表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編

非業の死を遂げた妃は、過去に戻ってやり直します

作者: 瀬尾優梨

※前半に暴力や虐待、DVなどに近い表現があります

※後半はそれらを物理でねじ伏せます

 チェルシーは、レアード王国ノーラン男爵家の令嬢だ。

 一応貴族令嬢ではあるが、ノーラン家は商人あがりの末端貴族。普通ならば、王族や高位貴族と関わることも難しい身分だ。


 そんな彼女は、この国の第二王子に恋をしていた。

 彼の名は、ジェフ・エルトン。王子でありながら王族の家名であるレアードを名乗らない――名乗れないのは、彼の生母が身分の低い妾妃だったからだ。


 王妃の子である第一王子のフレドリックはたくましい体躯を持つ勇猛な貴公子で、しかも「豪腕」というギフトを持っていた。


 ギフトとは、誕生時に神から授けられる特殊能力である。ギフトを持って生まれる確率は一割程度で、王族や高位貴族の子に多く、平民には生まれにくいという傾向がある。


 少し先に起こることを知るギフト、毒物を見抜くギフト、人間の感情を読み取るギフト……様々なギフトが存在する中でも、直接的な力の増幅につながる「豪腕」のギフトは重宝される。実際、フレドリックは生まれ持ったギフトを戦地などで存分に活用していた。


 そんな兄王子と違い、ジェフが持っているのは「巻き戻し」というギフトだった。

 彼が誕生したときにギフト研究家が調べたそうだが、「巻き戻し」というギフトは初めて見るという。よってどんな効果があるのか、どうすれば効果が発動するのかなどが何も分からず……何も分からないまま、ジェフは育った。


 身分の低い母に、あまりぱっとしない容姿、そしていつ何の役に立つのか分からないギフト。

 ジェフは父王のみならず多くの貴族たちからも冷たい目で見られ、離宮で寂しく育った。生みの母だけが味方だったがその母親も、彼が両手の指で数える年齢になるよりも前に亡くなってしまった。


 そんな第二王子の「お友だち」になりたがる貴族の子どもがほとんどいない中、チェルシーは父親のおまけで王城に行った際、偶然ジェフと知り合った。

 一人寂しそうに遊ぶジェフを見て最初、第二王子だと分からなかった。だがなんだか放っておけなくて彼と一緒に遊び、そして知らない間に「第二王子の遊び相手」に任命されていた。


 大人の都合に巻き込んで申し訳ないと父には謝られたが、チェルシーは全く気にしなかった。それどころか、本をたくさん読むので物知りで物腰が柔らかいジェフのことが、チェルシーはかなり気に入った。

 彼女は喜んで彼の遊び係の任を拝命し――そしていつしか、幼いながらに彼と想い合う仲になった。


「ねえ、チェルシー。大人になったら、僕のお嫁さんになってくれない?」


 そんなことを言われたのは、二人が八歳の頃のこと。

 さらりとした黒い前髪の向こうに瞬く緑色の目でじっと見つめられ、チェルシーは驚いてジェフの顔を見る。


「えっ……で、でも、私は男爵家の娘よ? 今はジェフ様の遊び相手だけれど、それもあと数年だろうってお父様は言っていて……」

「……僕は、あと数年でチェルシーと会えなくなるなんて嫌なんだ」


 ジェフは真剣な眼差しで、チェルシーに言う。


「僕は大人になったら、城を出る予定だ。そもそも、僕は王族として認められていないからね。それで……君と一緒に、暮らしたいんだ」

「ジェフ様……」

「あの、僕、これでも勉強は得意なんだ。帝王学は教わっていないからともかく、他の知識なら兄上よりもすごいって言われるくらいなんだ。だから城を出ても、仕事をして生きていける。……えと、ただ、チェルシーにはちょっと苦労を掛けると思うけれど……でも、一生大切にする!」


