えたが、律は明らかに白黒マンが優勢であると分かった。

「おい解! 助けに行くぞ!」

「ええ? なんで?」

「あいつの友達の命が懸かってんだ!」

 そう言われると動かないわけにはいかない解だ。

 エレベーターに乗ろうとした時、ふたりの前に男が出現した。

「すまないが、計画を邪魔されるのはこちらとしても見逃せないな」

 がっしりとした中年の男――扇間(さとし)だ。

「やっぱりかよ、めんどくせえやつだな……」

 聡は一時的に三人を誰もいない世界へ転移させようとする。だが、律がとっさに跳ね返す魔法を使ったため聡まで巻き込まれた。

「うわ! ドッペルゲンガーが死んじゃうよ!」

「すべて終われば元の世界に帰す。それまで待っておいてくれ」

 聡は世界を渡れるので問題はない。すぐに消え去ってしまった。

「あのジジイ……!」


 * * *


「……!」

「だから言ったよね、無駄だよって」

 断が横に飛び、そこへ吸い込まれるように『デバッガ』が突っ込んでくる。『リビルダ』を振り下ろすが、当たらない。

 どちらもお互いに決定打を与えられないという状況が続いていた。だが、断の体には疲れがたまっていく。一方の歌流墮はまだ涼しい表情だ。

「せやっ!」

 振り下ろし、ついでに花火や風や水などのいろいろな魔法を撃つ。

「小細工じゃ何も変わりはしない。もう疲れただろう? 諦めようよ」

「……おや……」断は見つけた。「ふふ、いやだね!」

 歌流墮の目の前で花火が弾けた。驚いてのけ反ると、その奥で断が口角をあげているのが見える。

「年の功と経験の差だよ」『リビルダ』が青いオーラをまとう。「舐めんな、若造」

「はったりかい」

「そんなわけないじゃん」

 とたん、歌流墮は体中を刺し貫かれるような痛みを覚えた。

 なんとか『デバッガ』を杖に立つが、その後ろからまた声が聞こえた。

「こんなこともあろうかとっ! 自分は花火式暗号を開発しておいたさっき! ふはは、自分は天才なのだー!」

「誰だ……おまっ」

 そこにいるのは、電柱の上でダンスをしながら拳銃とナイフをジャグリングする理だ。

「まだいたのか……!」

「そういうわけで、あきらめるんだなっ!」

 はっとして振り向いたが、既に遅かった。

 歌流墮が意識の最後に見たのは、自分に振り下ろされる竹刀と青髪の美少女だった。


「というわけだね」

「なるほど、公安かあ。かっこいいね!」

 断は理に事情を説明した後、今は呼び出された場所へ向かっている。歌流墮は『デバッガ』その他使われると面倒そうなものをすべて奪った後、手錠をかけて睡眠薬と麻酔を致死量ギリギリ注射しておいた。放っておけばあと三日ぐらいで起きるだろう。大丈夫、死にはしない。

 すぐに大きなビルが見えてきた。自分たちが宿泊しているホテルよりは低いが、それでも周りの建物とは比べ物にならないぐらい高い。

「てやっ!」

「ひゃ!?」

 理の手を引っ張ってお姫様抱っこし、飛び上がる。そして最上階の開いている窓へ飛び込んだ。

 しかし。

「あれ……?」

 部屋には誰もいない。

「まさか……」理が慌てる。「詐欺師だった!?」

「たぶん違うよ。あ、ほら書置きが……ふむ?」

 紙には『これ 中 引き出』とだけ書かれている。乱雑な字なので、よほど切羽詰まった状況だったのだろうか。

 この紙が乗っていた机の真ん中の引き出しを開けてみると、一枚の紙と写真があった。

「っ!」

「どしたの……あ!」

 理の友人の科にそっくりな人物。そして断の親友の写真がそこにあった。

『これは現在の状況を自動的に表示する特殊な紙だ、見た後も持っておけ。こいつは現在白黒野郎の仲間に攻撃されている。このアドレスを口に出した後行き先を指定せず転移魔法を使え。オレは安全だから気にするな、こいつの救出が全部終わってもオレからの接触がなければ、ここに表示される手順に従って助けろ』

