006
夜七時になる頃、俺はカーゴを飛ばして町中を進む。
カーゴというのは、二十二世紀の車だ。
小型の丸いフォルムで、鉄ではなく特殊なプラスチックで作られている車。
ガスも排出しないし、ガソリンも使わない電気で動く車だ。
俺の乗っているカーゴは、灰色の小型のカーゴ。最大二人まで、乗ることが出来た。
小さな車体だけど、車内でカーナビを声で操作。
俺が思った場所……あの倉庫の住所に向けてカーゴは自動運転していた。
このカーゴを運転するのに、免許は存在しない。
(そうか、番号無し……か)
カーナビの上には、番号か書かれていた。
俺の番号……8929314847だ。
この車は、俺が働いている『マート庁』で支給されたモノだ。
マート庁というのは、マートのために働く人の役場。
俺たちブラックナンバーも、マート庁の職員……昔の言葉で言うところの公務員扱いに近い。
ブラックナンバーの仕事は、レッドナンバーの削除だ。
いわゆる粛正官と言われているが、マートによって選ばれた人間しかなることが出来ない。
その適性は、アールチップの全情報を持つAIであるマートが選ぶ。
この世界の神『マート』の正体はAIで、絶対に失敗も忖度もしない。
公正で、間違えないAIのマートはまさにこの世界の神なのだ。
(セントラルタワーに、人類全ての情報が集まる。
そこには絶対に立ち入ることが出来ない、神の領域)
ビル群の中に一際大きな塔が見えていた。
その塔は、よく見ると二つの天秤が見えた。
あれが、マートのシンボルセントラルタワー。
AIマートのデーターベースが置かれた、現在一番高い塔だ。
平和の象徴でもあり、俺たちのいるマート庁のすぐ近くにあの塔は立っていた。
(にしても、UNKNOWNは、なんであの場所にいたんだろう)
俺が探しているのは、一つの疑問。
初めて見た、『番号無し』の表示。
詳しくは分からない場所だけど、あの倉庫にいた番号無しはレッドナンバーの橋本と関係があるのだろうか。
しかも、番号無しは俺がよく知っていて……好きだった蓮に似ていた。
だけど、鍵谷 蓮は死んでいた。レッドナンバーになってしまったから。
2122年、12月24日のあの日が……蓮にとっての命日だ。
俺はこの日を、二度と忘れることはないだろう。
レッドナンバーになった人間は、この島……いやこの世界で生きることが出来ないのだから。
ふと、カーゴの助手席に目を向けた。
一年前には、この助手席に蓮が乗っていた。
いつも通り、かわいらしい笑顔の蓮。茶色の髪に、赤いリボンの似合う女性。
幼いようにも見えるけど、芯がしっかりした大人の女性。
俺が生涯で一番好きになった蓮にならば、俺は何でも出来た。
そうだと思っていたが、俺は臆病で……彼女を苦しめた。
(畜生、なんで蓮がレッドナンバーなんだよ!)
俺は助手席にいるレンの亡霊を、無理矢理振り切った。
カーゴの助手席には、誰もいない。
置かれているのは、俺が愛用する通勤用の鞄だけだ。
蓮の優しい声も、かわいらしい笑顔も二度と聞くことが出来ない。
それでも、マートは間違えない。AIで神だからだ。
蓮が殺されたことには、人類が生き残るための意味があり……蓮が殺される理由が存在していた。
人類を救済するために、存在している神だから。
俺が乗っているカーゴは、夜の街である駅前交差点の赤で止まった。
交差点から見えるのは、大きな駅だ。赤になれば自動運転のカーゴもちゃんと止まる。
繁華街が広がる駅前の広場には、一人の女神の像が建っていた。
あれこそ、AIの神マートの像。
誰が考えたのか分からないが、幼い女の子の姿だ。
長い銀髪の女の子で、ダチョウの羽根飾りをつけていた。
七色のワンピースを着ていた幼い女の子の像が、駅前広場に飾られていた。
AIの姿をしているマートに、姿は存在しない。
おそらくアレは、マートのアプリで出ているナビゲーターキャラクターだろう。
(神があんな幼女な訳がないだろ。
そもそも神マートは、AIなんだし。単なるデータの集合体だ)
自動運転のカーゴは、青になると発信した。
そんな夜の街を進んでいると、カーゴのダッシュボードホルダーに置かれたスマホが鳴った。
スマホを見ると、着信のメッセージが入っていた。
メッセージを見て、数秒で確認した。
【ごめん、今日は遅くなるから】姉からのメッセージだ。
【ああ、俺も外食にするつもり】
【そっか、修成も仕事?】
姉と、メッセージでやりとりをかわしていた。
姉のアイコンはちなみに、自分の顔写真だ。
長いツインテールだけど、大人びた色気のある女性の顔。
俺のアイコンは、昔ハマっていた子供用オモチャの真っ赤なボールだ。
【仕事というか……仕事か】
【どっちよ?】言葉に添えて、スタンプが貼られていた。
高笑いする、貴婦人のスタンプだ。
【仕事だし、心配しなくていい】
【ふーん】
【今度の人はどうなの?納得できそう】
【うーん、面白い人かもね。頭も良さそうだし】
【学者とか?】
【違うわ、実業家ね】
姉の言葉に、俺は金のスタンプを押していた。
【あたしは、財力で選ばないっての】怒りのスタンプを押し返す姉。
【悪かったよ。でもそんなことしなくても、本業は問題なく出来るんでしょ】
【いやよ。変なヤツとはお姉ちゃん、絶対に交わらないから。
素性も知らない人と、子供作りたくないでしょ】
【確かに、それはあるしな】
【それに、お姉ちゃん達『グリーンナンバー』は自由な結婚も許されないから】
結婚という言葉を見て、俺はある言葉を思い出した。
【そうだな、俺は結婚が出来たんだよな】
【あ、ごめん。修成】
【いや、俺がいけないんだ。だから姉貴は、何も悪いないし】
【うん、ありがとね。相手が来たし、デートの続きをするから】
姉とのメッセージは、ここで途絶えた。
それを見ながら俺は、カーゴの外を見ていた。
(そうだった、俺は自由な結婚が出来たんだよな)
俺はそう思いながらも、カーゴに映る夜の街を眺めていた。