 色白の頬を赤く染めてジェフが言うので、チェルシーは微笑んだ。


「……苦労なんて、大丈夫よ。ジェフ様は私のギフト、知ってるわよね?」

「うん。『頑丈』だろう?」


 チェルシーは男爵令嬢という身分が低い生まれでありながら、ギフトを持って生まれた。ただそのギフトは、男児に多い「頑丈」というものだった。

 それでも両親は、「丈夫であるのはいいことだ」と言ってくれたし、チェルシーもこれまで風邪を引いたり大怪我をしたりせずに済んでいるので、このギフトに感謝していた。


「私は他の女の子よりずっと頑丈だから、少々のことなら平気よ! それにいざとなったら私が、ジェフ様を守ってあげるんだから!」

「ええっ……それはちょっと情けないなぁ」

「だって……私にとってのジェフ様は、絶対に失いたくない大切な人なんだもの」


 チェルシーはそう言って、ジェフの手を取った。


「……ありがとう、ジェフ様。大きくなったら、あなたのお嫁さんにしてください」

「チェルシー……!」

「私も、ジェフ様と結婚できるように頑張るわね!」


 そう言って二人は微笑み合い、ちょん、と触れるだけのキスをした。


 これが、チェルシーにとってのファーストキスだった。

 ジェフは、「次に君のここにキスをするのは、結婚のときかな」と笑って言ったのだが……その日が訪れることはなかった。












 チェルシーとジェフは順調に仲を深めていったが、第一王子であるフレドリック周りの様子がおかしくなっていった。

 元々彼は豪胆でやや粗雑なところはあったが、そこが魅力だとされていた。だが成長するにつれて彼は豪胆からただの乱暴者になり、王太子という権力と「豪腕」のギフトを悪用し、目下の者を虐げるようになった。


 それでも国王も王妃も、大切な第一王子を放っておけず手を回した。だがそれは適切な教育を施すということではなく、臭いものに蓋をする形だった。そのように問題解決を試みた結果か、十八歳になった頃にはフレドリックは手のつけようのない残虐な王子になっていた。


 彼は自分の寝室に気に入ったメイドなどを連れ込んで乱暴を働き、何人ものメイドが瀕死の重傷を負った。また見目のよい若い騎士などがいれば言いがかりをつけて決闘を申し込み、二度と剣が持てない体にした。王城で飼育している馬を必要以上に鞭打ち、何頭も殺した。


 彼は当初、隣国の王女を妃にする予定だったが、隣国側から拒絶された。たとえ国家間の仲が険悪になろうとも、大切な王女を暴漢に嫁がせるわけにはいかない、と突っぱねられたという。


 当然、そんな王太子に嫁ごうという令嬢はいなかった。

 そうして――チェルシーが呼び出された。


 チェルシーに命じられたのは、「フレドリックの妃になり、男児を産むこと」だった。

 チェルシーは身分の低い男爵令嬢だが、跡継ぎを産むためならばもう下級貴族の娘だろうが平民だろうが構わない、というのが国王夫妻の考えだった。


 そしてチェルシーには「頑丈」という、女性にしては珍しいギフトがある。これなら、「豪腕」ギフトでこれまでにあまたのメイドたちを瀕死にさせてきた王子の暴力にも耐えられるだろう、とのことだった。


 チェルシーは、震えながらも固辞した。自分は、第二王子のジェフと将来を誓い合っていると。

 そんなチェルシーを冷たく見下ろした国王は、「第二王子ではなくて未来のある王太子に嫁ぎ、いずれ太后となれるのに何の文句があるのか」と言い放った。

 そして、「おまえが断れば、ジェフの命はない」とも。


 そこに、ジェフがやってきた。兵士に取り押さえられ殴られながらもジェフはチェルシーへの愛を語り、どうしても、と折衷案を出すよう懇願した。

 その結果、「チェルシーが男児を産み、その子が無事に育ったならばチェルシーは死亡したことにして国外追放。その後ならば、ジェフと再婚してもよい」と決まった。


 チェルシーが王子を産めば、解放される。そして、ジェフと一緒になれる。

 ジェフは、「僕はいつまでも、君を待っている!」と約束してくれた。チェルシーもまた、「絶対に、あなたとの約束を守る」と誓い――二人は、離ればなれになった。










 チェルシーは、フレドリックと結婚した。

 そうして、苦悶の日々が始まった。


 メイドを瀕死にさせてきたという話は誇張ではなく、チェルシーは何度も閨で殺されかけた。いや、もしチェルシーが「頑丈」ギフト持ちでなければ、初夜の時点で死んでいただろう。