 それとアドレスと思わしき十数桁の数字の羅列だけが書いてある。断は理の手を握ると、アドレスをつぶやいて転移した。


 真っ暗闇。断たちがついた場所はそれ一言に尽きる。ただ、お互いの姿は問題なく見れるようだ。

 そして、

「うぎゃー!?」

 乾いた発砲音が響き、理が右手を押さえる。すぐに魔法で治ったが、音のした方を向けば少年が立っていた。

 栂だ。

「……!?」

 確かに鮮血が舞ったのに、すぐに平気そうな顔で何かを話すふたりを見て栂は狼狽える。

 そして断が飛びかかってきて、さらに狼狽える。

「わーん! ほんとにいた! うううう、どんだけ探したと……ぐすっ」

「は!? ちょ、え!?」

 いきなり抱き着いてきた。しかし栂は断と仲良しだったころの記憶を持っていないので、完全に敵扱いをする。とにかく引き金を引こうとした。

「良くない! ベストフレンズに発砲するんじゃない!」

「な、何を言ってる……?」

 引き金がなぜか引けない。そのまま驚く栂から拳銃を奪う。

 断は久々の感動でちょっとおかしくなっているようなので、理が代わりに状況を説明する。栂はふうんと頷いた。

「……で、ここはどこ?」

「さあ? 紙によれば白黒野郎の仲間に攻撃されてるって言ってたけど……」

 かばんからリアルタイム情報表示紙を取り出す。文面が変わっていた。

『すぐにそこから脱出しろ! このままだとみんな仲良く元の世界に戻れなくなる。とにかくその空間内にいるクソジジイを探してぶちのめせ! さっさとしろ!』

「クソジジイを探すんだって!」理が紙をかばんにしまう。「とはいえ――そこにいるみたいだけど」

 発砲する。真っ暗な空間が紙を握った時のようにぐしゃりと歪み、一人の男――扇間聡が現れた。

「よく分かったな。だがこの空間は私が解除するか死ななければ脱出できないよう設定してある。そして私はやられる気はない」左手に持っていた煙草を口にくわえる。「つまり逃げられんということだ」

「じゃあボクだってこのままなんとかなる気はないよ! やってやる!」

 断が右手に『リビルダ』を出現させ、左腕に『アクシスspade-098ES』を括り付ける。それを見て理も二丁の銃を取り出し、状況がひとりだけよく分かっていない栂もなんとなく銃をぶっ放した。