 それ以外にも日常的な暴力が当たり前で、使用人たちも見て見ぬふりをする始末。チェルシー一人が殴られていると、自分たちには累が及ばないからだ。

 また暴言もひどく、「おまえなんかと結婚したくなかった」「さっさと王子を産んで、ジェフもろとも死ね」と愛するジェフまで罵倒された。


 チェルシーは、耐えた。

 最初の子は、王女だった。条件を満たさない王女はすぐさま母親から引き離され、王妃のもとで養育されることになった。


 次の子も、王女だった。フレドリックは生まれた子の性別には興味がなく、二人の娘に見向きもしなかった。


 そして……三人目の子が、男の子だった。

 チェルシーは歓喜の涙をこぼして我が子を抱きしめたが、その子も姉たちと同様に王妃に奪われてしまった。


 だが、これでいい。

 国王と王妃は息子を持てあましており、いざとなったら息子を飛ばして孫を即位させるつもりだとチェルシーは知っていた。チェルシーもそれがいいと思っているし、王妃たちは今度こそ跡継ぎの教育を間違えたりしないだろう。


 だがチェルシーは息子はもちろん、娘たちとも会えない日々を過ごした。三人の子の名前すら、教えてもらえなかった。

 フレドリックからの暴力や暴言も止まらず、ただひたすら子どもたちの成長とあの「約束」が果たされるときを待っていた。


 それなのに。


 チェルシーが三十四歳の冬。酒に酔ったフレドリックが、十歳になったばかりの息子を殴り殺してしまった。

 国王夫妻もまさか、自分の子が孫を殺したとは公表できなかったため、息子は不慮の事故で亡くなったと処理された。そして呆然とするチェルシーに、王妃はやれやれと言わんばかりの顔で言った。

「仕方ありません。もう一人、王子を産みなさい」と。


 冗談じゃない、とチェルシーは初めて王妃に反抗した。


 娘たちを、息子を、返せ。

 私を、解放しろ。


 既に精神状態も怪しかったチェルシーは王妃に掴みかかったことで捕まり、なぜか「よくも母上を!」と激昂したフレドリックによって斬り捨てられた。


「頑丈」ギフトのおかげで、即死は免れた。だがそもそも体が弱っていたチェルシーは血を吐き、倒れた。チェルシーの体は頑丈なだけで、自己再生能力が高いわけではない。大量に血を流せば、死んでしまう。


 ジェフ様、ジェフ様、とチェルシーは声にならない声を上げた。

 あなたとの約束を守れなくて、ごめんなさい、と。


 ……薄れゆく意識の中で、愛しい人の声が聞こえた気がした。「チェルシー!」と、あの人が呼び、チェルシーの体を抱き上げてくれた気がする。


「チェルシー、死なないで!」


 ああ、これはジェフの声だ。

 死ぬ前に神が自分のもとに、ジェフを呼んでくれたのかもしれない。


「……ジェフ様。愛しています」


 愛している。


 ずっとずっと、チェルシーはジェフだけを、愛している――

















 ……ということを思い出して、チェルシーはベッドの上でぽかんとしていた。


(……え? 私、生きている? ……いや、違うわ)


 チェルシーの頭の中は、きちんと理解していた。

 ここは実家の私室で、「今」のチェルシーは十二歳。頭の中には三十四歳で死んだ記憶があるものの、「今」の状況や年月日なども、正確に分かっている。


(私は……過去に戻った?)


 じっと手のひらを見る。つやつやした手だ。

 フレドリックから暴力を受け、無理矢理子を産まされた体はぼろぼろになっていた。だが今の自分はまだ、健康だった頃の姿をしている。


 そうして、「三十四歳で死んだ記憶」と「十二歳の今」の情報をすりあわせた結果、チェルシーはあることに気づいた。

「過去」と「今」は、ほとんど同じだ。だが一つだけ違うのが……第二王子のジェフが、ギフトを持っていないということだ。


(私の記憶の中のジェフ様は、「巻き戻し」という謎のギフトを持っていた。それなのに今のジェフ様は生まれたときから、何も持っていない……)


 それは、つまり。

 一度チェルシーが死んだとき、駆けつけてくれたジェフが「巻き戻し」というギフトを発動させてくれたのではないか。ジェフの力によりチェルシーのみが「巻き戻し」を行って十二歳の頃に戻り――その結果、今回のジェフは何もギフトを持っていない状態で生まれたのではないか。


(ジェフ様……あなたが、私を救ってくれたのね)


 今回のジェフも、皆から冷遇される内気な第二王子だ。さらに今回はギフトを持っていないということで前回以上に落ち込んでしまっているが……なんてことはない。

 ジェフは、チェルシーのためにギフトを使ってくれたのだ。


「……ありがとう、ジェフ様」


 もう二度と会えない「前回」のジェフに礼を言ってから、チェルシーはベッドから降りた。


 チェルシーは、決めた。

 もう、あんな未来は辿らない。

 そのために――


「私はっ……! 『すごく硬い令嬢』になるっ!」


 チェルシーは、努力の方向性が少々変わっている少女だった。













 チェルシーとジェフが十四歳のときあたりから、フレドリックは周りの者たちを攻撃し始める。最初のメイドが犠牲になったのは確か、十五歳くらいの頃のことだったはずだ。


 残念ながら、たった数年でフレドリックの残虐性を抑え込むことは不可能だった。なんといっても、彼は親バカな国王と王妃に守られている。正論を説いても仕方がない。


 正論がだめなら、どうする?

 そう……武力行使するのみである。


「今すぐ、ジェフ様を次期国王にすると約束してください」


 チェルシー・ノーラン、十五歳。


 腕を組み胸を張った彼女は、国王と王妃、そしてフレドリックのいる前で言い放った。


「両陛下も既にお気づきでしょうが、フレドリック王子殿下には狂気がございます。それはいずれ、多くの民たちを苦しめるでしょう。そのような方を国王にすることはできませんし、このまま野放しにするわけにもいきません。よって、ジェフ様を国王にしてください」

「貴様……!」


 まず反応を示したのは、頭に血が上りやすいフレドリック。

 彼の怒る顔を見ると「前回」のことが思い出されるが、ぐっと耐えた。愛するジェフのためなら、チェルシーは何にだって立ち向かってみせる。


「たかが男爵の娘ごときが!」

「待ちなさい、フレドリック」


 国王が一応息子をなだめるが、彼もまたチェルシーを射殺さんばかりの目で見ている。


「……ノーラン男爵の娘よ。そなたはまだ子どもだ。地に額を擦りつけて謝罪するならば、今の暴言は許してやらなくもない」

「結構です。……私を殺したいのなら、そうすればよろしいですよ。それはまあつまり、フレドリックに王の素質がないと認めることになると思いますがね?」


 あえて挑発するようにせせら笑うと、周りの兵士たちもざっと詰め寄ってきた――が、それよりもフレドリックの方が早かった。


「このっ……! 死ねぇ!」


 腰に下げていた大剣を抜いたフレドリックが、走ってきた。「豪腕」ギフト持ちの王子の迫力に、兵士たちがぎくりとする。

 巨大な鋼の剣が振りかぶられ、チェルシーの小さな体を真っ二つに――


「……そいやぁぁぁぁぁぁぁ!」


 気合いの声と共にチェルシーの体が光り、ギイイイイン! と鈍い音を立てて王子の剣が真っ二つになった。


 根元から折れた剣の刃が足下に転がり、フレドリックはきょとんとしている。


「……え?」

「……え?」

「……え?」


 この部屋にいるチェルシー以外の者たちが「え?」と疑問符を頭に浮かべる中、チェルシーはにやりと笑って自分の体をパンパンとはたいた。


「……あら? 王子殿下がお持ちの剣は、なまくらだったようですね?」

「……ふざけるなぁっ!」


 愛用の剣を馬鹿にされたフレドリックは我に返り、顔を真っ赤にして殴りかかってきた――が。


「効かん!」

「ぎゃああっ!?」


 チェルシーの顔面を陥没させるかと思われた拳はぐきょっという嫌な音を立てて骨が砕け、フレドリックは悲鳴を上げてうずくまった。おそらくもう、彼の右手はまともに使えないだろう。


 倒れる息子を見て呆然としていた王妃が、悲鳴を上げる。


「な、何かの間違いよ! おまえたち、その小娘を捕らえよ……いや、殺せ!」

「はっ!」


 王妃に命じられて、兵士たちが槍を手に襲いかかってきた。だが。


「ほあああああっ!」

「わあっ!?」


 一斉に突き出された槍はキンキンキンキンキン! と弾かれ、兵士たちは尻餅をついた。

 チェルシーの肌はもちろん、ドレスにさえ穴の一つも空いていない。にやり、と笑う様はまさに、悪魔のようだった。










 さて、なぜこうなったかというと。


 愛するジェフのギフトにより「巻き戻し」たチェルシーは、「誰よりも頑丈な『すごく硬い令嬢になろう』」と志し、「頑丈」ギフトを鍛えることにした。


 二階のベランダから飛び降りることから始め、いろいろな負荷を少しずつ体に掛けることで「頑丈」スキルの様々な隠れた使い方を開発した。


 このスキルは鍛えれば鍛えるほど硬度が増すだけでなく、気合いの声と共に爆発的に守備力を上げたり、自分の肉体のみならず身につけている衣類なども強化したり、はたまた近くにいる他人を頑丈にしたりするなどの活用方法があった。