「せやあ!」

 気合いの入った掛け声とともに、まっすぐ『リビルダ』を振り下ろす。聡はどこからか出現させた短剣でそれを防いだ。断の顔が驚きに染まる。

「改変能力か。私の得物はその程度でやられはせんよ」

「けっ、面倒なやつめ」

 理の蹴りが迫る。体をひねって躱されたが、横を通り過ぎる時に銃を乱射した。それらは目に見えない壁に防がれる。

「ただの銃じゃ埒が明かないから! これ使って!」

「あいさー!」

 銃をかばんへしまうと、投げてよこされた『デバッガ』を構える。いつも銃ばかり使っているので鉄パイプはあんまり様にならない。

「……それはどうした?」

「白黒野郎から奪った!」

「そうか」

 あんな髪をしている人はそうそういないので白黒野郎で十分通じたようである。

 いちおうばけねこなので身体能力はかなり高い。理はとにかく化け物武器を振り回した。援護射撃のつもりか栂の銃弾もいくらか飛び交う。

 それを適当に右手だけであしらい、これ見よがしにため息をつく。何か口を開きかけたが、断がそれを遮った。

「隙だらけ、でしょ?」

「……」

 次言わんとしていたことを当てられ、黙って返す聡。

「そんなお粗末な挑発でのせられ――」理を見た。「の、のせられてる……」

 理はむきになってさらに激しく『デバッガ』を振り回している。今度は断がため息をつき、頭を抱える。

「うーっ! この! こんにゃろ!」

「その程度では私を殺すことはできんよ」

 断が手を叩いたので、理はようやく落ち着きを取り戻した。地面を蹴って後ろへ下がる。それと入れ替わりに断が冷静に攻撃していくがやはりあしらわれてしまう。

 先ほどまでは駄々をこねる子供のような感じだったが、断と聡の剣戟の応酬はさながら熟練の踊り手による舞のようだ。落ち着きがあり、それでいて激しく美しい。

 しかしそれは、聡の一言で終わりを迎える。

「……そろそろ着きそうだな」

「!」

 つまり制限時間以内に聡を倒せなかったということだ。リアルタイム情報紙によればもう二度と出られないらしい。

「このー!」

 助太刀のつもりで理も飛びかかるがあっけなく躱されてしまった。

「さて、これで――」

 しかしその言葉は最後まで言い切られない。

 聡の背後から空間が裂け、東京の上空へと塗り替えられたからだ。


 * * *


 時間は少し前に遡る。科はホテルで言い表しようのない不吉な予感を感じていた。

「どうかしましたですか?」そわそわしている科を気にかけて、港が口を開く。「いい香りのハーブ茶でもいかがです? 私が好んでよく飲みますですね」

「ああ、うん……もらっておくよー」

 部屋の壁に埋め込まれるような形の棚のひとつにかごがある。そこにあった黄緑色のティーバッグをとり、ティーポットに湯を注いだ。すぐに科の元へ甘い香りの茶が届く。

「どうです? おいしいですか?」

「ん、おいふぃー……」

 だが、いくら美味しいお茶を飲んでも胸騒ぎはおさまらない。不安を押し殺しておとなしくしておくほど、科は大人ではなかった。

 すぐに「ちょっと散歩してくるー」とだけ言って部屋を飛び出す。港も事情こそ知らないものの何となく雰囲気で分かったのだろう、いってらっしゃいとだけ言った。

(なんでだろ……っ!?)

 路地裏に、何かが倒れていた。近寄ってみると人間のようだ。白衣を着ており、髪の毛が白黒半々の珍しい男――歌流墮である。科がちょっと見てみれば、複数種類の薬物で昏睡させられていることが分かった。魔法で瞬時に解毒剤を生成し、水と一緒に飲ませる。

「がっ……あ……ん……?」

「おはよーう」

「あ……きみ……は、あ! 君も、なのか……なんてこった」

 科には理解できないことを何やら呟き、頭を抱える歌流墮。しかしすぐにポケットから何かを取り出し、それに映し出された映像を見て飛び上がる。

「扇間先生……何をやってるんだ……? し、しかもこの子!」

「どうしたのー……あっ!」

 その手のひらサイズの円盤には、聡と、戦う理たちが映っていた。

 歌流墮は体中のポケットをパンパンと叩く。

「ない……!」

 そう。歌流墮が寝ている間に危険物をすべて断がはぎ取っていたのだ。

 だが、こういう状況に陥ったときに何も対処できないわけではない。

「……」

 ごにょごにょとコマンドを唱える。すぐに鉄パイプ――『デバッガ』が歌流墮の左手に出現した。

「それはー?」

「『デバッガ』の……強化版かな。すぐに戻るから!」

 歌流墮は自分に『デバッガ』を当てると、コマンドを発動し、空間を切り裂いた。


 * * *


「歌流墮……!」

「扇間先生! 何をやっているんですかっ!」

 暗闇を切り裂いたのは白黒の髪の歌流墮だった。聡が忌々しそうな顔をする。

「まあいい、プロジェクトは続行だ。余計なことをしなければよかったのにな、歌流墮よ」

「っ……!」

 聡は、もとから歌流墮のためになど動いていなかったのだ。それは自身の計画のため。それを歌流墮も察した。断も事情を察したが、理と栂は仲良く首をかしげている。

 暗闇を再び展開しようとするが、遮られる。

「信じていたんですがね……まあ」歌流墮は首を振った。「優先順位を変更だ。扇間先生と『アイデンティティ・クライシス』よりかわいいお嬢ちゃんたちの方が大切! せやぁ!」

「――ぐはっ!」

 聡が吐血する。

「……え?」

 理が間抜けな声を出した。

 歌流墮が『デバッガ』をぶんとふると、一瞬前まではついていなかったはずの血が飛ぶ。聡の血だ。

「歌流墮……貴様……っ!」

 忌々しげににらみつけるが、歌流墮はもうすっかりこれまで世話になったことを忘れてしまったかのような淡白な表情をする。

「人間、本気を出せば何でもできるんです」

 しかし本気を出し過ぎたようで、歌流墮は崩れ落ちた。同時に透明な魔法の床が砕け、全員が落下を始める。

 真下は、東京の街中だ。

「うわ!? うわああー!?」

 だが、すぐに全員の体が再び宙へ浮かぶ。

「へ?」

「――私の、私の計画を邪魔するなァァアア!」

 地震かと思うような爆音が響く。聡が、自分の腹へダガーを突き刺した。するとその姿が醜い、それは醜い化け物へと変貌し――

「まったく馬鹿め」

 乾いた銃声と、かっこいい声が響く。

 律だ。右手にライフルを持っている。

「ガ、アガアア……!?」ボロボロと崩れ始める聡。「何だ、それはァああア!?」

「これか? そうだな……お前みたいなやつに対処する『アンチ化け物ライフル』とでもしておこうか」

「ふざけ、やガってェェエエ――」

 それが聡の最後だった。もう一発の弾丸が眉間へ打ち込まれ、揺らめく炎のように体が消え去る。


 * * *


 数日後。

「んー、なんだか、なんか見たことあるような気がする」

 ホテルに来た栂は断を見て開口一番にそう言った。

「ほんと!?」

「う、うん」

「わああ! やったあっ!!」

 抱き着かれて苦しそうにする栂。嬉しさで加減を忘れ、めきめきと嫌な音が響き始めたのでさすがに理が引きはがした。

 こんこんとドアがノックされる。

「俺だ」

 この低いクールボイスは律しかいない。リラが「どうぞぉー」と言うと、律はパソコンと変な機材を両手に入ってきた。

「それは?」

「俺の作ってるスーパーウルトラハイパーバーチャルゲームだ。しばらくしたらコンテストもやる。テストプレイやりたいやつはいるか?」

「はい! やるやる!」

 理が機材を奪い取った。よく見てみれば、ヘルメットのようである。

「じゃあベッドに寝て、それつけろ。意識飛ぶぞ」

「え?」

「ゲーム世界に意識が行くから安心しろ。危なくなったら外してやる、多分生還できる」

「た、たぶん……」

 次にドアが開いて、大きな袋を持った夢が入ってきた。

「獲った」

「おー、さっすが大怪盗!」

 騒がしいことに間違いはないが、平和が戻ってきた。

 ずっと平和が続けばいいなという思いと、危険を冒してでもまだ別の世界にいるであろう友人たちとも会いたいという思いが戦っている断であった。

 ヘイヘイ、館翔輝(やかたとびきらり)ですぜ。

 ちょっとこれまでの作品のフォルダを見てみたんですけど、青空色の法則シリーズはどんどん長くなっていってますね。第一話である『ディレイ』が二十キロバイト、第二話『パーチェス』が二十五キロバイト。これは第五話になるわけですが、四十七キロバイトあります。倍以上ですねえ、不思議なことだ。第六話は燃え尽きて十キロバイトとかになりそうな気がする。

 よろしければ、コメントやいいね、評価をお願いします!

 最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました! これからもよろしくお願いします!

 ばーい、またねー。


 2023年8月3日 館翔輝

 Copyright (C) 2023 Yakatatobi Kirari.

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