 チェルシーは世界で一番硬い令嬢になり、フレドリックや国王夫妻に復讐をしようと試みた。もちろん、最愛のジェフとの時間も大切にする。


 ジェフも兄の狂気に悩んでいたようで、「僕にもっと才能があったら……」と嘆いていた。だが誰よりも優しい彼ならきっといい国王になるとチェルシーは信じ、「私が悪い人たちを倒すから、あなたが国王になって」とお願いした。


 ジェフは悩んでいたがそれでも、あの兄に国の未来を任せることはできないと腹をくくったようだ。そして、「僕は、いい国王になるために努力する。その暁には、チェルシーを王妃に迎えたい」と言ってくれた。


 言質は取った。


 チェルシーは鍛錬のために山にこもり、山脈の上から転がり落ちたり野生動物と戦ったり荷馬車に轢かれたりして、硬さを磨いた。

 なお両親は最初こそ、危険なことばかりする娘を止めようとした。だが最後には「無茶はしないでね」とだけ言い、娘がハンマーや斧を手にした使用人たちに殴られながらも笑顔でいるのを、遠い目をして見守ってくれるようになった。


 おかげで十五歳になった今では、何人たりともチェルシーの玉のお肌に傷をつけることはできなくなった。


 ……ただこのギフトにも欠点はあり、物理攻撃や毒には強いが、たとえば水に沈められたり口と鼻を塞がれたりすると手も足も出なくなる。また攻撃ではなくて防御特化なので、自分から進んで殴ってもただ拳が硬いだけで、威力はそれほどでもない。


 だがこの欠点さえばれなければ、チェルシーは完全無欠の動く要塞状態だ。


 チェルシーがのっしのっしと歩くと兵士たちは悲鳴を上げながら後退し、国王と王妃は真っ青になって震える。

 ……通りすがりにフレドリックが「このっ!」と叫んでチェルシーの足を殴ったが、彼の左手の骨が砕けるだけだった。さらば、フレドリックの両手。


 コツ、コツ、と階段を上ったチェルシーは、青い顔で抱き合う国王夫妻を見てにっこり笑った。


「……で? どうしますか?」

「な、何がだ!?」

「さっきのお願いです。あそこに転がっている男を廃嫡して、ジェフ様を国王にしてください。あ、ちなみに私が妃になります。ジェフ様とそう約束したので」


 ほう、とため息をついてジェフとのやりとりを思い出すときのチェルシーの顔はまさに、恋する乙女そのものだ。防御力に関しては、乙女ではなくて不落要塞だが。


「ああ、それからあなたたちもどっかに行ってくださいね? なんならフレドリック王子と一緒に暮らしてください。多分彼の両手、もう使い物にならなくなったので、介護が必要だと思いますし」

「な、何を言うか……」

「……あの人をあそこまでにしてしまったのには、あなたたちに責任があるでしょう。残りの人生は、長男の子育てをやり直してください」


 チェルシーは笑顔のままで言うと、彼らに背を向けた。

「前回」の自分を精神的に追い詰めた国王夫妻も本当はボコボコにしたいが、残念ながらチェルシーの能力はそういうことには向いていないし、今回の彼らはまだそこまで悪辣なことをしていないので、過剰攻撃になってしまう。


 チェルシーは、ジェフの妃として彼を支えると誓った。

 いくら「前回」の恨みがあったとしても、ここでやり過ぎるのはジェフのためにもならないと分かっていた。


「……ああ、そうだ」


 階段を下りる途中でチェルシーは足を止め、国王たちを振り返り見た。


「ジェフ様や私の両親などを害そうとしても、無駄ですよ? 私のこのギフト、自分以外の人やものも強化できますので」


 現に、今日家を出る際に両親――だけでなく男爵家全体を「頑丈」にしたし、離宮で暮らすジェフと抱き合ったときにも彼の体を「頑丈」にした。

 さすがに自分にするのと他人にするのでは強度が異なるので、彼らが先ほどフレドリックのような剣による攻撃を受けたら多少は負傷するだろうが……それを言う必要はない。誇張するくらいが脅しになって、ちょうどいいだろう。










 かくして、「すごく硬い令嬢」ことチェルシー・ノーラン男爵令嬢により、国王夫妻と王子フレドリックは投獄された。普通ならば国王一家に対して許されることではないが国王と王妃は震えながらおとなしく獄に行き、フレドリックに至っては自慢の「豪腕」も使えなくなってビイビイ泣きながら連行された。


 まだフレドリックの狂気が本格的になる前ではあったがそれでも、彼や親バカを通り越してバカ親な国王夫妻に辟易していた者は多かった。よって、第二王子だったジェフが即位したときには少々頼りない印象はあったものの、多くの者たちから祝福された。


 国王ジェフは、誰もが笑顔で暮らせる国作りに努めると宣言した。そして長年の密かな婚約者だったチェルシー・ノーランとの結婚を発表し、彼女と共に――そして民たちと共に国のために努力していくと言った。


 先代国王の時代は国力増強にばかり国庫が使われていたが、ジェフは軍事力だけでなく教育や文化の発展も援助し、近隣諸国ともとても良好な関係を築くようになった。











「ジェフ様、おかえりなさい!」

「ただいま、チェルシー」


 国王の私室に戻ってきたジェフを迎えたのは、彼の妃であるチェルシー。

 部屋の入り口のところでぎゅっと抱き合う二人を、使用人たちはあらあらまあまあと言いたげに見つめ、そっと席を外してくれた。


「今日も公務お疲れ様」

「チェルシーも、あちこち飛び回ったんだろう? いつもありがとう」

「愛するあなたのためよ」


 夫婦は微笑み合い、ちゅっとかわいらしいキスをする。


 二人が結婚して、八年。

 彼らの間には既に三人の子がいるがどの出産のときにもチェルシーはピンピンとしており、すぽーんと産んでいた。


 もう遅い時間なので子どもたちは就寝しているが、「お父様に会いたい」と言っていた。明日のジェフは朝はゆっくりでいいので、子どもたちも喜ぶだろう。


 ……ちなみに子どもたちは、王女、王女、王子、の順だった。

 もしかすると「前回」はきちんと育ててあげられなかった我が子がもう一度会いに来てくれたのかもしれない、とチェルシーは密かに思いながら、大切に育てている。


 ジェフは普段王城におり、夫に代わってチェルシーがあちこちに出向いていた。

 ジェフが即位したばかりの頃はたった十六歳の国王を侮ってちょっかいを掛けてくる者もいたが、チェルシーはそれらの全てから夫を守った。


 そして攻めてこようとする他国の軍勢を前に一人立ちはだかって全ての攻撃を跳ね返し、「あの国には、やばい王妃がいる」と脅かした。その上でジェフが和解を申し出たので、今ではその国とも良好な関係を築けている。


「僕の奥さんは、とてもすごいな。自慢の妻だよ」

「ありがとう。嬉しいわ、ジェフ。あなたも私の自慢の旦那様よ」


 そう言って夫の腕の中で甘える小柄な妃が、槍を弾き剣を折り大砲をぶっ放されてもけろっとしている「すごく硬い王妃」であると、初見で見抜く者はいないだろう。









「平和王」と「すごく硬い王妃」の仲は睦まじく、また王妃がとても頑丈だったこともあり、夫婦は最終的に八人の子に恵まれた。


 戦場では無敵の要塞として皆を(おのの)かせる王妃だが、子どもたちの前では頼りになる優しい母親であり、夫の前ではいくつになっても甘えたがりの愛らしい妻の顔をしていたという。

ジェフ「チェルシーの体って、すごく頑丈なんだよね?」

チェルシー「ええ。なんでも弾くわよ」

ジェフ「……頑丈なら、キスマークをつけることもできないのかな」

チェルシー「できるわ! やって、やって!」


ジェフ「……本当だ。できた」


ちゃんと微調節ができるすごく硬い令嬢。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] すごく硬い王妃というパワーワードwww
[良い点] 主人公がジェフと幸せになってよかったです。
[一言] いやなんで巻き戻り前のこの国反乱起きなかったんだ?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